第二十四話「月城朱音5」

 ドクターヘリを奪うことを決めた。この騒動が終わったら逮捕は免れないな。利根川近くの国立医療センターに向かう。木々が生い茂っている一角を抜けた先に医療センターの駐車場があった。駐車場は駐車スペースを無視して乱雑に走行路に停車している車両で埋まっている。ゾンビ映画のように目に見えないウイルスが体内に入ったことによってモンスターになると考えた住民が病院に殺到したみたいだ。


 治療法を求めたが、もちろんそんな画期的なものはなくモンスターの波に飲み込まれたと見受けられる。駐車場には一部暴徒化した住民の対策としてやってきた警察官の遺品があった。

「サクラか。使わせていただきます」

 サクラは日本警察の拳銃、M360Jの通称だ。

「弾丸だけ抜き取って使っちゃダメなの?」

 涼風が疑問を口にする。

「サクラの弾丸は・38スペシャルといって、難しい説明はいらないか。簡単に言ってしまうとリボルバー専用の弾なんだ。だからこれのマガジンに込めようとすると弾頭、弾丸の先頭のこの部分が飛び出してしまうんだ」

 私は拳銃からマガジンを抜いて、実演する。マガジンに格納できないことが分かった涼風は納得したように頷いた。・38スペシャル弾は9ミリ弾よりも少し長い。

「弾数を報告しろ」

「十四」

「了解。私は九だ」

「先導する」

 藤宮がサクラを構えながら医療センター内に入っていく。鉄パイプを持っているモンスターがぎこちない動きで、接近する。なぜかナースキャップコスプレ用を被っている。正面玄関から検査室や窓口などがある区画まで続く長い廊下の先からパイプを振り回しながら接近するモンスターに照準を合わせた藤宮が脳の機能を破壊する。ほっと一息つこうとした私と藤宮は二人の女子高生を連れて前へ走った。


 単体かと思ったら集団で現れて、次々に接近するモンスター。走行の邪魔になるモンスターだけを排除して私と藤宮は廊下がモンスターによって埋め尽くされる前に護衛対象の女子高生を引き連れて突破する。

 職員用階段を駆け上がってヘリポートがある屋上まで行こうとするが、階段の中腹まで到達したとき、赤い三角形の被り物と大鉈を装備するモンスターに通せんぼされた。黒い液体が若干薄い。人間の死体が見える。日本が誇る名作ホラーゲームのTシャツを着用している。さっきの鉄パイプのモンスターと関係があるのか?


 大鉈が私の頭部めがけて振り下ろされた。私は九十度回転する。前髪の毛先に軽く触れた大鉈がコンクリートの壁を破壊する。細長い大穴が空いた。大穴が入り口の代わりになって、階段の中腹と職員の休憩室が繋がった。


「しくった! 無敵状態だ!!」

 数歩下がって壁に背中をつけた私がサクラを発砲する。弾丸はバケモノの側頭部に命中したが、ダメージを与えることができなかった。弾丸が押し潰されて落下する。 

腕もしくは手が武器に変化するやつのくせに、おそらく人間に作らせた武器を好んで使うタイプのようだ。情報不足は痛い。


「こっち」

 藤宮が二人の女子高生を引き連れて休憩室に移動する。私はモンスターが嫌うかもしれない言葉を言ってみる。うまくいけば藤宮にゆっくり歩み寄るモンスターの注意をこちらに引き寄せることができるかもしれない。

 黒い液体の中にある死体その記憶に刻み込まれている名作ホラーゲームの思い出を私は貶す。私も小学生の時にプレイしたことがある。未知の敵に襲われる恐怖、敵が目視できない。来るかもしれない緊迫感、その当時は珍しかった不思議で恐ろしい世界観。とてもやりごたえがあって時間を忘れて没頭した名作と私は思っているが、ここは敢えてこう言った。

「クソゲー」

 理由は不明だが大鉈を持つモンスターは名作ホラーゲームの信者なんだろう。他のモンスターにコスプレを強要するほど大好きなゲームをクソゲーと言われて我を忘れる可能性に私は賭けた。


 モンスターが私に突進する。闘牛のようなタックルを斜め横に前転して回避した私は咄嗟に自動販売機の側面に隠れた。急ブレーキをして止まったモンスターが突進の力をすべて腰に伝えて大鉈を横振りしたからだ。自動販売機がくの字型になって私と一緒に空中を舞う。テーブルに落下した私は意識を失う。

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