第五十二話「群司令3」

 こんごうのレーダーから敵編隊長機が、同時に二佐の機体も消失する。奥歯を噛み締めた艦長がSM‐3の発射を命令する。障害がない空を登っていくSM‐3が弾道ミサイルを破壊。閃光弾のような光が空を埋め尽くした。

 海上が燃えている。墜落した機体から漏れた燃料に引火して拡大していく。いずもから救難ヘリコプター二機。いかづち、あきづきからゴムボートが救助に向かう。


 護衛艦から投げ出された乗員やベイルアウトをして海上に逃げた隊員を引き上げて艦に収容する。

 特戦群統合チーム指揮官加藤三佐が叫んでいる。百メートル先の人影がばしゃばしゃと水しぶきで存在をアピールする。ゴムボートが人影のすぐ横に止まった。人影の顔と制服を見た加藤三佐はそれが自衛官ではなく敵兵士だと分かった。差し伸べた手を一瞬止めた加藤三佐は自分自身を殴り倒したい衝動に襲われた。助けを求める人を差別しようとしたその事実に戦場に住まう悪魔にのまれつつあると察した加藤三佐はすまないそう短く謝罪してから敵兵士を引き上げた。


 捜索は三時間敢行された。捜索範囲が炎に包み込まれ、捜索班の死が確実視されたときわたしが捜索の終了と撤退を命じた。思惑を抱えるわたしはいずも、いかづち、あきづきの三艦で構成される第1護衛艦隊群をアメリカ海軍第7艦隊が陣取っている海域に進める。

 月明かりに照らされる海面に浮かぶ海自の護衛艦と米軍船舶がお互いを見つめ合った。見合いの席のようではあるが、雰囲気は暗い。いずもの飛行甲板に立った孫娘を双眼鏡を覗いて確認したハリス海軍中将が険しい表情を溶かした。ハリス海軍中将と第7艦隊の心は同期しているのか分からないが、艦隊からも暗い雰囲気がなくなり心地の良い空気になった。


『感謝する。友よ』

「気にするな」

『そういうわけにはいかない。借りはすぐに返す主義だからな。後々になってあのときの借りがあるよね? って脅されたくはない』

「脅すつもりは毛頭ないから安心しろと言いたいところだが、そこまで気にするのならば仕方あるまい。ささやかな願いを叶えてくれないか?」

『ほう。食料を分けてほしいのか?』

「……」

 ハリス海軍中将は無言のわたしが微笑んだことだけ理解する。

『OK』

 覚悟を持った言葉をハリス海軍中将は無線機越しに伝える。

「ありがとう。友よ。大量の医薬品と軍医、衛生兵医療の知識がある兵士を各護衛艦といずもに送ってほしい。怪我人、重症人の処置に必要な人も物資も足りない」

『……もっとこう避難民を国外に送りたいから、見なかったことにして通してほしいとか大統領命令に背く頼みを覚悟していたんだが。ほんとうにいいのか? 頼まれなくても医薬品も負傷兵を処置する兵士も送るつもりだったぞ』

「いいんだ。我々は脱出するつもりはない。やるべきことが残っているんだ」

『そうか。分かった。そのやるべきこととやらに必要な兵器があれば言ってくれ』

「ありがとう。ハリス」

『困ったときはお互い様。そうだろ? 松村』

「そうだな」

『そちらに向かう。着艦許可を求める』

「許可する」


 十分後。オスプレイ三機とアメリカ海兵隊が運用する攻撃ヘリコプターAH‐1Z ヴァイパー二機がいずもに着艦する。オスプレイから医療物資と野菜や麺類調味料などの食材、MRE、UGR‐Aが積み下ろされて自衛官たちによって艦内に運ばれていく。MREは兵士が携帯する戦闘糧食。UGR‐Aは部隊が持ち運ぶ野戦糧食だ。


 MREが開発された初期頃は開発者の栄養価が高ければ味なんて関係ないよねという思いが透けて見えるほどまずいと評判だった。みんなに拒否された、食えたもんじゃないなどなど味方敵問わず言いたい放題のありさまだったが、改良の結果味にうるさい日本人。そう自衛官も太鼓判を押すとまではいかないがうまいと評価している。


 加藤三佐は日米合同訓練に参加した際に目撃したことがある。MREを味見させてもらった自衛隊員のなかに自分たちの戦闘糧食よりもうめぇと言葉にした不届き者がいた光景を思い出した。加藤三佐はいい機会だし食ってみるかと喉を鳴らした。


 ハリスの孫娘の隣に立つわたしが夜空を見上げている。孫娘が駆け出す、ハリス海軍中将の背後に身を隠して恐る恐るといった視線を自衛官たちに向けた。わたしに歩み寄るハリス海軍中将。わたしが握手を求めた。微笑みを浮かべたハリス海軍中将がわたしの頬を殴る。

「マリアが怖がっている。テーザー銃を使ったな?」

「ああ。申し訳ないことをしたと思っている」

「よし。俺を殴ってくれ。我が艦隊は敵空軍機を素通りさせた」

「そうか」

 ハリス海軍中将を殴った。よろめいたハリス海軍中将がいいパンチだと評した。

「正直、マリアを連れていなければ大統領への忠誠を上回ることはなかった。悪友だなんて思わないでくれよ。例え友だったとしても必要があれば排除する。それが俺たちの仕事だ」

「理解している。お互い様だろ。戦場は嫌だな、きれいごとだけじゃ誰も救えない」

「そうだな。松村。仕事が終わったら酒を酌み交わそう」

「ああ。楽しみにしている」

 握手を交わしたわたしとハリス海軍中将がお互いの肩を軽く押し当てた。二人の間では金打と同じ意味がある行為だ。いわゆる誓いの証だ。

 部下を引き連れてオスプレイに乗り込み、ハリス海軍中将が母艦に戻った。いずもにオスプレイ一機とAH‐1Z ヴァイパー二機の忘れ物を残して。

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