第五十一話「アーガス隊隊長」
空を埋め尽くすソ連製の戦闘機。いずもから飛び立ったF‐35Bと比較すればいずれの戦闘機も一対一ならば必勝の相手だ。F‐35Bが勇者だとすれば敵はゴブリンだ。圧倒的な差で本来ならば叩き潰せるが、数が多い。十機編成の飛行中隊を形成して小賢しい戦い方をする敵航空機群を相手にしなければならない空自パイロットは思い知った。物量は技術に勝ると。
空に放出されたフレアが舞い散っている。ミグ29、フルクラムと呼ばれる三機の戦闘機がF‐35Bを追尾している。六発の空対空ミサイルが発射された。フレアを放出したF‐35Bがきつい旋回をする。フレアの妨害を回避した二発を命中する寸前に避け、急降下をして三機のうち一機のミグ29を誘い出した。終わらせてやるぜとF‐35B同様に急降下をして追いかけるミグ29を引き付け、急上昇。背後を取って撃墜する。一対一の状況を作り出しミグ29を三機撃墜した、F‐35Bだったが、フレアと空対空ミサイルを撃ち尽くした。ミグ21、フィッシュベッドと呼ばれる十機の戦闘機がF‐35Bを急襲する。空自パイロットは胴体下部に設置されているガンポットから弾丸を発射して応戦するが、四機撃墜したところで運が尽きた。ミグ21が生んだ隙を突かれた。
ミグ21の編隊に合流したミグ29、五機がF‐35Bをロックオンする。速度を落としたF‐35Bからパイロットが放出された。ベイルアウトだ。パラシュート降下するパイロットに向かってミグ21が一機突っ込む。敵パイロットが仲間の無念を晴らせる喜びに震える手を抑えて、操縦桿のスイッチを押して機関砲の射撃を開始する。弾雨が空自パイロット(石井一等空尉)をミンチに変えた。
「石井! くっ」
俺は部下を失う。冷静に状況を俯瞰していた俺の脳裏に
冷静になった俺はミグ29を撃墜する。
『アーガス隊。むらさめとありあけが航行不能に陥った! ミグ23の攻撃が苛烈極まる。護衛艦だけでは抑えきれない。戦力を分散できるか!』
「無理だ。フィッシュベッドに経路を妨害される! それに
「隊長。二分耐えれば敵は帰投します」
空戦は大量の燃料を消費する。敵機が本国に帰投するために必要な燃料を考慮すれば二分が限界だ。それを超えた場合、パイロットが助かる道はベイルアウトをして海上に着水もしくは日本国内の滑走路に着陸するしか方法がない。自殺行為だ。
「そうだ。今は耐えろ。耐え抜けば活路が生まれる」
『アーガス隊! 弾道ミサイルを感知した。一分三十秒後に東京に到達する! ミグ23が全機こんごうを執拗に攻撃している。Mk41(ミサイル発射機)を無力化するつもりだ。いかづちとあきづきだけでは止められない。無理を承知でお願いしたい。ミグ23の妨害を頼む』
「……了解。全機に告ぐ。敵の燃料切れは期待できない。状況が変わった、フロッガー(ミグ23)以外は無視する。残り少ないミサイルはすべてこんごうのために使え。従える者だけ俺についてこい」
アーガス隊全機が編隊を組み、立ちふさがるミグ21を針を縫うように避け、こんごう上空に移動を開始。しんがりを務めていた二機のF‐35Bが戦闘開始時は三十機いたが、七機まで減ったミグ29の集団に狩られた。俺が指揮する四機のF‐35Bが三個飛行隊(ミグ23)を追い立てる。
対空戦闘に付きっきりになっていたこんごうの戦闘指揮所に余力が生まれた。弾道ミサイルの迎撃準備を始める。SM‐3、弾道ミサイルの迎撃のためにアメリカが主導して協力国の日本とともに開発した新型の船舶発射型のミサイルだ。
Mk41には九十のセル、小さな格納庫がある。セル一つ一つに対潜ミサイル、対空ミサイル、SM‐3などが入っている。必要に応じて、セルの蓋を開放してミサイルを発射する。
こんごうのイージスシステムが迎撃コースを計算する。そして導き出した。こんごうの戦闘指揮所。艦長の顔が曇った。上空からセルの蓋が開いたことを確認した、ミグ23が十二機、こんごうのMk41に突撃する。
発射寸前のそれが弾道ミサイルに向かうSM‐3なのかそうではないのか判別はできないが、タイミング的に前者の可能性が高い。弾道ミサイルの迎撃可能時間を考慮すれば今、この瞬間がラストチャンスだ。弾道ミサイルが破壊されればたとえ本国に帰還できても処刑か牢獄送りになる敵パイロットからすればやらない選択肢はない。成功すれば仮に死ぬことがあっても家族に手厚い恩給が与えられるはずだ。
敵編隊長の機体を取り囲み、壁になる十一機のミグ23が対空ミサイル、20ミリ機関砲の攻撃を敵編隊長機の代わりに引き受け、海の
アーガス隊の編隊長機のコックピットに座る俺の脳裏に敗北の二文字が浮かんだ。視線がお守りの代わりに貼っていた写真に向かう。俺は運がよかった。横須賀本港に停泊していた、最後の民間の救助船に妻とお腹の子を乗せることができた。連絡は取れないが、韓国にいるはずだ。日本人移民排斥の動きがひどいという噂を耳にするが、心配はしていない。兄さんがうまくやってくれていると俺は確信していた。だからこそ手招きをする死神の幻影に微笑むことができた。ワクチンが希望だ。
少なくとも排斥から排除に移行することはないし生まれてくる子供に妻が愛した日本の四季を見せられるかもしれない。今、止めないと思い出が詰まっている妻と巡った自然が日本列島ごと最悪の地として人々に記憶される。俺は敵編隊長機に衝突するコースを選択して飛行する。
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