第五十話「月城朱音17」

 いずも艦内の病床のベットに横になっていた私の視界が鮮明になっていく。筋肉が再稼働を始める。感覚が戻った、私の腹部に熱を持った物体が当たっていることに気づく。布団をめくった私が物体の正体を確認する。ハリス海軍中将の孫娘だった。震えている。いきなりテーザー銃で撃たれれば周りの自衛官が全員敵に見えてもおかしくはない。信用できてなおかつ自分を守ってくれそうなのは私と藤宮くらいだろう。

 病床にはベットが四つ配置されている。藤宮、双葉、涼風がそれぞれのベットで横になっていた。顔色は良い。一安心した私はほっと息を吐いた。

「大丈夫」

 私は少女を優しく抱擁ほうようする。恐怖が大分緩和された少女の身体から震えが消えた。

「だい、じょうぶ?」

「うん」

「二尉。入ってもいいだろうか」

 病床の扉前に立った群司令が私に許可を求めた。どうして階級を知って、ああそうか。制服の階級章を見れば分かるか。まだ寝ぼけているようだ。

「どうぞ」

「そのままでいい」

 ベットから起き上がり、敬礼をする動作を見せた私を群司令が制した。私は自分の左肩や太ももに包帯が巻かれていることに気がついた。眠っている間に治療をしてくれたみたいだ。少女が群司令を怯えた子猫のような目をして睨む。


 群司令が制帽を取り、頭を下げた。

「すまない」

「理由は分かりませんが艦を守るためには必要だったと理解しています。乗員の生命に危機が迫る状況下でリスクを承知で受け入れてくれた海将補殿に感謝こそすれど、恨むことはありえません。ありがとうございました」

「ありがとう。わたしは第1護衛艦隊群の群司令を拝命している松村宏明まつむらひろあきだ。貴官の所属と名前を聞いてもいいか」

「はい。私は第30普通科連隊所属、月城朱音二等陸尉です」

「第30。確か始まりの地に災害派遣の名目で派遣された部隊がそうだったはずだ。どうやってここまで来た、いやあのヘリをどこで入手できたんだ? あれは自衛隊でも米軍でもないそればかりか軍の所有物ではなかった。おそらく民間軍事会社だろう」

「横須賀基地で入手しました」

「横須賀基地? 米軍は民間軍事会社と協力関係になかったはずだが」

「米海軍の司令部で民間軍事会社の部隊がこの子を救助している場面に遭遇。協力して屋上に向かい、迎えに来たブラックホークに搭乗しようとしました。でも最初からクリスと私を助ける気はなかったらしく、仕方なくヘリを奪取。仲間を回収してここまで来ました」

「なるほど。米軍は日本国内での作戦行動を禁止されているからな。ハリス海軍中将は民間軍事会社に頼るしか方法がなかったということか」

「この子の父親はもしかして第7艦隊の司令官ですか?」

「父親は巡洋艦の副艦長だ。ハリス海軍中将は叔父だな」

「群司令お耳をお貸しください」

 私が涼風の情報を伝える。

「……なに? ほんとうにそうだったのか!?」

「ほんとうに? はい」


「日米の製薬会社が日本国内に作った研究所の地下に、米軍が関与を匂わせた極秘の施設があるらしい。そこに七瀬ななせ研究員が閉じ込められている。彼女は第四のワクチン開発に繋がる可能性がある研究をしている我々が認識している範囲では唯一の研究員だ。ワクチンは生、不活化、トキソイドの三種類ある。そのどれにも属さないワクチンが第四のワクチンだ。

 国連から見捨てられた日本に残された希望は七瀬研究員だ。ワクチンが製造され、世界に普及すれば世界は日本人受け入れに傾くはずだ。政治家次第だが、主要各国による合同軍が編成され日本奪還作戦が受理されるかもしれない。神は我々を見捨てなかった。二尉、心から感謝申し上げる。総理と合ってくれるか」


「はい」

「戦闘指揮所に総理がいる。案内する。ついてきてくれ」

「了解しました。群司令一つ質問よろしいでしょうか」

「構わん。なんだ」

「クリスは無事ですか」

「クリス。契約兵の男だな。医務室で手術を受けている。安心してくれ。執刀医は優秀な医官だ」

 艦内に一般警報アラームが鳴り響いた。

 副艦長が病床に飛び込み、群司令に報告する。

「敵航空機群が百五十マイルまで接近。戦闘機十二機発艦、各艦対空戦闘に入りました」

「近いな。やはり早期警戒機が使えないというのは痛い。数は」

「百二十機」

「本気だ。敵は本気で日本をつぶすつもりだ。おそらく核が来る。敵航空機群の狙いはこんごうイージス艦だろう。各艦に通達。本艦の防衛よりもこんごうを優先しろ」

「了解」

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