第二十二話「月城朱音4」

「これだけ離れればやつらの攻撃は届かない。安全だ。疲れただろ。少し休憩しよう」

 モンスターの集団が豆粒程度になるまで防災ボートを進ませた、藤宮と二人の女子高生がだはーと横になる。藤宮と二人の女子高生がお互いを見合った。そして笑う。私たちにはまだ余裕があった。笑えるうちは、笑おうと努力できるうちは人間として生きられるが、努力もできなくなればそれは人間ではなくただの生きる屍、ゾンビと同じだ。違う点と言えば食欲ではなく生存欲に支配されている点だけだ。


 ゾンビが家族、友人だとしても見境なく食べるように親しい間柄だったとしても自分が生きるために平然と見捨てるもしくは殺す。笑えないはそうなるフラグだ。つらい時ほど笑わなければ心が壊れる。

「食べる?」

 テレビを見ながらポテチ袋をがさごそする人みたいに非常用持ち出し袋からカンパンを取り出した藤宮が二人の女子高生に尋ねる。

 微妙な顔をする二人の女子高生だったが、小腹がすいていたこともあって頷いた。昔と違って今は技術の進歩によって市場にうまい非常食が溢れている。誰でも簡単に炊飯ジャーで炊いた白飯と争っても引けを取らないほどうまい賞味期限五年の白飯やおにぎり、スープ果てにはチーズケーキだってある、を入手できる。


 スーパーで買ってきた弁当やスイーツとほぼ同じ味の非常食を手元に置くことができる恵まれた現代っ子にとってカンパンは古い。確かに味は微かに舌を包み込む甘味とゴマの風味が効いていて結構いけるらしいけど古い。なんか味気ないそれに喉がパサつくって聞くし食べたいかって聞かれればうーん。そんなイメージをおそらく二人の女子高生はカンパンに抱いていると思う。


「新感覚のお菓子みたい。おいしいよ」

 女子高生がカンパンを一つ口に放り込んだ。そして感嘆の声を上げる。

「うん、確かにおいしい。でも水分が奪われる」

 どれどれと試しに食べてみた双葉さんも頬をほころばせた。私も食べる。脳裏に小学生の頃にあった駄菓子屋さんで藤宮と駄菓子を食べて駄弁った記憶がフラッシュバックする。懐かしい味だ。

「水をがぶ飲みしないと三、四個しかおいしく食べられそうもないね」

「同意。致命的だよ」

「そのためにこれが入ってる」

 藤宮が氷砂糖を一つ掴み上げて、会話に混ざる。

「そうなんですか?」

「ああ。だまされたと思って口に含んでみろ」

 同じく会話に混ざった私が藤宮の代わりに答える。


 なんかわびしいと感じつつも氷砂糖を口に放り込んだ女子高生と双葉さんは最初、ん? んー? と頭を悩ませていたが、次第に明るい表情に変わっていく。霧が晴れたような爽快感に浸る二人の女子高生。イメージを書き換えてくれていたらうれしいな。私がカンパンに抱いているイメージは登山だ。自然のようなおいしい味を楽しめるけど喉がパサつくつらい、満足するまで食べて氷砂糖を口に放り込めば、頂上に辿り着いたときのような爽快感を楽しめる。一度で二度楽しめる。


 まぁおそらく二人の女子高生にとっての非常食ナンバーワンはチーズケーキのあれなのだが、手元にないときはカンパンに手を伸ばしてくれると私が喜ぶ。

「トランプがある」

 非常用持ち出し袋の内容物にトランプがあることに気がついた女子高生が呟いた。

「苦しい時ほど娯楽は必要だからな」

 テレビもラジオも本もなにもない場所で生活していると食べる、寝る以外の長い時間をただ座って過ごすことも珍しくない。人間の脳は常に活動している。なにもすることがなければ思い出したくもない記憶を引っ張り出してそれについて考えろと強制する。その強制を止めるために使命(仕事)が必要だ。だが、全員に使命があるわけでもない。トランプは老若男女問わず誰でもできる。トランプを取り囲んで、遊び会話をするそれだけで救われる人は多い。


 トランプを箱から取り出した女子高生がなにをして遊ぶ? と視線を向けた。視線を受け取った双葉さんが少し考えてから答える。


「インディアンポーカーはどうですか?」

「確か配られたカードをこうやって掲げて、相手に教える。自分は自分のカードがなにか分からない。相手の表情や相手のカードの情報を読み取って勝負するかやめるかを決める。心理戦の要素が強いゲームだったよな」

「はい。その通りです」

「面白そうだ。やろう。そうだなーせっかくだし、なにか賭けるか」

「子供からオール漕ぎやらなくてもいいよ券を巻き上げるつもり? 朱音は鬼だねぇ」

「そんなことするわけがないだろ。賭けるのはカンパンだ」

「朱音さんはギャンブル好きなんですか?」

 私は双葉さんの質問に答える。

「んー別に好きというわけではないぞ。隊内で、掃除当番やらなくてもいいよ券を巡ってボードゲームとか大富豪とかそういうので、遊んでいたくらいだ」

「掃除当番やらなくてもいいよ券?」

「当番制で、ゴミ捨てとか、まぁ雑務だな。を新人はやらなければならなかったんだが、それを代わりに先輩もしくは上官がやってくれる券のことだ」

「それ、先輩とか朱音さんにメリットがないような気がするのですが」

「あるぞ。勝てば新人が雑務をやってくれる」

「反抗とかなかったんですか? 自衛隊って部活以上に上下関係が厳しいですし」

「私が部隊配置される前からあった遊びだからな。先輩たちも昔、恩恵を受けていたからとやかく言うやつはいなかったぞ。配置転換で来た先輩も郷に入っては郷に従えって感じで、楽しんでいたな。良い部下だったよ」

 私は名残惜しそうに目を細めた。

「ルールが分からない人は?」

 藤宮が咄嗟に発言する。

「――大丈夫そうだな」

「じゃあ配りますよ」

 藤宮が女子高生からトランプを受け取る。シャッフルして時計回りにカードを置いていく。座り順は十二時の位置に、そういえば名前聞いてなかったな。


「名前を聞いてもいい?」

「涼風陽菜です。よろしくお願いします」

「よろしく」

 座り順は十二時の位置に涼風さん、三時に藤宮、六時に私、九時に双葉さんだ。六時(?)、九時(♦10)十二時(♣10)、三時(♥7)になる。


「マークの強さを決めたいと思います。決定権は一番ものまねが面白かった人に委ねられます。反時計回りにどうぞ」

「え? えーと」

「宴会のノリでやるなよ。戸惑ってるだろ」

「自衛隊の宴会ってそんな無茶ぶりされるんですか?」

「まぁーそうだな。私も新人の頃はおいおいまじかよって結構苦労した思い出があるが、染まってしまうとプライベートでもそんなノリでやらかしてしまうんだ。相手が自衛官なら良いんだが、そうではないときの空気はなんともいえない」

「自衛隊じゃなくても体育会系の部活なら珍しくないよ」

「そうなの?」

「確かにそうだな」

「朱音さんは学生時代なに部だったんですか?」

 涼風さんが質問する。

「帰宅部」

「帰宅部!? 意外ですね」

「帰宅部と言ってもやんちゃな帰宅部だけどな」

「あー不良とかそんな感じですか?」

「不良ではないな。ゲーセンでいきってるヤンキーをボコボコにしたり、困ってる人を助けて小遣い稼ぎをしていただけだ」

「前者の行為。それを社会では不良と呼びます」

「そうなのか? 格ゲーで、小学生相手に必殺技くらわせて喜んでるリーゼントに本物の必殺技ってやつを教えていただけなんだが」

「言い方! 紛らわしい言い方しないでください」

「まぁ生意気なんだよって突っかかってくるやつには、やめてくださいって言いながらゲームキャラではなく本人に敗北の味を教えてあげたけどな」

「やっぱり不良じゃないですか。ちなみにどうしてやめてくださいって言いながら殴る蹴るの暴行を加えたんですか?」

「その当時は安直にやめてくださいって言っとけば喧嘩する意思はなかった。って警察に思われて印象がそこまで悪く映らないと思っていたんだ」

「実際は?」

「そんなことなかったな」

「ダメじゃないですか」

「そうだな。ははは」

「笑い話じゃないような気がします」

「ときに涼風さん」

「はい」

「敬語じゃなくていいぞ」

「年上ですしタメ語はちょっと使いづらいです」

「普段ならその判断は正しいと私も思う。でもこういう非常時の時はタメ語の方が個人的には嬉しい。仲間と思われていると実感できるからな」

「じゃあ、朱音さん。そろそろゲーム始めよ」

「朱音がいい。私も呼び捨てにする」

「朱音」

「どうした。涼風」

「そろそろゲーム始めよ」

 ぬぅと私と涼風の間に割って入った双葉と藤宮が「OK」と言った。少しだけむすぅとしている。藤宮が私に質問する。

「結局どうなったの?」

「ん?」

「マークの強さ」

「あ、そうだな。ポーカーに準拠すればいいと思うが、どうだろう?」

「異議なし」

「よし。じゃあマークの強さはスペード>ハート>ダイヤ>クラブ。親は涼風からでやろう」

 私のカードを直視した全員が嘘つきの顔に豹変する。もしかして強い?

「降りた方がいいんじゃないかなー中間くらいだよ。朱音のカード」

「確かに。でもそれを言うならひなも同じくらい弱い」

「え? うそでしょ」

「ほんとほんと」

「そんなに不安にならなくて大丈夫だと思う。良い勝負、少し違うかな。面白い勝負になりそうだし。朱音、勝負してみてもいいんじゃない?」

 しばし思案した私は藤宮の提案を却下する。

「うーむ。初っ端からリスクを背負って勝負はちょっと嫌だな。私は降りる」

 強いのか弱いのか分からなくなってきた。とりあえず勝負はやめよう。

 私を除く全員が薄い笑みを浮かべた。やらかしたと察した私は待てと叫ぶが、もう遅い。

「宣言は取り消せない」

「そうだよ」

「うん」

「なんてこったい」

 自滅した私は頭を抱える。観念してカンパンを一枚支払った。親の涼風が他に降りる子を募ったが、誰も降りる気はないようだ。双葉の♦10を危険視している涼風が賭け点(カンパン一枚で十点)を二十点に引き上げて再度降りる子を募った。

「降りた方がいいんじゃないかな。びびょーな数字だよ」

「ふーん。強いんだ。このカード」

「つ、強くないよ!」

「その顔を見れば分かる」

「う……はい。数字の中では最強だよ。マークは別として考えればだけど」

「勝負する?」

「親は子の勝負から逃げられないって知ってるでしょ。もちろん受けて立ってやる」

 勝負を決めた全員が防災ボートの床にカードを置く。

「やった。勝った!」

「負けたぁああ! 10なのに10だったのに私の最強カードが負けた!!」

「残念賞のチョコバーでも食べて気持ちを切り替えるんじゃ」

「ほろ苦いけどあまーい。ありがたやありがたや」

「チョコバーが残念賞ならカンパ、」

「藤宮。皆まで言うな」

 私は藤宮の口にカンパンを押し込んで、言葉を塞いだ。

「プライスレス」

「二戦目、始めようか」

 本気になった私はカードを配った。その場の全員がカードを額に掲げた。

「朱音のカードちょっと強いけどうーんって感じ」

「……」

「そのまま勝負してもいいけど。降りることをお勧めするよ」

「……」

「……」

 私はインディアンポーカーなどの心理戦において最強の戦術。ガン無視を大人げもなく選択する。返答しない無表情の私からはなにも情報を得ることができない。涼風はどうしようと額に汗をだらだらと流しながら混乱する。少し泣きそうになっている。

「すまない。さっき負けたのが悔しかったんだ。話は変わるんだが、涼風は好きな人とかいるのか?」

 私はガン無視について反省する。関係ない話をして逃げる戦術に移行する。涼風の耳がぴくんと動いた。

「あ、……朱音はどうなの?」

 一瞬暗い顔をした涼風が無理に笑って質問を私に返す。

「私か? 私は高校生の時に初恋して以来、誰かを好きになったことはないな」

 地雷を踏んだ緊迫した雰囲気を察知した私は一瞬どうする? と迷ったが涼風の切り返しに安堵する。

「初恋!? どうなったの!」

「ひどい男だったよ。当時、狂犬と呼ばれてはいたが、まさか告白のために呼び出した校舎裏で殺される! ひぃいいって逃げられるとは思いもしなかった。ちょっと会話するだけの間柄だったんだけど。別に恐れられてるって感じでもなかったのにいきなりだからな。緊張から怖い顔でもしていたのか、理由は今になっても分からない」


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