第十八話「月城朱音2」

 これから始まる自衛隊とバケモノとの戦争ではなく戦闘その先陣を切ることになった第30普通科連隊、決してあきらめない粘り強く前へ進み続ける、菖城魂しょうじょうだましいを掲げる、新潟県の精鋭たちが輸送車両や軽装甲機動車に乗り込む。


「朱音、これ」

 私の部下、藤宮葵ふじみやあおい三等陸尉。ボブカットの少し幼さが残る顔つきの女性自衛官が二尉と階級名を付け加えないまま名前を呼んだ。自衛隊では失礼極まりないことだが私は怒らなかった。教育大隊からのバディであり高校からの親友でもあるからだ。

「形見だろ?」

 藤宮から手渡された腕時計、ハミルトン ビロウゼロ リミテッドエディション。藤宮の父親が七年前まで大事に身に着けてきた腕時計を私は受け取った。

「終わったら返して」

「ああ」

 電波ソーラーが搭載されているG-SHOCK(ジーショック)を外した私は左腕にハミルトン ビロウゼロ リミテッドエディションを装着する。G-SHOCK(ジーショック)を受け取った藤宮が同じく左腕に装着する。腕時計を交換した、私と藤宮が認識票を握り締め、小隊の仲間たちの元へ向かった。


 緊急車両ではないため緊急走行ができない自衛隊の車列を迅速に現地に送り届けるために、そして命令無視をして撃つという行為を防止する威嚇として同行することになった自衛隊内部の犯罪の捜査や予防などを担当する、警務科の車両がサイレント・注意喚起の大声を発しながら突き進み、関越自動車道の月夜野料金所まで車列を先導する。通過後、警務科の車両が車列の最後尾まで下がった。


 ここから先は戦闘地域だ。住宅街には地獄が広がっていた。モンスターが住民を殺しかろうじて息がある住民の体内にバケモノが入っていく。自衛隊に先行して展開していた警察は死体の山になっていた。警察の装備では太刀打ちできない相手のようだ。私たちは中隊長の命令に従って降車する。


「つけ剣。前へ!」

 中隊長の号令に合わせて隊員たちが89式小銃に銃剣を装着する。モンスターに対してどこまで効果があるのか不明だが、弾が入っていない銃を持った自衛官の戦闘能力は0と言える。相手は人間ではなくモンスターなのだから。そんな状態で士気を保つことができる人間はいない。誰だって逃げたくなる。それならば0・1だったとしても戦闘能力の向上に繋がれば逃げたい心を抑え込める。心の支えを得た、隊員たちの鼓動が落ち着きを取り戻す。


 血と臓物で汚れる路上に立つモンスターの集団に向かって第一中隊が前進する。モンスターの前に大量のバケモノが躍り出る。モンスターはどっかりと腰を据えて第一中隊とバケモノの戦いを見物するつもりらしい。


 大量のバケモノと第一中隊が衝突する。銃剣ではどうにもならない。隊員たちの体に張り付いたバケモノが体に穴を開けて中に入る。


「小隊長! 発砲許可をください!!」

 私が受け持っている小隊の部下が懇願する。

「中隊長に確認を仰ぐ! 各員、ROE(交戦規則)を厳守せよ」

「そんなの待ってたら全滅します。死ぬくらいなら捕まった方がマシだ」

 新人隊員の田中がマガジンを青から赤に切り替えた。そして安全装置をア(トリガーロック)からレ(ロック解除。フルオート射撃)へと捻った。目標を定めて短連射。バケモノが黒い血しぶきを上げて転がった。

「……各員、責任は私の物だ。誰にも渡さない。撃て」

 私は内心ほっとしている。よくやった。と思っている部下たちが「了解」と返答する。発砲が私の小隊から全体へ拡散する。横一列に展開している隊員たちの小銃からとめどなく飛翔する弾丸に襲われ、狩る側から狩られる側になってしまったバケモノたちが暴雨に傘を押し込まれるサラリーマンのような体勢になってじりじりと後退する。懸命にがんばるバケモノを眺めていたモンスターがやれやれと言いたげに立ち上がった。両手がトンカチの形状をしている。


 隊員の頭部がべこっとへこむ。トンカチの形状をしている手の直撃だ。

「こいつを止めろ! 撃て、撃て撃て!!」

 中年の男性隊員が叫んだ。モンスターの背中にマガジンが空になるまで鉛をぶつけ続けた三人の隊員が悪態をついた「ちっ、このチート野郎」なにかしました? と振り向くモンスター。その頭に乗っていたバケモノが三人の隊員を見定める。


 バケモノが鳴く。おそらくこいつがいいとでも言っているのだろう。モンスターが選ばれた隊員の頬の内側にトンカチの先をひっかける。そして強制あんぐりだ。隊員の口からバケモノが体内に潜り込んだ。


「うおおおおお」

 勇気ある隊員がマガジンは空だが、銃剣は健在だと奮起して突撃する。ぱきん、音が鳴り響いた。モンスターに銃剣の切っ先を押し当てたときひび割れ、折れる。

 モンスターの手がトンカチから人間の手のような形状に変化する。「まじか」と呟いて破損した銃剣を眺めていた隊員の首を鷲掴みにしたモンスターが雑巾をしぼるようにねじり、なんどもねじり頭を取った。


 足元に落とした頭にモンスターが足裏を置いた。徐々に圧力を加えられていった、頭が中身をぶちまけた。一方的だった、鍛え上げた部下たちが玩具のように扱われている。絶対的信頼を感じていた部下が、89式小銃がモンスターからすれば信頼に値しない無価値な存在なのだと殺して壊して私に教える。おまえらは勝てない犬死にするだけだ。そう暴力という野蛮だが目に見えて分かりやすい行為で、伝える。


「あ……」

 私は崩れ落ちる。私の小隊も他の小隊も蹂躙されている。中隊長も玩具になった。モンスターが私に近づき、槍に変化した腕を振り上げた。心臓に向かって進む、槍を目撃した藤宮が走った。


「朱音!」

 藤宮が私を抱き寄せる。狙いを外した槍が藤宮の肩を一センチ切り裂いた。ホルスターから拳銃を抜いた藤宮が発砲する。鉛を弾いているモンスターが再度、槍を振り上げた。私は守らなければならない存在を思い出した。


 絶望している暇はない。私の体が冷えた血管に暖かい血を送り込んだ。

「スタン」

 警察によって有用性が証明されていた、スタングレネードのピンを抜いた。ころころと転がったそれが耳をつんざく爆音と視力を麻痺させる眩い光を発生させる。

 モンスターたちが見えない聞こえないなんで? きょとんとしている間に私は少しふらつきながらも藤宮と生き残りの二名の部下を連れて走った。


 中隊はモンスターによって壊滅してしまった。敵前逃亡だけが生き残る選択肢だ。


「助けてくれ!」

 若い自衛官が救いを求めて私に駆け寄ってくる。その後ろには巨大鋏をちょきんちょきんと動かしながら追いかけているモンスターの姿があった。


「ああああああああ」

 二人の部下が震える足を殴りつけて、叫び、奮起してから突撃する。追い詰められた者が最後にやる、抵抗が突撃だ。突撃と自殺は同義だ。死ぬことを選択した二人の部下がモンスターの巨大鋏攻撃を回避してモンスターの足を掴んだ。


 モンスターの武器が巨大鋏から包丁に変化する。脇腹をぐさぐさ、ぐさぐさぐさと刺され続ける二人の部下だったが、意識を必死に保って、若い自衛官が私の背後に隠れるまで時間を稼いだ。


「走れ!」

 若い自衛官の腕を引っ張る、駆け出したとき若い自衛官にぐいっと引っ張り返された。反射的に若い自衛官を見た、私は歯ぎしりをする。若い自衛官の額に先っぽが尖がっている鉄パイプが突き刺さっていた。


 少し進んだ先にある工場の屋上に弓を持ったモンスターが立っている。若い自衛官を救うために命を投げ出した部下たちの死を意味あるものにしたいと思っていた私は拳を握り締めた。爪が手のひらを傷つけ血が滴り落ちる。


 路上の先にある曲がり角からモンスターの群れが姿を現す。路上の前後に敵。左右は建造物と塀に塞がれている。住宅に逃げ込めば押し寄せたモンスターになぶり殺しになる。逃げ回れるだけの広さがある場所は工場しかない。


 飛翔する鉄パイプの矢を走り抜けて回避した私と藤宮は工場に逃げ込む。作業場にたどり着いた。床にモンスターが町中の自動車などから奪ったエンジンやホイール、マンホールなどが散乱している。早朝の太陽光が作業場を照らしている。本来ならば不気味さ、など皆無の光景。稼働する機械と働く人々だが「やぁ」と挨拶するモンスターと血痕が加わったことでホラー映画の世界になっていた。


 首輪をつけられている数少ない生き残りの従業員が鉄パイプの矢、鉄の盾、鉄のこん棒などの制作を強制されていた。人を襲うだけではないのか?


 腕が日本刀に変形しているモンスターが日本刀の切っ先を私に向けて鳴き声を発する。それを聞いた、モンスターたちが鉄のこん棒などを持って私と藤宮に襲い掛かる。鉄のこん棒の攻撃を体を斜めにして躱した私は89式小銃の銃床でモンスターの腹部を殴りつけた。おっとと後ろに数歩後退ったモンスターが痛いと鳴き声をあげた。背後にいた仲間が持っていた包丁が自分の背中をぐさっとやってきたからだ。


 なにやってんだよ! え? 下がってきたおまえが悪いと思うと鳴き声をあげて喧嘩するモンスターを眺める私と藤宮は考えた。そして理解する。腕や手が武器に変形するモンスターは頑丈。変形しないモンスターは脆い。


 理由は分からないが、モンスターには個体差があるらしい。怪人と同じだ。全員が最強ではなく量産型の戦闘員も混じっている。比率も同じならば勝機はある。


 小銃を構え、銃撃を始める。お互いの背中を守りながら戦っている、私と藤宮の腕もしくは足を潰して行動不能にするために人間を超える腕力を存分に駆使するモンスターたち。できる限り距離を取りつつ戦う藤宮が銃剣と銃撃を取捨選択しながらバケモノたちの猛攻を退く。私と藤宮は頑丈なやつは回避に専念し脆い方は潰す。これを徹底して糸口を探す時間を稼いでいる。


 藤宮が窓から外を覗き込む。軽トラックにキーが差しっぱなしになっていることを発見する。車を使えば逃げ切れるかもしれない。フォークリフトが出入りする大型扉を手押しして開け放った、藤宮がスモークグレネードを投擲する。白い煙が辺り一帯に広がった。私は濃い霧のような煙に入って一時的に透明になる。そして小銃を構えながら後退を始めた。


 矢の風切り音が聞こえる。私は咄嗟に小銃を盾のように構えた。小銃を貫いた鉄パイプの矢が私の三センチ手前で停止する。煙に隠れているはずの私を認識している?


 モンスターの足音が徐々に大きくなる。私はホルスターから拳銃を抜く。超近距離での戦闘で拳銃は本来不利だ。相手がモンスターならなおのこと不利だ。でも一つだけかろうじて有利に戦える技法を知っている。CAR(センター・アクシズ・リロック)システムだ。ジョン・ウィックの戦い方と言った方がしっくりするかもしれない。私はハマったアニメのキャラがこの戦い方をしているのを見て興味を持ったことがある。サバゲーでやりたくて藤宮を巻き込んで講習を受けに行った。


 実弾と実銃を使って講習を受けたわけではないが、一般の人と違って本物に慣れている。やれないことはない。私はジョン・ウィックの戦い方を体に宿す。逃がしてたまるかと襲い掛かってきた二体のモンスターを排除するために踏み出した。


 私の首に手を伸ばす、モンスターAの胸部に数発撃ち込む。私は膝を曲げつつ斜め右に移動する。私は胸に拳銃を押し付けるような構え(ハイ・ポジション)になる。Aのひざ関節が使い物にならなくなるまで弾丸を撃ち込んだ。Aの戦闘継続を困難にした私は最初の構えに戻ってモンスターBの眉間に風穴を開けた。Aの息の根を止めた私はリロードしつつ大型扉まで後退する。


 会社名のステッカーが張り付けてある軽トラックのエンジンが始動する。運転席に座った藤宮が私に小銃を手渡す。私は荷台に乗り小銃を構える。


 軽トラックが急発進する。柵を突き破って路上に飛び出る。モンスターが軽トラックを追走する。道を塞がれた。軽トラックが田植え前の田んぼに飛び込む。ここしか逃げ場がなかった。軽トラックが泥を巻き上げながらなんとか這い出て道路に行こうと懸命に車体を持ち上げては、沈めるを繰り返している。


 モンスターがバシャバシャ田んぼに飛び込んで、うんしょうんしょと接近する。私は小銃を発砲する。泥に足を深く突っ込み、動きを鈍らせているモンスターたちが命を奪われ、泥に沈んでいく。一部頑丈なやつがいる。


 歩行スピードがゾンビ並みに襲いが、それでも着実に近づいてくるモンスターたちに私と藤宮が恐怖する。ハンドルを叩いて「がんばって」と軽トラックに言ってしまうほど藤宮は追い詰められた。軽トラックが力を振り絞り田んぼから脱出する。


 幅が狭い道を疾走する軽トラックを見ている車両と目が合う。他の中隊の生き残りだ。軽装甲機動車に取り付けられている軽機関銃を構える隊員が叫ぶ。


「こっちだ!」

 軽トラックが通過した瞬間、軽装甲機動車が道を塞ぐ。そして追っ手を銃撃する。弾雨に頑丈なやつが怯むが、臆することはない。脆い味方をひっつかみ盾にして軽装甲機動車に突っ込む。モンスターとぶつかった、軽装甲機動車が少し浮かんで落下する。転倒した軽装甲機動車が路上を滑る。軽トラックに迫ってきた。よけきれず軽トラックのリアバンパーに衝突する。軽トラックがガードレールに激突する。


 ズキズキとした痛みはあるが、辛うじて動ける私は藤宮を車内から引っ張り出した。そしてガードレールの先にある利根川に放り投げる。後ろを見た私は拳銃を構えた。戦闘服を掴もうとするモンスターを撃った。私は利根川に飛び込む。藤宮を抱き寄せて、ナイフを構える。私は困惑する。


 モンスターが押し黙って水面を見ていた。


「水が嫌いなのか、いや違う。田んぼには入っていた。そうか。泳げないのか」


 納得した私は川の流れに身をゆだねる。藤宮を流れに持っていかれないようにハンドカフ、拘束具でお互いの片手を繋げた私は空を見上げた。

 朝日が昇っている。いつもと同じ日常の始まりを伝える光が、今日だけは日常ではなく崩壊の始まりを伝えていた。


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