第三十六話「月城朱音9」

 ぽつぽつと民家がある田舎道に水を垂らしながら私たちは歩いている。


「移動手段を失ってしまったな」

「うん」

「上層部への連絡は一旦諦めて、安全な場所に避難するべきだな。モンスターは水が苦手だ。おそらく北海道や沖縄あと離島には行けないはずだ。モンスターが船舶や航空機を操縦できれば話は別だが、それはないと信じよう。北海道と沖縄は遠い。辿り着くのは不可能だろうな。そうなると離島が避難の候補地になる」

「離島に避難は賛成だけど。移動手段がないよ」

「それなんだよな。藤宮、確か船舶免許持ってるよね」

「あるけど。栃木は海に面してないから漁港がない」

「茨城、福島、千葉。海に面している県まで車で移動して漁港で漁船に乗り換えるしか方法がないか?」

「ヘリを探して離島に向かう方法もある、けど。ヘリを入手できるところはここから十キロかな? それくらい離れた場所にある企業がやってるヘリポートしか思いつかない。ヘリの格納庫もあるから、もしもそこに貸出機か預かってる機体があれば任されたって言えるんだけど。ない可能性のほうが高い」

「まぁそこにあるって知ってる人は借りに行くからな。操縦できるかは別にして」

「うん」

「んーひとまずこの近辺で潜伏できそうな場所を探そう。そこを拠点にして今後のことを決めつつ準備をしよう」

「了解」

 周囲を警戒しつつ私と藤宮は拠点に使えそうな建物を探し始める。今の私と藤宮の武装は戦車長から貰った9mm拳銃と光学照準器付きの89式5.56mm小銃だ。


 古民家の二階の窓に人影があった?

「人?」

「生存者を見つけたの?」

 少し嬉しそうな涼風が私に質問する。

「わからない。古民家の二階から見られていたような気がする」

「先鋒は任せて」

「分かった。行こう」

 小銃を構えた藤宮が古民家に足を踏み入れる。藤宮と私の間に涼風と双葉を入れて通路を進む。もしも好戦的な人がいれば真っ先に攻撃される先鋒を引き受けた藤宮は引き締まった表情をしてクリアリングに勤しむ。


「陸上自衛隊です! 捜索に来ました!!」

 藤宮と私は居間の安全を確認している。食事中に家族そろって逃げたことがうかがえる。畳の上にある木製テーブルには六人分の朽ち果てた料理が置かれていた。あの人影はここの住人ではないと察した藤宮は唾を飲み込んだ。日本は米国などの国と違って銃が普及していない。世紀末のような環境に放り出された誰もが銃がほしいと願っているはずだ。警察官や自衛官を殺してでもと考えている人もいる。本来は守らなければならない人に襲われたとき、射殺できるのか私は不安感に襲われた。


 涼風だけは絶対に守らなければならない。この手を染めることになったとしても絶対に失うことが許されない存在だ。そのために死刑になるのならば本望だ。


 ギシギシと階段が軋む音が古民家に響き渡った。涼風と双葉に伏せろとハンドサインを藤宮が送る。手の動作でなんとなく指示された行動を理解した二人は安全が確認された居間に伏せた。居間から廊下に出た藤宮と私は階段に銃口を向ける。


「ひっも、モンスターじゃない! 俺は人間だ!!」

 ボロボロになった鉄道運転士の制服を着ている細身の男が必死に訴える。警戒心を半分残して藤宮と私は銃を下げた。ふーと長い息を吐いた細身の男が質問する。


「日本ってどうなりました?」

「情報が入ってこないので、私たちも把握できていません」

「そうですか。あのー避難場所はあるんですよね?」

 救助に来たんだなと思っていた細身の男は藤宮と私から自分と同じ彷徨ってる雰囲気を感じ取って少し不安になったらしい。不安は的中している。

「申し訳ないのですが、私たちも避難場所を探しています」

 細身の男はもしかして全滅した部隊の生き残りとか? まぁ戦える人間と出会えただけマシだからいいんだけど。たぶんそんなことを考えていると思う。


「二階に外国人の夫婦がいます。なにか訴えてきているんですが、ちょっと英語が苦手で、困っているんですよ。英語って得意ですか?」

「案内してください。話してみます」

 二階の部屋にバックパッカーのような服装をしている若い夫婦が座っていた。夫婦の持ち物だと思われるリュックや旅行ガイド本が床に転がっている。話が通じるかもしれない藤宮と私の登場に目を輝かせて喜ぶ夫婦が本場の英語で言いたいことを一方的に伝える。早口だ。藤宮と私は義務教育で一応文法と単語の知識を身に着けたが、ここまで早口だと日本語に変換する前に話がどんどん流れて行ってしまい追いつかない。焦る藤宮と私に意外な人物が助け舟を出す。


「要約すると『アメリカ大使館から横須賀基地に向かってくださいと言われている。急がないと船が出発してしまう。行き方が分からない。教えてくれ』って訴えてる」

「横須賀基地……大使館から送られてきたのはいつ? と聞いてくれないか」

「分かった――『三日前に緊急メールが来た』って言ってるよ」

「期限は設定されている?」

「一週間後に横須賀基地から完全撤退するって書いてあるから。たぶんそれが期限だと思う」

 夫婦のスマホ内に保存されていたメールを見させてもらった涼風が答える。

「SNSはどうだ? なにか投稿されていないか」

「アメリカ大使館のアカウント?」

「それと在日米軍のアカウントだな」

「あーダメ。接続できない」

「ほんとだ。アンテナが立っていないな」



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