第四十話「月城朱音12」

「ちょっといいですか?」

 細身の男が申し訳なさそうに会話を遮った。

「はい」

「ヘリはどうなりました?」

「一機ありましたが、故障していたので断念しました」

「そうですか。では電車の案を採用するのですか」

「はい。そのつもりです」

「出発は?」

「明日の5:00でお願いします」

「分かりました」

 緊張気味に返答する細身の男が古民家の庭にある収納庫から武器になりそうなバールやハンマーなどの工具類を外へ出した。そして使えるものだけを持っていく。収納庫をちらっと見た涼風が首を傾げた。どうしてチェンソーを武器にしないんだろうと思っているようだ。


「チェンソーが気になるのか?」

「うん。最強の武器なのに」

「映画の見過ぎだな」

「刃をちょっと押し付けるだけで敵の体を切断できるんだよ」

「モンスターは頭を破壊しない限り行動を続ける。切断される前にチェンソーを掴んでぐいっと押し返すはずだ。自分を切断することになるぞ」

「言われてみればそうかも」

「それに敵はモンスターだけとは限らない。人間相手だと血しぶきを浴びることになるし相手がブルゾンとかコートとか厚い服を着ていたら刃が止まってしまう。繊維が絡まってチェンソーの安全機構がもしかして人を切ってるやばいって判断して止めるからな」

「そうなんだ。チェンソーって万能じゃないんだね」

「危ない道具ほど安全に配慮して設計されているからな。日本で最強の近接武器は二つある。スコップとバットだ。バットよりもスコップの方が強いが、軍人と違ってスコップを普段から使っていない民間人は使い慣れたバットの方が強い」

「スコップって穴を掘る以外の使い方が想像できないんだけど。武器になるの?」

「なるぞ。叩けば撲殺、振れば斬殺、突けば刺殺、構えれば防御だ。白兵戦ならスコップさえあれば大抵勝てる。それくらい頼もしい存在だ」

「今でもそうなんだ」

「今でも?」


「歴史の先生の小話で第一次世界大戦とか、昔の大戦のときは現代の軍隊みたいなやべぇと思ったら無意識に撃つように訓練してないから塹壕とかで不意に敵と遭遇すると弾が装填されてる銃なのに、殺人鬼に追い詰められたヒロインがくるなくるなって物を投げるみたいに無意識に雪合戦よろしく投げつけてしまったって話があって。銃を投げつけても相手を殺せないからとりあえずスコップを持っておけばパニックになって合理的な判断ができなくなっても振り回したり、とにかくパニックで暴れているうちに敵を殺しているからって理由で最強の武器って言われてたんだって」


「へぇ。今は最強の武器じゃないの?」

「先生が言うには料理中に包丁を落としたときに無意識に受け止めようとする感覚で不意に遭遇しても撃てるようになるまで徹底的に訓練するから昔みたいな強さはなくなったって言ってたんだけど。現役の人が言うなら今でも最強なんじゃないかな」


「すまない。白兵戦の前に敵が銃を持っていないとつけるべきだったな。戦国時代のような戦いをイメージしてくれ。私が言う白兵戦はあれだ」

「日本刀よりも強いってほんと?」

「ほんとだ。まぁ相手が宮本武蔵みたいな奴だったらボコボコにされるんだろうが、並の武士なら勝てるはずだ。現代のスコップが剣と魔法の世界に転移したら、スコップ異世界転移無双するって感じになるかもな」


「ナイフ術のスコップ版ってあるの?」

「ああ、スコップ格闘術か。世界の軍隊にはあるが、自衛隊には正式にあるわけではないな。スコップを使った格闘戦の教本はあるけど。あくまでも武装していないときに敵に襲われた場合に身近な道具、ボールペンやハサミ、持っていても警察に掴まらない物だな。を使って敵を排除する方法の一つとして学ぶから自衛隊にはナイフ術はあってもスコップ版はない」


「ボールペンで倒せるってこわ」

「正面から戦って勝てるってわけじゃないぞ」

「暗殺じゃん。恐ろしさが倍増だよ」

「暗殺じゃないと思うよ。映画の特殊部隊の人がこっそり敵兵を倒す、なんだっけ? ステルス攻撃? なんじゃないの」

「身近な道具を使ったステルス攻撃の教本なんてあった?」

 先ほどからんーと考え事をしていた藤宮が疑問を口にする。

「一般にはないな」

「鈴木教官?」

「そう。教えてもらった」

「ってことは特戦群の教本を一般の自衛官に教えたと。型にはまらない教官だとは思っていたけど、外れすぎ。あの筋肉だるまクビが怖くないの?」

「そういうことを気にするような人じゃないだろ」

「確かに」

 射撃訓練を二時間ほど行った。古民家に戻る。二階にある書斎に七人分の座布団を置いて食卓を囲んだ。今日の献立は涼風と双葉が作った肉なしハヤシライスだ。肉の代わりにもやしが大量に入っている。細身の男と夫婦が案外腹にたまるうまいし最高だと頬を緩ませた。夕食を終えた細身の男と夫婦が自室に戻る。


 私は明日の作戦に備えて早いうちに風呂を済ませた。頭を空っぽにするためにベランダから月を眺める。日本酒をくいっと飲み込んで純粋な心で景色を楽しもうとするが、なぜインフラが止まらないんだ? という疑問が消えない。


 モンスターによって都市機能は麻痺している。にもかかわらずインフラだけは通常通り稼働している。目的が分からない。なにか得体のしれないことをしているのではないかと気になって眠れそうもない私は溜息を吐いた。


 万が一の事態に備えて藤宮と入浴を楽しんでいた涼風と双葉が部屋に入ってきた。


「俺の人生成り上がりゲームやろ」

 人生ゲームの箱を持っている涼風が私を誘う。

「テレビで聞いたことがあるな。確かヤクザ、ヒモ、フリージャーナリスト、詐欺師あと悪徳警官だったか? 五つの役があって詳しくはないが役ごとに特殊イベントがあるんだよな。普通のマスと特殊マスを駆使して最終的に一番成り上がった人が勝利っていうボードゲーム」

「そうだよ」

「どこにあったんだ?」

「藤宮が押入れで見つけたんだ」

「そうか。藤宮は?」

 ゲームでもやって気分転換とかどうって遠回しに藤宮は言っているのか。

「ゲームに使えそうなおもちゃを探してる」

「面白いものを見つけた」

 ビリビリ嘘発見器とビリビリボールペンを掲げる藤宮が部屋に入ってきた。


 涼風がボードゲームを床に広げる。そして全員に付属品の小さい棒人間フィギュアを配った。涼風→私→双葉→藤宮の順番でゲームを進行していくことに決めた。私たちは学生編を始める。最初は短期バイトをするとか幼馴染みに告白された。彼女ゲットだぜ! という人生ゲームによくあるマスだったが次第にドラマチックなマスがちらほらと現れる。


 ルーレットが回転する。五。学生編-恋愛ルートを進んでいた涼風の彼女が爆破事件に巻き込まれて死亡する。復讐カードを引いて、仇討ちを誓った涼風がヤクザになるか悪徳警官になるか選択を迫られる。


「復讐対象は大統領ってどんな陰謀? ちょっと気になる」

 復讐カードには胡散臭いおっさんのイラストと大統領という文字。そして復讐達成の条件が書かれていた。暗殺もしくは秘密の暴露の二つだ。


「成功したらNPを1000貰えるみたいだな」

「NPって成り上がりポイントの略なんだよね」

「そうみたいだな。NPを一番多く獲得したプレイヤーが勝利って書いてある」

 私は説明書を読みながら答える。

 ヤクザになると宣言した涼風が役職カードを受け取った。


 同じく恋愛ルートを進んでいる私は現在三股中だ。三人の彼女、棒人間フィギュアを引き連れて恋愛ルートのゴールに辿り着いた私を強制イベントが襲う。ハーレム(浮気)が発覚。彼女がヤンデレsに豹変。1から3蝋人形としてヤンデレsの共同所有物になる未来を甘い言葉で回避するが、全員と結婚する羽目になる。結婚資金NP1000×人数分支払う。4から6甘い言葉作戦に失敗。偽物扱いされ、フルボッコ。死んだと勘違いされて彼女が離れていくが、入院費NP10000支払う。7から10プレイヤーのことをストーキングしていた社長令嬢が現れる。わたくしと結婚してくださればヤンデレsから守ってあげますわと契約を持ちかけられる。社長令嬢の夫としてヒモ人生を歩むことになった。サイコロの出目で私の運命が決まる。


「桁がおかしい。1万とか1000×人数分ってあり得ないだろ。どれだけ上手く立ち回ってもカリカリファイナンスから借金することになるんじゃないのか」

「でも一番稼げる詐欺師になれるみたいだよ」

「そうなんだが、利息が1ターンごとに借金した金額の10%加算。そんな暴利なハンデを背負って成り上がりなんて強要されるこの二つはハズレだな。7から10来い」


 手持ちのNPが足りなければカリカリファイナンスというゲーム内の闇金から借金をすることになる。ルーレットが回転する。9。社会人編-ヒモルートに進んだ。


 双葉は校内新聞でハーレム野郎の浮気の証拠を晒す。そしてリア充をぶっ潰した。その快感をもう一度味わいたいと考えた双葉の棒人間フィギュアはフリージャーナリストルートに。藤宮は悪徳警官ルートに進んだ。ヒモとして悠々自適に生活していた私の棒人間フィギュアが?マスに止まった。役ごとにある特殊イベントカードの山から1枚引いた私が内容を確認する。社長令嬢の母親につい手を出してしまう。SAN値マイナス30。死んだ目をしている社長令嬢がドアの隙間から見ているイラストが描かれている。すべての役職にHPと同じ意味を持つSAN値が設定されている。0になった時点で死亡ENDだ。


「回復するべきなんだが、ちょっと高いな」

 ゲーム内のマーケットで食べ物カードを購入できる。必要なのはNPだ。NPで購入して使用すればSAN値を回復することができる。


「物々交換してもいいよ」

 涼風が私との交渉に乗り出す。私がアイテムカードを1枚山札から引くことができるマスに止まったときにゲットした改造拳銃とSAN値を10回復することができる食パンを物々交換したいと私に伝える。NPを使って他プレイヤーのアイテムカードを買収する、アイテムカードを物々交換する。ことが可能だ。


「食パンじゃなくてステーキなら考えてもいいぞ」

「ヒモなんだから武器なんていらないでしょ。誰かに襲われるわけでもないし」

「案外必要になるかもしれない。社長令嬢がちょっと不穏だろ?」


 NPを100支払ってマーケットで寿司を購入した私がさっそく使用。SAN値を30回復する。ルーレットが回転する。4。


 ?マスに双葉の棒人間フィギュアが止まった。カードを引く。女子高に通う大女優の娘が校内で薬物を売っているという噂を確かめるために女子更衣室に潜入。大女優の娘のロッカーにあったカバンを確認する。白い粉が入った袋を発見。検査キットで調べるが陰性? 舐めてみた、ハピ粉じゃね? ハピ粉だよなこれ。生徒に見つかって警察の厄介になる。下着泥棒の濡れ衣を着せられた。NPマイナス500。


「変態」

「う、違う。変態じゃない」

「えっちな目的じゃなくても潜入する時点で変態だよ。変態」

「そんな連呼しないで」

 自分がやったわけでもないのに恥ずかしがる双葉を眺める涼風の口角が上がった。

「かわいい(小声)」

 涼風から漏れ聞こえてきた言葉をキャッチした双葉がばっと振り向く。

「え?」

「なに」

 つい呟いてしまった涼風はごまかそうとするが、双葉の耳ははっきりと聞いていた。涼風はクールキャラに憧れを抱いているらしい。そんな涼風は馬鹿正直にクールキャラを演じている節がある。演じてるつもりが全然ダメダメなのだが、猫カフェに行って猫が頬ずりをしてきても顔をほころばせるだけでかわいいとは言わない無駄な努力をしたりしていると双葉から聞いた。そんな涼風が言ったかわいいだからこそ価値があると双葉は思ったらしい。

「もう一回言って」

「……かわいい」

「へへ」

 藤宮がルーレットの中央にある筒状の出っ張りを掴んだ。ルーレットが回転する。2。押収品のプレステージョン5を転売。NP250獲得。藤宮はこそこそ小銭を稼ぎつつイベントで得た警察情報をタイミングよく涼風や双葉に販売する勝負に出たりして順調にNPを貯めている。


 涼風が裏マーケットでトンプソンM1928、50連ドラムマガジン付きを購入する。大統領を暗殺する条件。銃器・警察情報(警備に関する)・実現する見込み70%以上を満たした涼風が暗殺を実行する。銃カードや情報カードには5%や15%、50%などパーセンテージが記載されている。その合計が70%以上あるかどうかが実現する見込みを満たしているかの基準だ。


 1から4成功。5から10失敗、刑務所送り。ルーレットが回転する。6。ボードゲームの中央にある受刑者ルートに移動する。

 涼風の棒人間フィギュアが囚人服に着替えた。


 それから数ターン経過して再度涼風のターンになった。ルーレットが回転する。8。?マスに棒人間フィギュアが移動。カードを引いた涼風が内容を読む。甘い言葉で刑務官を翻弄する。「俺とキスしたいんだろ?」「うん、でもできないよ。僕、刑務官……」「俺を選べよ。つまんねぇ職務なんか気にすんな。おまえの心も体も全部俺のものだ」鉄格子が邪魔でキスができないと嘆く刑務官が意を決して牢の鍵を解放する。脱獄成功。


 刑務官とキスをするイラストが描かれている。


 にまにましている双葉が先ほどの復讐と言わんばかりに「イケメン」と涼風の耳元で囁いた。涼風の顔が真っ赤に染まる。微笑ましい空気に浸っていた私がルーレットに手を伸ばした。ルーレットが回転する。10。

 NP3500以下→社長令嬢がヤンデレに変貌、SAN値マイナス100。以上→社長令嬢の母親からお小遣いを貰う。NP2000獲得。


 私は思わずクソゲーと叫びそうになったが、ぐっと我慢する。強制イベントが発生。いつぞやのヤンデレsに拉致られる。社長令嬢が右手に包丁、左手に不貞を働いた母親の生首を携えて私を取り返しに来た。やばすぎだろ。スーパーヤンデレ大戦が勃発する。勝利者になった社長令嬢に監禁され、質問される。「わたしくのこと愛しているんですの?」


 選択肢

 A.「愛してる」

 B.「愛してるわけねぇだろ。おまえはただの金づる」


 Aだと自由を失った。ジエンド。NP10000獲得できるが、永遠に自分のターンがやって来ないパターン。Bはあなた偽物ですわ。本物はそんなこと言いません。現実逃避する社長令嬢に心臓をえぐられた。死に戻り(1マス戻り)する。変わらずターンは巡ってくる。ゲーム続行か、NPをもらってやめるか。悩むな。


 あ、藤宮凶器握ってる。


「手をかざして」

 藤宮がビリビリ嘘発見器をすっと私の前までスライドさせる。


「あ、愛してる」

 作り笑顔をする私がカードに描かれている社長令嬢に向けて言った。巨大サメが近づいてきているかのような不気味なBGMが流れ始めた。ビリビリ嘘発見器に置かれている私の手の汗を検知したビリビリ嘘発見器がバチと痛みを与える。


「Bにすれば電流もないし死に戻りもできて万々歳だったよ」

「半分正解半分不正解だな。藤宮の右手を見てみろ」

 藤宮の右手に視線を向けた涼風は納得する。ビリビリボールペンが握られていた。Bを選んでいた場合、電流が流れる部分をえいと包丁の代わりに押し付けられていただろう。ビリビリボールペンの方は威力が倍だ。


 一時間後。ゲームは涼風の勝利で幕を閉じた。ふぅ。だいぶ心が穏やかになった。


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