第三十五話「月城朱音8」

 私たちが降り立ってから三日の歳月が経過した。政府関係者や自衛隊上層部もしくは作戦中の部隊に連絡する手段を見つけられない私は不安を感じていた。心のよりどころであったラジオも最近、ざーざざと音を発するだけの存在になり果てた。


「繋がったか?」

「ダメです」

 通信するための機材がないわけではない。当初から政府と自衛隊上層部には連絡を試みたがダメだった。だが、作戦中の一部の部隊とは通信が繋がっていた。その部隊は北海道にある司令部と第1護衛艦隊群のいずも、ヘリコプター搭載護衛艦内にいる総理に連絡ができるようだったので、涼風の件の伝言と指示を仰いでくれと頼んだが、結果が返ってくる前に通信がつながらなくなったため、私は困り果ててしまう。


 私は壊れた橋の前で立ち往生しているモンスターの集団を見る。飽きずにずっと立っているモンスターに嫌気が差す。ん? ボスらしきモンスターがじっとなにかを見ている。視線を追っていくと若い父親にたどり着いた。娘を肩車して公園内を歩いている。その様子をボスらしきモンスターはなぜかじっと見ている。


 なにか思いついたのかボスらしきモンスターが部下の股下に頭をくぐらせて強制的に肩車をする。ボスが叫んだ。部下たちは? と首をかしげながらもよじ登って肩に座っていく。やばい。二十メートルの長さの梯子のようになったところでボスが前方に倒れ込んだ。爆破され千切れている道路の箇所にモンスターの道が建設された。


 モンスターの集団が今まで渡れなかった道路を駆け抜ける。戦車長が事態に気が付いたときにはすでに七十体ほどのモンスターが道路を渡っていた。10式戦車がモンスターの集団の進路を妨害する。重機関銃の咆哮が響き、モンスターに重い塊をぶつけ、撃退するべく弾幕を張り続けるが時間稼ぎにもならない。


 モンスターは頭が良いみたいだ。ガソリンを戦車にぶっかけた。そして火が付いたマッチ棒を放り投げる。戦車は熱すれば料理中のフライパン以上の表面温度になる。人間が耐えられる熱さではない。でも脱出すればもれなくモンスターの仲間入りだ。


 火あぶりで死ぬか寄生されてモンスターになるか戦車長・砲手・操縦士は選択を迫られた。苦痛を味わい尽くして死にたくないでもモンスターにもなりたくない。楽になりたい嫌だ矛盾する考えが錯綜して発狂する。その絶叫が三百メートル離れている公園の中央まで聞こえてくる。絶叫が消えた。撃ったのか? 密閉されている戦車内は音が響く、マイクがきーんとなったときの十倍ひどいきーんに襲われる。とてつもない苦痛だ。それでもなお楽にするために撃ったのか?


 モンスターがハッチをこじ開けようとしている。ハッチを開ければモンスターが戦車内に来る。絶対に開けられない。戦車長……。


 公園の中央に鎮座しているドクターヘリに百人ほどの民間人が殺到している。ヘリの定員は七名だ。にも関わらずヘリ内にはすでに二十人の大人が乗り込んでいる。すし詰め状態だ。子供を優先して乗せますと説明する自衛官と俺たちを見殺しにするのか! 命は平等だろ!! と怒鳴る大人が押し問答をしている。離陸準備を整えて操縦席で待機していた藤宮が降車して空に向かって威嚇射撃をする。


「降りてください」

 ヘリから押し出されないように必死にしがみついているサラリーマンに藤宮が銃口を向けた。ありえない光景にその場の民間人は目を丸くする。

「おまえ! 自衛隊が俺たちに銃を向けていいわけねぇだろ!! イカれてんのか!」

「このままでは全員死にます。子供の命を優先してください」

「他人の命なんざしらねぇよ!! いいからさっさと操縦しろ!」

「……降りろ! 降りろ!!」

 覚悟を決めた自衛隊員たちがヘリから大人を引きずり出して強制的に降車させる。空いたスペースに子供を誘導するが、子供を押しのけて違う大人がヘリに入っていく。子供をヘリに乗せることができないまま時間だけが過ぎてしまう。モンスターが道路を渡り切って公園内に雪崩れ込んだ。

 いまどきの若者という風貌の男が操縦席に乗り込んで、勝手に上昇を始めた。藤宮は拳銃の照準を若者の頭に合わせて警告する。


「撃つぞ!! 今すぐ操縦をやめろ!」

「ど、どうせ、撃てねぇだろ。撃てねぇ大丈夫なんだよ」

 確かに藤宮は撃つことができない。相手は非武装の民間人だ。それを殺害する怪我を負わせるということは自衛隊は死んだと宣言することになってしまう。撃たれないから大丈夫。その考えは正しいが、操縦するこれは間違っていた。重量オーバーの機体はプロでも操縦不可能だ。奇跡に恵まれたとしてもプロに不可能なことを素人が可能にするなんて天地がひっくり返っても絶対にありえない。上昇の途中で機体は当然のように墜落する。


 暴徒化した人波のただなかにいた私と涼風と双葉は人波の間をすり抜けて走って伏せた。回転するローターが民間人の体を切断しながら地面を削り、止まった。その数秒後、機体が爆発する。爆風に巻き込まれた人々が吹き飛ばされる。


 頬が煤汚れ土埃にまみれた藤宮が私に駆け寄って起き上がらせる。


「立って! 飛び込む!!」

 拳銃を発砲しながら叫ぶ藤宮の声を聞いた涼風と双葉が立ち上がって遊水地に向かって歩く。藤宮が私を突き飛ばして遊水地に落とす。


「急いで!」

 藤宮が涼風と双葉の前まで前進して時間を稼ぐ。藤宮がモンスターと肉弾戦をしている隙に双葉は飛び込んだが、涼風は水面を見つめるだけで、飛び込もうとしない。


「私、泳げない」

 双葉はそうだ。涼風は泳げないんだったと顔を蒼白にする。そして公園に這い上がろうとするが、遅い。流れに流されて公園からどんどん距離が離れていく。


「しっかり掴まって」

 ラッコが子供を抱っこして泳ぐような持ち方で藤宮が涼風を抱えた。そのまま飛び込んで、上向きで藤宮は水面を進む。私は双葉を支えながら泳ぐ。公園はモンスターに占拠されてしまった。私たちは遊水地を泳ぎ切った。

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