第三十三話「密航者」

 政府は北海道に移動して日本はまだ存在していると世界に示したが、その示しもいつまで持つのか分からない。今の日本には他国をおとなしくさせるほどの経済的な力がない。そんなの関係ねぇと他国が行動を開始する可能性は十分考えられる。それに先日起きた韓国の米軍基地で発生した寄生戦争のようなことが北海道で起きないとも言えない。起きれば今度こそ日本は主権を失う。その前に俺は仕事を放り投げて国外退避を選択する。早期に動いた資産家たちはこぞって国外退避して現地民と結婚している。俺もそうすれば良かった。さっさと日本国籍なんて捨ててしまえば良かったんだ。日本で活動していた密輸組織は皆やめてしまった。そこで俺が利用しようと思い至ったのは漁師だ。出遅れた資産家どもも同じことを考えたらしい。


 漁港に薄汚い人間が集まって必死に金を漁師に見せびらかす。バブルのときにタクシーを止めるために万札をひらひらさせていた若者を思い出した。

 こいつらはバカだ。日本円は無価値に近いので、それでは釣れない。俺はドルや金塊で漁師を釣って中国に密航する。さすがにバレても射殺はないはずだ。




 中国。領海内。海上を進む四隻の漁船が中国海警局の哨戒艇の警告を受けている。30ミリ機関砲が警告射撃を実施する。漁船の百センチ手前の水面に水柱が上がった。船長は密航者たちに戻ったほうがいい。と叫ぶが、聞く耳を持たない密航者たちは大金を受け取っただろ! 途中でやめるなんて非常識まかり通るわけがないでしょうが! と喚き、それでも首を横に振る船長に今度は言葉ではなく集団で殴り蹴って横から縦に変えさせた。暴力に訴えるとは民度が低いな。

 平和に浸ってきた密航者たちは警告射撃しかできないとたかをくくっていた。俺もそうだ。海上保安庁ならそうなっていただろうが、相手は中国海警局だ。日本の常識は通用しないらしい。自分たちの後ろにある国を家族を友人を守るためならば目標が非武装の人だとしても撃つ。外国に日本の常識は通用しないという当たり前のことを密航者たちはこのとき初めて知った。政治に固執せずに早く密航するべきだった。

「撃つな! 非武装だぞ!! 国際問題しがっ腕、腕、俺の腕!!」

 成金が好きそうなゴールドの腕時計を身に着けている男が泣き叫んだ。漁船に乗っていた密航者たちの体が弾け飛ぶ。漁船が甲高い音を響かせた。30ミリ機関砲の弾丸が漁船に無数の穴を開け、爆発へと導いた。


 炎上する漁船が薄暗い海を照らしている。

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