第二十一話「月城朱音3」

「いくぞ」

 川岸に立った私は拳銃のマガジンを交換する。頷いた藤宮が拳銃を抜いて、スライドを引いた。カチャという音とともに薬室に9ミリ弾が格納された。窓枠から身を乗り出そうとしているモンスターに狙いを定めた藤宮が発砲する。モンスターが引っ込んだ隙に私は四メートルほどのフェンスを一気に駆け上がり、五点着地する。


 私は一人の女子高生を消防士搬送と呼ばれている担ぎ方で、持ち上げた。素早く移動したい、射撃精度は低いけれど牽制にはなる。片手撃ちをしながら退避したい場合に有効だ。もう一人の女子高生と私はグラウンドに向かって走る。


「車両を確保してくれ!」

 藤宮が車両を確保するために住宅街に向かう。時間との勝負だ。学校中のモンスターがグラウンドに集結する。グラウンドに到着した私と女子高生は土埃を舞い上げ全力疾走をする。追いつかれるのも時間の問題だ。


 スポーツ用多目的車(SUV)が横滑りして私の目の前に停車する。私は後部座席に二人の女子高生を押し込む。助手席に乗り込んだ私は念のために確認をする。


「衝突被害軽減ブレーキってOFFになってる?」

「当然」

 最新の車には基本的に付属している衝突被害軽減ブレーキ。平時ならこれほど頼りになる機能はないが、戦時ならいらないというか邪魔な機能だ。モンスターが飛び出してきたときに勝手にブレーキをかけて停止してくれる機能なんてありがた迷惑以外のなにものでもない。OFFにできない車種もあるって聞いたことがあるし、とりあえずOFFにできる車で助かった。安全性を高めるシステムは恩恵が多いが、こと非常時ゾンビとかモンスターとかそういった脅威にはデメリットしかない。


 SUVがクラクションを鳴らし続けながら正門に突っ込む。モンスターごと門を吹き飛ばし路上に飛び出す。車体にしがみついたモンスターがサイドガラスを叩いた。ひびが入った。藤宮がSUVを塀に寄せる。もう一度叩こうとするモンスターの背中が塀に削られる。振り落とされたモンスターが路上を転がる。


「残り10発か。戦闘の継続は不可能だな。モンスターが手を出せない場所……海上もしくは川に向かうしかないだろう。付近に船舶はあるか?」

 私は残弾を確認する。残り少ない。一体倒せるか倒せないかその程度の残弾だ

「ないと思う」

「どこまで敵勢力が展開しているか分からないが、少なくとも三、四十キロ圏内は危険区域だろう。車両では五キロも移動できないはずだ……君、名前は?」

 私は女武者と町娘を掛け合わせたような顔つきの女子高生に尋ねる。

「双葉琴里」

「双葉さん。近くにホームセンターはありますか?」

「あります」

「藤宮。ホームセンターに向かってくれ」

「映画みたいに引きこもりするの?」

「いや、防災ボートを購入する」

「OK」

 大量のモンスターがわらわらとSUVに近寄ってくる。回避、たまに車体をぶつけて藤宮が運転するSUVが道路を疾走する。一帯に転がっている人間だった物や民間人を救うために現場の独断で、部署の垣根を越えて編成されたはいいが、あっという間に壊滅した市の警官隊が残した車両や破壊されたバリケードが生存者はいないと物語っている。八百メートルほど走行したSUVがホームセンターの駐車場に到着。自動ドアを突き破って室内に入り込んだ。


 店内にいたモンスターの一体と女子高生の目が合う。鳴き声が轟く。


 SUVを追いかける歓喜に震えるモンスターと商品棚を破壊して商品をばらまくSUVが、労力と資金を使って店長が丹精込めて構築した空間をめちゃくちゃにする。


 私はシートベルトを左腕に巻き付ける。ドアを開けて、体を傾ける。爆走するSUVから右手を伸ばして防災ボートの商品の箱とオールを引っ張って車内に押し込む。近くに設置されていた防災コーナーから非常用持ち出し袋をついでに拝借する。


 SUVが工具や建材、農業用品を取り扱っている車両を入り口近くに止めて簡単に積込搬入ができる専用の区画。ホームセンター横に並列している細長い倉庫みたいな建物に移動する。出入り口にシャッターが下げられていた。建材などをすぐに運搬できるようにシャッターが上がっているはずなのに、と藤宮は落胆する。


 ホームセンターに引きこもりする準備を店側がしていたのだろう。業務用のシャッターは家庭用と違って頑丈だ。このまま突っ込めば穴に挟まった動物みたいに身動きが取れなくなる可能性がある。私はレジカウンターに防災用品の代金を放り投げた。


 私は混合ガソリンの商品の山に銃口を向けた。9ミリ弾が混合ガソリンのタンクに侵入する。引火した混合ガソリンが爆発してモンスターの集団を飲み込んだ。熱風と圧力がSUVを襲った。ニトロを使った車みたいにSUVのスピードが飛躍的に向上する。シャッターを突き破ったSUVが一直線に進む。SUVの目的地はホームセンターの横にある川。ハンドルは操作不能だ。


 私は急いで箱から防災ボートを取り出して、膨らませる。膨らむ防災ボートに圧迫された車内の面々が苦しそうだ。SUVが川にダイブする。その寸前に私は防災ボートを車外に放り投げる。ジュージューと火が消える音を鳴らしながら沈んでいくSUVから藤宮が二人の女子高生を脱出させた。


 藤宮と二人の女子高生が防災ボートによじ登る。


「スリングショットだ!」

 河原に佇むモンスターの一体がスリングショット、持ち手の上がY字型の部品その両端にゴムが付いており、そのゴムを両端に穴が開いている分厚い本革に結ぶ。本革に石や球を置いて、ゴムを引っ張って投擲する道具のことだ。を構えた。河原に転がっていた石がエアーガンから放たれるBB弾を遥かに上回るスピードで、藤宮の側を通り過ぎた。藤宮の左頬に一筋の浅い傷が生まれる。


 直撃していたら危なかった。咄嗟に拳銃を構えた藤宮がスリングショット使いのモンスターを射殺するが、揺れる水面から一発で仕留められるわけもなく持ち合わせていた弾丸すべてを使うことになった。急所に命中する。スリングショット使いを失ったモンスターの集団が河原の石を掴み上げて思考にふけった。


 おもむろにモンスターの集団が石を投げ始める。藤宮が二人の女子高生に覆いかぶさるように伏せた。その辺に転がっている塊、石が武器になるのだと覚えたモンスターによる石の爆撃が防災ボートを襲う。


 ボートが軋み、凹み、狙いを外した石が川底に沈む。丈夫に作られている防災ボートではあるが、これ以上の攻撃を受ければ裂けるかもしれない。


 水面にぷかぷかと浮いていた私は潜る。川底の砂に刺さっている車両から非常用持ち出し袋と車両の持ち主が回収ステーションに持っていくために載せたと思われる漫画雑誌の束を抱えて、浮上する。私は防災ボートによじ登った。漫画雑誌を両目が少し隠れる高さ、まで持ち上げて盾として活用する。石が漫画雑誌にぶつかって威力を喪失。力なく落下する。


「ナイス」

 グッジョブと藤宮が親指を立てる。オールを両手に持って防災ボートの中央に座った藤宮が漕ぐ。水の壁をオールで押してたった一人で、四人分の重量を進ませる。私も手伝いたいが、石の爆撃から守る必要がある。藤宮の筋肉が悲鳴を上げる。

「手伝います」

 女子高生がオールの一本に手を置いて、藤宮と目を合わせた。

「ありがとう」

 藤宮が笑顔を向けた。そして右手のオールから手を離した。オールを力強く握った女子高生が苦悶の表情を浮かべて漕ぎ始めた。双葉さんが女子高生の背後に回ってオール漕ぎに加勢する。


 額に汗をにじませながら自衛官と二人の女子高生は防災ボートを前へ押し続けた。



 

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