第四十一話「月城朱音13」

 翌日。リュックサックを背負う集団が田舎道を歩いている。私と藤宮が先導する。駅が見えてきた。古き良き建造物だ。駅事務室に人数分の乗車賃を置いた私が同行者を招き入れる。細身の男が運転席に乗り込んでチェック作業を始めた。しばらくして細身の男が問題ないと親指を立てて知らせる。電車がゆっくり前進する。車輪の回転が徐々に速まっていき車の速度を超えた。

 世紀末のヒャッハーみたいな変なテンションに細身の男がなっている。電車を止めようと線路内に立ち入ったモンスターどもを轢き殺して興奮気味のようだ。


 それとは対照的に一両目の座席に座って景色を眺めて談笑する私、藤宮、涼風、双葉は落ち着いている。別の時間軸が流れているかのような不思議な空間だ。

 バイオレンスと日常のアンバランスな融合が恐ろしいと夫婦は肩を震わせた。

 目的の駅に到着する。比較的大きい駅だ。モンスターもそれなりにたむろしていた。降車した私と藤宮が先陣を切ってモンスターの群れに突っ込む。障害物になるモンスターだけを排除して隙間を縫うように走りホームを目指している。攻撃が効かない奴に出会わないことを祈りながら。

 祈りは届かなかった。壁を突き破って巨人のような異常に図体がデカいモンスターが出現する。咄嗟に反応した藤宮が頭に弾丸を撃ち込むが弾かれた。図体がデカいモンスターが夫婦に手を伸ばす。夫が妻を突き飛ばした。妻が叫んだ。私は目をつむった男を引っ張る、そして「イヤーブロック! 耳塞げ!!」と声を大にして言う。


 私がこっそり投げたスタングレネードが爆発する。予想できなかった図体がデカいモンスターとその仲間は闇雲に暴れる。隙をついてホームまで駆け抜けた私たちは電車に飛び乗った。細身の男がせわしなく動き電車を始動させる。


 統制を取り戻したモンスターたちがホームにたどり着いた時にはすでに電車は駅を離れたところだった。一足遅かった図体がデカいモンスターは激しい地団駄をする。天井にぶら下がっていた案内表示板が落下して図体がデカいモンスターの脳天に直撃。頭をさする様子を見た藤宮はコントみたいと笑った。笑われた方は怒り心頭だ。殺意を向ける。寒気が藤宮を襲った。


 電車を乗り継ぎ辿り着いた漁港近くの駅。某アニメのファンならば聖地と呼んでも差し支えない駅にトラックが突っ込んできた。トラックの荷台には図体がデカいモンスターが仁王立ちで鎮座している。藤宮に笑われたからってここまで追いかけてくるか? 普通。運転席に座る仲間がアクセルを全開にして私たちを攻め立てる。


 運転中のモンスターはトラックを器用に操作してドリフト走行をしてみたり急ブレーキで大きな車体を持ち上げて、大剣の振り下ろし攻撃みたいなことを色々仕掛けて暴れている。そんな猛攻に建物が悲鳴を上げる。天井にヒビが入った。支柱を破壊されて重みに耐えられなくなった天井が崩れ始めた。


 出口に向かって全力ダッシュする。トラックもエンジンを吹かして猛追する。出口から飛び出した瞬間、ずずんと建物が崩壊。崩壊に巻き込まれたトラックを見た一同が助かった。と思ったが、終わりではなかった。

 瓦礫が空高く舞い上がった。姿を現した図体がデカいモンスターの雄叫びが町全体に響き渡る。逃げないと死ぬそう全員の直感が囁いた。

「バスだ! バスを使う」


 駅近くの道路に放置されていた大型バスを発見する。走って乗車。ハンドルを握る私がアクセルを踏む。私は大型自動車免許を持っている、大型車は自衛隊車両に限るという条件付きだが、トラックからバスまで扱える技能がある。

 一軒家の塀を突き破って別の通りに抜けたバスが漁港を目指して爆走する。道路に置かれている邪魔な車は弾き飛ばし、突っ切る。突っ切れないと判断すれば家を破壊して道なき道を進む。その後ろを地面に足跡を残しながら走る図体がデカいモンスター。巨人に追われているバスという構図だ。バスが漁港に到着する。私の視界に海が迫ってきた。スピードを少し落とした瞬間、図体がデカいモンスターがジャンプしてバスの十メートル前にどんと着地して両腕を広げる。


「チキンレースか。いいよ」


 両者とも衝突を回避しなかった。正面衝突する。衝撃をもろに食らったバスの窓ガラスが粉々に砕けた。図体がデカいモンスターがバスを掴んだ両手に力を加えて、万力でトマトを潰すようにバスの原形を歪めた。アクセルペダルの踏み込みを車内に常備されていた消火器を置いて維持できるようにした私がハンドルに手榴弾をダクトテープで巻きつけた。そしてピンに紐を結び付ける。


 割れた後部の窓から全員脱出したことを確認した私が紐を持って走る。ピンが抜けて手榴弾が爆発準備に入った。脱出してしばらくしてからバスが誘爆する。

 図体がデカいモンスターが鳴き声を上げる。正々堂々戦えこの卑怯者と罵っているらしい。

 爆風に押された図体がデカいモンスターが海に転落して水柱を形作った。私は空から大量に降ってきた海水に体を濡らす。前髪をかきあげた。

「さすがに……なんでもない。行こう」

 さすがに這い上がってはこないだろうとフラグっぽいことを言いそうになった私は言葉を飲み込んだ。全員を乗せた漁船が横須賀基地に向けて出港する。

 横須賀基地までは遠い。四日ほど必要だ。燃料も途中で給油しなければならない。それでも行く価値はある。私は漁船の台所にあった大きな鍋を甲板に二つ持ってきて、蒸留装置の制作に取り掛かった。海水は飲めないが、蒸留装置を通せば飲料水になる。鍋Bに海水を入れて、台所にあった棚から板を引っこ抜く。古民家から持ち込んだノコギリで円形に加工して作った台座を浮かせる。浮かせた台座の上に耐熱性のお椀を置いた。鍋Aを鍋Bに重ねる。鍋Aに海水を入れて、重ねた鍋同士に隙間が生まれないようにダクトテープできつく縛った。狭い台所に運んで火にかける。十分ほど様子を見て正常に機能していると判断した私は火を止めた。


 海水を捨てて、蒸留装置を棚に入れた。

 水道水をペットボトルに貯めた物を十五リットル協力して漁船に持ち込んでいる。ペットボトルに圧迫されてリュックサックに食料が思うように入らなくて困ったが、人間は飲み水さえあれば一週間くらいは生命を維持できる。十五リットルあれば四日くらいは大丈夫なはずだが、飲むペースがはやいもしくは腐った場合を考慮して蒸留装置を念のために私は作った。

 船長室で釣り道具を見つけた涼風と双葉が食料調達に動いた。釣り未経験者の涼風に双葉がやり方を教えている。夫婦と細身の男はモンスターに襲われない安堵感に浸って本を読んだり持ち込んだ非常食を仕分けたりしている。藤宮は操舵室にこもって航海計画を考えている。

 前進、N、後進の操縦桿をNの位置にして藤宮が擬似的にブレーキをかけた。エンジンの運転状態を維持して海上を漂っている状態だ。

 漁船に搭載されていたGPSは衛星からの電波が来ないため使えない。目視で進むしかない藤宮は陸地が見える距離を保って航行すると決めた。街並みと列島の形からおおよその場所を把握しながら進めば迷子になることはない。


「うひょー大物だ!」

 涼風がしなる竿をたぐり寄せた。双葉と協力して大物と綱引きをする。海面に大きな影が見え隠れし始めた。あと少し耐えれば勝利だと奮起する涼風が最後の力を振り絞る。根負けした大物が涼風に身を委ねた。姿が鮮明になった大物を見た双葉が興奮する。

「初の獲物がクロダイ!?」

 双葉が魚を採取するときに使うタモ網で大物をすくった。

「おぉ。すごいな」

 双葉の後ろからタモ網を覗き込んだ私が感嘆の声を上げる。

「へへへ。今日の晩飯は刺身が良い」

「刺身か。そのまま食べてもうまいし昆布の出汁を使ったお茶漬けにすればさらにうまい」

「お茶漬け!? 食べてみたい」

「だが断る」

 キメ顔を添えて私が言い放った。

「……」

 面食らった涼風が目を丸くする。鳩が豆鉄砲をくらったかのような顔だ。

「驚かせてすまない。一度言ってみたかったんだ」

「どうしてダメなの?」

「アニサキスが怖い。私には見つけられるだけの技術がないからな。最悪集団食中毒なんて事態にならないとも限らない。嫌だろアニサキスに腹の中かみかみされるの」

「アニサキスってえっと。寄生虫だよね」

「そう」

「嫌、絶対に嫌だ」

「船上の刺身は漁師の特権って言われる所以はこれもあるんだ。素人が下手に刺身なんてやらない方がいい。それなりの覚悟をしてからやるなら止めはしないけどな」

 覚悟はあるんか? と問われた涼風が首をぶんぶんと横に振った。

「じゃあ煮付けでも作ろうか」

「お願い! 煮付け楽しみだよ」

 

 食卓にクロダイの煮付けとキスの天ぷらが並んでいる。炊飯器から全員分の白米を茶碗によそった藤宮が席に座った。手を合わせていただきますをしてから食べ始める一同。煮付けを頬張った涼風が顔をほころばせた。

「うんんんま! いいお嫁さんになるよ」

「そ、そうか? 初めて言われたぞ」

 私ははにかむ。嬉しい。

「初めて? いいお嫁さんになるって?」

「ああ」

「見る目ないなー」

「鬼軍曹として通っていたからな。女として見れないってよく陰口をたたかれていたよ」

「なにそれひどい!」

「まぁ陰口をたたかれるのも上官の仕事だ」

「自衛官も大変なんだね」

「やりがいがあるだけマシだな」

「私が男だったら絶対ものにしてるのに」

 双葉が驚愕の表情をする。たぶん死のノートという漫画のコラ画像を思い出した藤宮から笑い声が漏れ聞こえてきた。男だったらという部分で好感度は高いがそれは友達としてと理解している藤宮は微笑ましい目をして私と涼風を眺めている。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 夕食を食べ終わった頃には辺りは薄暗くなっていた。時刻は一八時二十分、夜の海を目視を頼りに進むというのはプロの漁師でも難しいことだ。素人に毛が生えた程度の藤宮には不可能だ。おとなしく寝ることにしたが、船舶は波に揺られて自然に進んでしまう。起きたら知らない場所にいたなんてことも普通にあり得る。藤宮が私に監視を頼んだ。快く了承した私は船外で一晩監視することになった。藤宮、涼風、双葉の三人が船長室に布団を敷いて就寝する。

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