第九話「第二分隊の若きリーダー」
木更津駐屯地に大型輸送機、C‐17が時間差を設けて四機着陸する。貨物室から完全装備の海兵隊員四百二十名が滑走路近くにあるグラウンドのような広い空間に仮設された前哨基地に移動する。前哨基地のヘリポートに上がスキャンダルと引き換えにレンタルした自衛隊の輸送ヘリコプター(CH‐47J、UH‐60JA)と米軍の輸送ヘリコプター複数機が離陸体制を維持して待機している。陸上自衛隊の文字と日の丸が真新しい塗装で上書きされていた。
米軍の輸送ヘリコプターを必要数集める時間的余裕がないほど、上は急いで、敵を撃滅したいらしい。モンスターって話は冗談じゃなかったのか?
「第二分隊整列しろ。我々は未知の敵と戦う。敵は自己再生能力を持っている。その他の能力、知能および武装については不明だが、ゲリラ戦を考案できるだけの知能があり、かつ銃火器を携帯している可能性がある。留意して行動するんだ。我々は友を守るために戦う。相手が強大だとしても海兵隊の力を思い知らせろ。退却」
俺は部下を集めて、腹から声を出す。
「くそくらえ」
部下が叫ぶ。第一次世界大戦中、撤退命令を「退却だって?(そんな命令は)くそくらえだ!」と無視して戦い続けた勇敢な海兵隊士官の言葉(魂)を受け継ぐためにやっている。退却の後に続いて言う恒例行事だ。
「ワン・ファイブ(第五海兵連隊第一大隊大隊上陸チーム)」
「退却くそくらえ」
「よし! 出動だ」
俺の部下。第二分隊の隊員たちがCH‐47Jに乗り込んだ。輸送ヘリコプターの大群が
「熊でしょうか?」
森林の中腹にさしかかったとき、新人の質問が飛んできた。
「違うな。へし折ったというよりも暴走したチェンソーが片っ端に切ったって感じの暴れ具合だ。野生動物の仕業じゃない」
俺は転がっている枝の一つを拾い上げる。断面はとても綺麗だ。野生動物の仕業なら断面に凸凹やひび割れなどの傷があるはずだ。へし折るか抉って折るしかできない野生動物に、この芸当は道具を使わない限り不可能だ。
「ジェイソンが木の影から見てたりして。ホラー映画好きの俺は展開が読める。そうだなー最初に襲われるのはトム。おまえだ」
「どうして俺なんだよ」
古参のロバートとトムが雑談を始める。集中しろと言いたいところだが、ちょうど隊内の空気が悪かったし、泳がせておこう。
「殺人鬼ってやつはリア充から殺していくっていうのがホラー映画の鉄則。かわいい彼女と楽しい日々を過ごしてるおまえは一番最初に死ぬ。逆に童貞は最後まで生き残るゆえに俺は無敵だ」
「ロバート。ジェイソンはチェンソーを使わないぞ」
「うそ」
「ほんとだよ。おまえ、にわかだな」
隊内にちょっとした笑いが起こった。
「集中しろ」
「?」
ロバートが首をかしげる。茂みをじっと見つめている。
「どうした。敵か?」
「わからない。十時方向(茂みの辺り)から微かに声? が聞こえた」
「トム、ロバート。確認しろ」
「了解」
茂みの三歩前まで進んだトムが地面に呑み込まれた。子供が掘って隠したような落とし穴だ。違う点と言えば落下した相手が重傷を負うように無数の竹槍が設置してあるくらいだ。地面に少し注意が向いていれば発見できたと思われる落とし穴だったが、敵が近くにいるかもしれないと、周囲に注意を向けていたトムは地面の脅威に襲われる結果になった。
「衛生兵! どうすればいい!! 引っ張り出していいのか」
「やめてください。竹槍を抜けば一分以内に出血死します……肺を貫通してる。医者と設備をここに持ってきて治療する以外に助かる方法はありません」
「止血剤を使って、回収地点まで運ぼう」
「ロバート。肺の穴はどうする? 出血を止めても穴をどうにかしないと無意味だ。ウィル、軍医と設備を要請しろ」
「了解。!? コンタクト!」
無線機の受話器に手を伸ばすウィルが急に銃を構えた。
茂みから木の槍が伸びる。槍の先がロバートの腹部を貫く。突然のことに動揺する俺たちの奇をてらって、茂みから現れたモンスターが仲間に合図を送る。大木の上から飛び降りたモンスターがウィルをまっ二つに両断する。両腕がチェンソーの形になっている。茂みから現れた方は人間と同じ形なのに、こいつは違う。凶悪だ。
銃弾が飛び交う森林を華麗に舞うモンスター。部下の四肢を頭部を切り飛ばして、モンスターの両腕が血を吸う。四肢を失ってなお息のある部下をもう一人のモンスターが木の槍で突き刺す。
「ロバート! 目を閉じるな! 押さえるんだ」
俺はロバートに声をかける。ロバートはかすかな意識の中で、必死に自分の手を傷口に押し当て、圧迫止血を試みる。
「トム。海兵隊は仲間を見捨てない。なにがあっても俺たちは一緒だ」
少しでも苦痛を和らげようとトムの手を俺は握る。五メートルほどの深さがある落とし穴の側面がボコボコと膨らみ、複数のバケモノが出現する。
笑顔のように見える気味の悪い表情と歓喜の鳴き声で、喜びを表現するバケモノがトムの口を引き裂こうとする。俺はバケモノを鷲掴みにして引き剝がそうとするが、腹を地面につけて腕を伸ばしている体勢では筋肉を最大限使うことができなかった。バケモノの侵入を許してしまう。獲物(トム)を一番強いバケモノに奪われた、その他のバケモノがぴょんぴょんして落ちろ落ちろさっさと落ちろと訴え続けている。
「ファック!」
俺は拳を何度も地面に叩きつけ雄叫びを上げる。涙でもやる俺の視界に映るのは激戦だ。両足を切断された仲間がモンスターの右足を掴み一時的に動きを封じる。
「手榴弾! 俺ごと吹き飛ばせ!」
モンスターの右足を掴む仲間が叫ぶ。一瞬苦悶の表情を浮かべた部下が手榴弾のピンを抜く。人型のモンスターが口笛を吹いた。タヌキ型のモンスターが現れて部下の手首を手榴弾ごと咬みちぎった。手首を丸呑みにして銃撃する集団に向かって走る。
「まじかよ」
銃撃する集団が爆散する。モンスターに表情はないが、笑っていると分かるそんな雰囲気を醸し出している。仲間がM3(カールグスタフ無反動砲)を構える。
さすがにやばいと思ったのだろうモンスターが右足を掴む仲間を引っぺがそうとする。だが、仲間はすでに息絶えている。死後硬直が始まっている死体をどかすことは容易ではない。どかすよりもM3の発射の方が速かった。
歩兵が戦車を安全に、安価に破壊できるように開発されたのが、カールグスタフ無反動砲を含むロケットランチャーと呼ばれる、対戦車ロケットを発射する兵器群だ。第一次世界大戦のときに世界各地で戦った歩兵に与えられた対戦車兵器は火炎瓶と爆弾のみ。接近して爆弾を戦車の下に滑り込ませて破壊するもしくは火炎瓶を投げつけて蒸し焼きにする。これが歩兵が戦車を無力化する方法だった。大抵の兵士は戦車の機関銃か、戦車という敵陣地を耕してくれる頼もしい仲間を爆弾と火炎瓶から守るために行動を共にしている敵兵の銃火の餌食になった。ロケットランチャーは人間よりも遥かに強い存在を人間が遠距離から安全に無力化できる頼もしい兵器だが、使い方を誤れば味方が死ぬ、死神的要素が隠れている。
モンスターに対戦車ロケットが命中する。近くにいた海兵隊員たちを爆風が襲った、俺も同様に巻き込まれた。投手が投げた野球ボールみたいに風を切って俺の体が進む。背中が大木と衝突する。直撃したはずのモンスターがぎろとM3を構える海兵隊員を睨んだ。装填して再度の攻撃を試みようとする、海兵隊員の脳を奪おうと、足を引きずりながらゆっくりだが、確実に近づいていく。
俺は無意味だと分かりつつもサイドアームを抜いて、撃った。先程まで小銃の弾丸をはじくほど頑丈だった、全身を覆っている黒い液体の皮膚に9ミリ弾が入った。
「破った? 破った! 今なら殺せる!!」
「くたばれ」
苦しまぎれの攻撃がモンスターの弱点を海兵隊員たちに教えた。損傷箇所の修復中は脆い。理由は分からないがそんなことどうでもいい。海兵隊員たちがここぞとばかりにトリガーを引き絞った。黒い液体が薄くなっている。黒い液体の中に日本人おそらく官僚の死体があった。黒い液体を破って、官僚の心が格納されていた器だった体に次々と鉛が埋め込まれていく。官僚のすべてがあった脳に結合しているバケモノが弾雨から自分を守ろうと、両腕を盾のように構え懸命に耐えている。瀕死だ。
涙で濡れている頬を拭った海兵隊員が再装填したM3を構えた。にやっと微笑んだ海兵隊員の首筋をタヌキ型のバケモノが噛み千切った。対戦車ロケットが顔を出した瞬間、筒がするりと地面に垂直に落下して爆発する。大半の海兵隊員が跡形もなく消えたが、運よく生き残った海兵隊員たちも少なからずいた、そのうちの二名が即席のツーマンセルを作って前進する。
小銃のフルオート射撃と歩行をワンセットにして進む海兵隊員の背後に身を隠している部下がタイミングを見計らって海兵隊員と場所を交代する。瀕死のモンスターから三メートル離れている距離まで接近した部下が小銃を放り投げて、モンスターその側面の地面めがけて飛んだ。横向きに寝そべるような体勢になった部下が、素早く拳銃を抜いて脳にしがみついているバケモノを破壊するために狙いを定める。攻防に参加することなく逃げ隠れていたもう一体の人型のモンスターが草むらからぬぅと出現する。木の槍を振りかぶって投げた。串刺しになった部下が放った弾丸は狙いを大きく逸れて即席の相棒の左肩に命中する。
「……ごめ、ん……」
どんよりと濁った部下の瞳に映る、ボロ雑巾に成り果てる寸前まで追い詰められた人型のモンスター。その頭が破裂して、バケモノが現れた。
左肩を撃たれた仲間の顔面にバケモノが張り付いて、口を引き裂く。バケモノ共々死んでやると考えた仲間が手榴弾のピンを抜くが、大量のタヌキ型のモンスターが手榴弾を手首ごと体で覆い隠す。破片はタヌキ型のモンスターの体に防がれバケモノは無傷だ。仲間が黒い卵のような物体に覆われる。
俺の目の前にバケモノが来た。背骨が折れていやがる。動けない。バケモノが歓喜の舞をする。俺の中にバケモノが入ってきた。激痛が意識を持っていく。
意識を失う寸前、声が聞こえてきた。応援が来た、らしい。
「スーパーヴィランかよ。俺たちはスーパーマンじゃねぇぞ」
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