第二十話「双葉琴里1」
SNSで話題になっているみなかみ町から十キロほど離れた地点にある桜ヶ丘高校。窓から利根川を一望できる。私立共学の高校は平常運転中だ。
「ねぇ。これ見た?」
SHR前の自由時間。三人組の生徒が机を囲んで雑談に花を咲かせていた。
「あーみたみた。よくできたCGだよな」
SNSを放浪しているモンスターの写真を見せられた、
「うん。プロ並みの出来だよ。面白いけど空気読めって感じ」
「中国の侵攻だっけ? 戦争に便乗していいね稼ぎは確かに人として終わってる」
私は会話に参加する。SNSには様々な情報が出回っている。エイリアンが攻めてきた説、人間をモンスターにするウイルスの蔓延説、中国の侵攻説。大きく分けてこの三つが広く支持を受けている内容だ。
「そうそう」
「戦争って言えば、どうして休校じゃないの?」
「んーお父さんも普通に出勤だったし。これくらいじゃ休校にならないんじゃないかな」
「お父さんの会社大丈夫?」
「どうして」
「空中戦とか銃撃戦とか色々起きてるんだよ。ここ(群馬)で。そんなときに悠長に仕事をやらせるとかブラックだから。それも超が付くブラックだから」
「言われてみればそうかも。じゃあ、この学校もブラックだね」
「学校ってよりも県がブラックだと思う。ツイッポーを見る限り休校になったって学校ないっぽいし」
「あー休校にならなかったのって、どうすればいいのか分からないってのが理由らしいよ。意思決定をする時間もないしとりあえず生徒には来てもらって、授業をやろう。登校するしないは親御さんが判断すればいい。情報が精査できて危険だと分かったら学校は有事の際の避難場所でもあるし、一時的に保護しよう。一か所に集めておいた方が市や警察、自衛隊が容易に救助に動ける。生徒の安全につながる。って考えた結果、各校は休校を見送ったとかなんとかネット記事に書いてあった」
「SHRの時間ですよー席につけー」
「やべ」
涼風の幼馴染みが廊下に飛び出す。そして自分の教室に続く廊下を全力ダッシュする。いつもと同じ声音の担任が教室に入ってきた。先生も生徒も戦争!? と話題にしてわいわいやっているが、どこか他人事のように思っている。自分が巻き込まれるなんて頭の片隅にもない担任はどうでもいい伝達事項を伝えていく。
「進路希望調査票の提出期限は明日のSHRまで。自分がどの道に進めばいいのか分からない。親に進学しろって言われたけどやっぱり夢を諦めたくないって迷ってる生徒は放課後、教室に残ってください。相談に乗ります。涼風さん」
「はい!」
「分かってるよね? まだ提出していないの涼風さんだけだよ」
「ぎゅぎゅ、ぎゅー」
「吹けもしない口笛でごまかさない」
「ふふ」
「あははは」
笑い声が教室にあふれた。明るい空気が充満する教室に風に乗ってやって来た「痛い」「死にたくない」明るいとは無縁の言葉が響き渡った。
「柴田先生!」
廊下を走っていた教頭が立ち止まって、開いているドアの枠を掴んだ。
「教頭先生。どうしたんですか」
「逃げてぐべぇい」
教頭先生が黒い人型のなにあれ? モンスター? に蹴り飛ばされた。ぐべぇいってなんだよと普段なら笑っていた生徒たちだったが、笑える状況ではなかった。
「ドッキリなんでしょ? もー手が込みすぎなんですけど」
淡い期待を胸にモンスターに接近したギャルの顔面が潰れた。突っ張りだ。ぐちゃりと嫌な音を鳴らして物凄いスピードで、下がる。体をくの字にしているギャルが教壇に背中をぶつけた。背骨が折れた、音が聞こえた。その場の全員が思った。逃げないと死ぬそう思った。でも体が動かなかった。
モンスターが入ってきた。椅子に座ったまま固まっている男子生徒を持ち上げて上半身と下半身を掴んだ。反対方向に引っ張られる身体の繊維がぶちぶちと切れて、男子生徒の身体が分離する。溢れ出る温かい血と臓物が生徒たちの髪を制服を汚した。生徒たちが口々に叫んだ。叫んだ生徒たちの体に再び力が宿った。ドアに向かって走った。が、足を止める。
両手に斧を持ったモンスターがぬぅと顔をのぞかせたからだ。獲物を見つけたモンスターが教室に入って斧を振り上げた。次々に惨殺されていく生徒たちを見た担任が叫んだ。
「やめて、やめて! やめて!!」
理性などモンスターにはないと担任も分かっている。呼びかけたくらいで止まらないことも分かっている。でも呼びかけることしかできない担任は必死に叫び続けた。やめてと何度も繰り返した。モンスターは殺戮の手を止めなかった。
生徒の部位が血が飛ぶ。私は涼風を自分の背中に隠した。そして考える、この場からどうやって涼風を逃がせばいいのか頭を悩ませた。担任と目が合う。モンスターの斧の切っ先が私を捉える。これはよけられない。せめて涼風の盾になろうと覚悟を決めるが、モンスターは振り上げた手を止めた。
モンスターの右側頭部に命中したチョークが砕けた。チョークを投げてきた担任の方を向いてじゃまするなとモンスターは威嚇する。そして再度振り下ろそうと腕に力をこめるが、またチョークを投げつけられたモンスターはうっとうしくなったのか、担任につかつかと歩み寄った。
「ありがとう」
「先生……」
「……」
担任はなにも言わなかった。口を開けば後悔の言葉を吐いてしまいそうだからだろうか。担任は黙って笑顔を私と涼風に向けた。その笑顔には後悔と少しばかりの誇りが混じっていた。私は涼風を連れて教室を飛び出す。教室から鳴き声のぶつかり合い、が聞こえる。俺がやる、いやおれがと揉めているらしい。
「う、ぁ」
廊下の先に涼風の幼馴染みが腹部から血を流して倒れていた。バケモノが傷口に頭をぐいぐい押し付けている、傷口が広がってもう少しで入るというとき、涼風の叫びをそいつは聞いた。
「離れろ! 佐藤くんから離れろ!!」
駆け寄ってくる涼風を見たバケモノが目をらんらんと輝かせた。ご主人さまみっけとジャンプする。反射的に涼風は両手を顔の前に出した。バケモノが涼風の上半身にしがみついて、猫がご主人さまに甘えるように頬をすりすりする。
「こいつ」
私はバケモノを鷲掴みにして涼風から引き剥がした。すりすりタイムを妨害するこいつ殺してやると暴れるバケモノをなんとか放り投げる。私は転がっていた誰かの足を拾い上げる。鳥肌が立ったが、なりふり構っていられなかった私は足を構える。私は剣道の県大会で準優勝するほどの実力者だ。飛びつくしか能のないバケモノに向かって素振りをする。的確にバケモノの急所、頭に足が命中する。
床に叩きつけられたバケモノが弱弱しい鳴き声を発した。
騒ぎを聞きつけて集まってきたモンスターたちが涼風に頭を垂れる。どうして涼風を攻撃しないのか、どうして騎士が王妃に接するような態度をするのか分からない。こいつらはなんなの?
「どうして攻撃してこないんだ」
「分からないけど。チャンスだよ。手伝って」
涼風が幼馴染の肩に手を回して立ち上がらせる。私は反対側の肩を支える。ボスっぽいモンスターがご主人さまをたぶらかす敵の男を殺せと鳴き声を発する。涼風の腕を優しく引っ張って転ばせたモンスターが掌底打ちをする。幼馴染の頭がはじけ飛ぶ。私は歪む口元を必死に抑える。
「(邪魔者が消えた)」
私は死体にすがりつく涼風を無理やり引き離した。
「離して! 離してよ!!」
私は暴れる涼風を抱きしめる。そして囁く。
「佐藤はひなのことが好きだった。だから生きてほしいと願ってる。ひなは生きなくてはいけない。佐藤のために生きなくてはいけないの。佐藤の代わりに私が守る。いつモンスターが襲ってくるか分からない。はやく行こう」
「ことりちゃん……ことりちゃん……」
「大丈夫。安心して。私はひなの前から絶対にいなくならない」
だからご主人さまをたぶらかすなって言ってんだろとたぶん叫んでいる、モンスターたちが私を襲う。モンスターがスイングしたバットをしゃがんで回避する。廊下に設置されていた消火器を取って黄色いピンを抜いた私はレバーを握った。
粉を噴射してモンスターを白色に染める。モンスターの動きが少し鈍った隙に私は重たい消火器を必死に持ち上げて窓ガラスを割った。窓枠の下部についている破片を素早く消火器で取り除いた私は窓枠に頭を突っ込んで下を確認する。クッションとして使う木の位置を記憶する。そして涼風を正面から抱き寄せて窓枠に腰を下ろした。
ダイバーが船の上から海に飛び込むように背中から落下する。私の体が複数の木の枝と衝突する。密集する枝が衝撃を吸収、落下速度の低下を促進して多少の怪我だけで、三階から無事に降りることができた。涼風も無事だ。私はフェンスのすぐ傍にある川に視線を向けた。川岸に生えている雑草を掴み、川から這い上がろうとしている女性自衛官と目が合う。私の口から「助けて」と声が漏れた。
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