第三十九話「月城朱音11」
「こいつを汚すのはちょっと気が引けるな」
私は痛車をしみじみと眺める。できれば運転したくはないが、これしかない。自動車窃盗犯が使う特殊な機材を持っていないし、技術も持ち合わせていない。鍵を入手できる車しか借りられない。嫌々この車を傷物にするしかないと覚悟を決めた。
「そういえば朱音ってこのアニメ? だっけ。好きなんだよね」
「ああ。好きだ」
「へ、へぇ。見てみようかな。持ち運び用のDVDプレーヤーと確かBlu-rayBOXがあったし時間があるときにでも一緒にどうかな」
自分が言われたわけではないのにドキドキする藤宮。藤宮の好みはスキンヘッドにバーコードが印字されている主人公が暗躍する映画ヒット男、愛車と亡き妻が残した子犬の命を奪われ復讐心に囚われた元凄腕の殺し屋が平穏な暮らしをやめて再び裏社会に行く映画。などなどアクション系の海外作品が大好物だ。私の影響でアニメも見るが、日常系のザ・ほのぼの作品は誘われない限り視聴しない。ファントムやとあるなど戦闘や血みどろ、複雑に絡む出来事や思惑がある作品を楽しむ傾向にある。嫌いではないが、好きでもないザ・ほのぼの作品も嗜むのは自分の横で心からアニメを楽しむ私を眺めるのが趣味だからと昔、言っていた。
「もちろんいいよ」
私と藤宮が痛車に乗り込んだ。そして89式5.56mm小銃のコッキングレバーを引いて初弾を薬室に送り込み、アからレにレバーを切り替えて即座に撃てるようにする。
89式5.56mm小銃はマスコミ関係者や一般からは名前を短くして89式小銃、部隊内ではバディやハチキュウと呼ばれている。
運転席に座った藤宮が痛車を発進させる。田舎と呼ぶことができる景色からちょっとした町に切り替わったときモンスターがちらほらと出現する。助手席の私がシートを限界まで下げて伏射の姿勢になった。89式小銃が吠える。マズルフラッシュとともに弾丸が飛翔する。リアガラスをバラバラに砕いた弾丸が痛車を追いかけるモンスターを貫く。倒しきれないまでも体に生じる衝撃が動きを鈍らせる。
「くっ」
民家の屋根に座って待機していたモンスターが飛び降りた。痛車の屋根にドスンと着地する。モンスターの重みでべこっと凹んだ屋根に向かって私は連射する。モンスターが横に小さくジャンプする。助手席側の屋根を掴んでぶら下がり片腕を振り上げた。助手席側のフロントガラスを殴って破壊するつもりのようだ。
私は9ミリ拳銃を構えて発砲する。弾丸に振り落とされたモンスターが素早く起き上がってダッシュする。私はシートベルトを肩に巻く、ドアを少し開けて、体を傾ける。そして痛車と並走するモンスターの頭に数発撃ち込んだ。力なく転倒したモンスターを確認した私はドアを閉める。9ミリ拳銃をホルスターに収めてから89式小銃をリロードする。
痛車が民間の飛行場に進入して格納庫前に停車する。格納庫前には先客の車両、警察車両数台と黒塗りのベンツ・ミニバンが止まっている。私は降車する。そしてレから3にレバーを切り替えた。3は3点バーストを意味している。引き金を1回引くと3発発射されてストップ。離してもう一度引くと3発発射を繰り返すモードだ。戦場でパニックになって乱射してしまう新人が主に好んで使うモード。戦闘では基本的に単射や3点バースト射撃をするが、連射したい瞬間に遭遇する場合がある。遭遇するたびにレバーをいちいち切り替えるのは手間、切り替え時の僅かな時間ではあるが射撃ができない時間が生まれる。ことを嫌う兵士は連射モードを維持して短連射をする。今回は連射したい瞬間が来てもできないからという理由で3点バーストだ。
「これが最後のマガジンだ。藤宮、残りマガジンを報告しろ」
「2。崩しは任せて」
一つのマガジンの弾数は30発。89式小銃は三秒でマガジンの弾丸をすべて吐き出してしまう。短連射をするつもりがびびってトリガーを離すことを忘れてしまえば一瞬で手持ちの弾が尽きる。今の私たちの手持ちは心もとない。モンスターが民間の飛行場の隣にある道路に止まっていた大型トラックからタイヤを無理やり取り外した。タイヤを盾の代わりに構えたモンスターが、背後に隠れている釘バットを持っている仲間を引き連れて私と藤宮に接近する。
がいんがいんとホイールが悲鳴を上げる。弾が尽きるまで行われた連射の衝撃で盾が傾いた、若干だがモンスターの弱点である頭が見える。私は照準を隙間に合わせてトリガーを引いた。力が抜けたモンスターの手からタイヤが落下する。少し跳ねたタイヤが転がる。自分を守ってくれる存在を失った背後に隠れていたモンスターが釘バットを掲げて威嚇するが、私が放った弾丸にあっけなく命を奪われる。
頑丈なやつと出会わなくて助かった。
「敵が少なくて助かったな」
「人間を求めて沖縄か北海道を目指して移動したのかな」
「おそらくそうだ。奴ら日本の上から下まで手中に収めたいんだろう」
視線の先にある格納庫の中には一機のヘリがあった。だが、遠目からでも分かるほど荒らされている格納庫内と壁に残る弾痕がもしかしたらと不安感を募らせる。
「ダメ。エンジンに被弾してる」
素人目でもエンジンをスタートさせたら危険だと分かるレベルの風穴が空いていた。穴のサイズから穴を作ったのは組長が握っているコルトパイソンの.357マグナム弾だと分かる。
「そうか。警察とヤクザの奪い合いがあったんだろうな」
ヘリの近くに警察署長と組長の死体が転がっている。格納庫内は死屍累々だ。工具箱に覆いかぶさって死んでいる派手なスーツ姿の男。あわよくば警察署長に取り入ってヘリに乗せてもらおうと画策していたインテリ眼鏡とお供の制服警官の死体は下っ端ヤクザと中堅ヤクザの死体の山に紛れ込んでいる。
死体からバイオハ〇ードで有名なベレッタ92FSや各国の軍や警察が使っているグロック17、世界でもっとも人を殺している小銃AK-47、米軍が採用している小銃M16からは5.56mm弾だけを私と藤宮は回収する。
最近のヤクザはコピー品などの粗悪な銃ではなく自衛隊の特殊部隊が使っていてもおかしくない高性能な銃を密輸する傾向にある。粗悪品と違ってコストが倍以上に跳ね上がるためそうそう密輸はできないはずだが、見る限り潤沢だ。そういった銃の使用を組から許可されるのはそれなりの地位にある人物だけなので、ジャージ姿の下っ端ヤクザの傍にはコピー品のトカレフが転がっていた。
「大量だな」
「うん。ヤクザってこんなに性能がいい銃持ってるんだ」
「横浜のヤクザはRPG-7持ってるらしいし、ヤクザがコピー品ばっかり使うっていうのはドラマの影響か、マスコミのデマなのかもな」
「メキシコの麻薬カルテルと違って普段からドンパチするつもりがないならRPG-7とかAKなんていらないと思うんだけど。見栄なのかな」
「それもあるだろうが、ヤクザってナメられたら終わりって聞くし国が核持つのと同じで、俺たちに喧嘩売ったら全滅すっぞって抑止するためだろうな。抗争しても儲からないだろうし」
「弾全部集めればハチキュウのマガジン七つくらいにはなりそうだね」
「ああ。拳銃用の弾は180発くらいあるな。全部集めればかなりの戦力になるぞ」
ヘリは手に入らなかったが大量の武器弾薬を手に入れた私と藤宮はほくほく顔で痛車に乗り込んだ。帰り道はモンスターに襲われることはなかった。
黒いモンスターが活発的に行動している地域ではなければ電車という鋼鉄のモンスターを使えば仮に止まれと追い立てられても蹴散らせそうだそれにこの感じなら駅にモンスターほとんどいないだろう。案外細身の男の意見はいい線言ってたんだな。
古民家に到着する。私と藤宮を涼風と双葉が出迎える。涼風にベレッタ92FSを。双葉にグロック17をプレゼントする。
「銃なんて使えないよ」
「同じく」
「大丈夫だ。私と藤宮がしっかりと教えるから」
「でも」
「怖がらなくていい。基本を覚えれば銃は主人を傷つけない」
「分かった。やってみる」
私は涼風にセーフティレバーの場所と重要性、拳銃が弾丸を発射する一連の動作を実銃を用いて教えた。涼風は銃って単純な仕組みで動いているんだと学びを得た。
「このボタンはマガジンリリースボタンだ。リリースは放出するという意味だ。押してみろ」
私は9ミリ拳銃、涼風はベレッタ92FSのマガジンをリリースする。マガジンを支えていたストッパーが外れて自重で落下する。私はマガジンを左手で受け止めたが、他のことに気を取られていた涼風は受け止めることを忘れてしまった。地面にぶつかったマガジンが跳ねて回転する。私はそれをキャッチした。
「予備は用意できないから戦闘中にこいつ(唯一のマガジン)を失ったらベレッタはただの鉄屑になる。大切に扱ってくれるとありがたい」
「う、ん。大切にするよ」
涼風が乙女の顔をする。その様子を見た藤宮と双葉がむすぅとする。
「教官交代」
藤宮が私の腕を引っ張り場所を入れ替えた。涼風ではなく双葉を教えることになった私はマガジンに弾を込める方法をレクチャーする。その後、射撃訓練が始まった。
古民家の庭の外壁近くに空き缶を並べる。私と藤宮は射撃姿勢に関してなにも教えずに二人に構えを見せてもらう。
二人ともカップ&ソーサと呼ばれる握り方をしていた。右手でグリップを握りグリップの下に左手の手のひらをカップを支えるように置いて握って拳銃を構える方法だ。ソーサは受け皿という意味がある。
紅茶が入ったカップを右手で持って、左手の上に載っている受け皿で支えているときに襟首を掴まれてぐいっと引っ張られたらカップは受け皿から離れる。それと同じように銃も左手から離れてしまう。反動がないエアーガンなら問題がない握り方だが、反動がある実銃だと左手は支えにならないため右手だけに反動の負荷が蓄積される。両手ではなく右手の片手撃ちと変わらない射撃方法だ。
「左手を下ではなく横に持って行ってぎゅっと握るんだ。そうすればカップ&ソーサと違って反動を両手で受け止められるし銃も安定する。命中精度が高まるんだ」
背後から双葉を抱きしめるような体勢になった私が双葉の手や足を動かして射撃姿勢を作った。アイソセレススタンスと呼ばれる基本に忠実な構えだ。日本警察も採用している。
「なるほど」
「少し上にして撃ってみて」
私にそう言われた双葉が照準を少しだけ上げて発砲する。空き缶が空を舞う。命中だ。筋が良いな。
「やった!」
「上手いな。モンスターの弱点は頭だ。銃を使うときは頭を狙うんだぞ」
「分かった」
「太もものサイズを測ってもいいか?」
「え、なんで」
「ホルスターを作ろうかと思ってな」
「あ、あぁーそういうこと。いいよ」
「涼風も測ってもいいか?」
「大丈夫だよ」
メジャーを使った採寸を終わらせた私がありもので女子高生らしいホルスターを作った。双葉の方はサメ、涼風は熊をイメージしたかっこかわいいホルスターだ。フリマアプリで売ればそこそこの値で買ってくれそうな感じに仕上がっている。
「わぁすごい、すごいかわいいよ。ことりちゃんもそう思うでしょ」
「うん。気に入った」
「そうか」
「いいな(小声)」
「藤宮の分も作ろうか」
「おねが、ちょっと待って。あーあーやめとく」
「いいのか?」
「本音を言えばほしいけど。いい大人がそれも自衛官がそれは締まらないでしょ?」
「確かに締まらないな」
「こういうとき子供っていいなって思うよね」
「ああ。大人になると色々と恥ずかしくなってしまうからな」
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