第六話「ライアン少佐」
極東地域の戦域司令官の命令で、俺たちチャーリー・ワン・ワンはパンドラを取り囲む米軍の基地【パンドラボックス】に派遣された。すでに回収の準備は整っているが、日本の介入があり延期だ。その介入者がパンドラを占拠して大型トラックから実験に必要な物資の積み下ろしを始めた。
俺は無駄な作業をやめるよう促すために日本のお偉いさんに挨拶する。
「ナイスミーチュー」
「こちらこそお会いできて嬉しいです」
「俺はパンドラの回収を任されているライアン少佐だ」
「私は調査団の責任者を任されました、伊藤と申します。注意点などがございましたら、ご教示いただけますか」
「一つだけ守ってもらうルールがある。こいつに触れるな」
俺はパンドラに触れようとする研究者を見ながら言った。触れたとしても別に爆発するわけでもないし感染するわけでもない。安全は少しうさんくさいが、CIAが保証している。たぶん大丈夫だ。でも上から調査の体は作ったからさっさと追い出せと言われている身としてはいちゃもんつけるクレーマーになって、無意味だと知らせる役を演じざるを得ない。
「え?」
「我々の研究チームが安全性を保障できるまで、待て。それまでは君たちができる調査活動は見る、それだけだ」
「研究チームはいつ来ますか?」
「輸送機のトラブルによって、到着が遅れている。到着の予定時間は八時間後だ」
「伊藤さん。アメリカは最初から独占するつもりだ! 見るだけ? なにもできない。なんとか話をつけてくれ」
「総理に電話します」
暴力なら一発なのに、わざわざ交渉なんて面倒ごとをやらなければならない日本のお偉いさんは大変だ。求められる対価はかなりひどいはずだ。
少なくとも俺なら武力によってこの場を掌握して言うことを聞かせる。
「お! やっと来たか」
「?」
総理と電話をしている伊藤が怪訝そうな顔をする。
「すまない。こちらの話だ」
大佐どのが注文していた資材一式がご到着だ。軍用トラックが検問所に停車する。これでようやくまともな便所の建設が始まる。上層部の連中は防備に力を注ぐあまり便所は無視しやがった。地面を掘っただけの場所にクソを垂れ流す生活は終わりだ。
『少佐……』
検問所で仕事をしている部下から連絡が入る。納入不備か? 面倒ごとは嫌だな。
「ジョン? どうした?」
『敵対勢力が潜んでいる可能性がある、車両が検問所に来ている。荷台を確認する』
俺は銃のスコープを覗き込む。運転席の海兵隊員がなにかを訴えかけるような瞳をしている。助手席のやつ、に脅されているのか?
『三機が離反、攻撃してきた! 特殊作戦の前兆だ!』
CIAのチームが無線に割って入ってきた。F‐16。某ロボットアニメのザクのような普遍的で、最も信頼性がある機体が友軍の戦闘機に至近距離からガトリング砲の弾雨をプレゼントする。どうして味方を攻撃している! っスパイか!
チャーリー・ワン・ワンのような特殊部隊にスパイが入り込むことはない。機密情報を扱える、国の進退に関わる任務に携わる人間の調査はコストをかけて厳格に行う。そのような立場にないパイロットや海兵隊員の調査はコストを抑えて行う。やらないこともざらだ。アメリカ軍内には一定数スパイが存在する。パイロットの立場を利用して情報を探っていた三人のスパイが自分は敵だと公開した。装甲車を屑鉄に作り替えるそれほどの威力がある弾丸の嵐がF‐22。対地攻撃の能力を引き下げて空戦能力を大幅に底上げしている世界最高クラスのステレス戦闘機を撃墜する。
ドッグファイトになれば敗北すると理解していた、F‐16のパイロット(スパイ)の奇襲作戦が功を奏して空の支配者の座を奪い取った。
『両手を上げろ! 上げろ!!』
ジョンの怒号が無線から流れる。助手席の男はジョンの呼びかけに応じない。軍用トラックの荷台から重武装の男たち、あれは中国だ。中国の特殊部隊が降り立つ。ジョンの右側頭部から血がドクドクと溢れた。あいつらジョンを撃ちやがった。
助手席の男が運転手の横っ腹に9ミリ弾を撃ち込む。
「ジョンがやられた! RPG!?」
ハンヴィーの装甲をRPG‐7、知名度世界一位の対戦車ロケットランチャの弾頭が破壊する。お相撲さんの張り手に吹き飛ばされたような威力がある、強風にどんと俺の体が押し出される。背中がテントに叩きつけられた。
肺からすべての空気が排出される。
「少佐!」
「動ける。CCTに航空支援を要請しろ」
「了解」
駆け寄ってきた、部下を制した俺は支援要請を指示する。CCT、戦闘航空管制員、特殊部隊に同行して精密無比の航空支援を実現させる隊員を意味している。作戦区域上空には攻撃ヘリコプター、戦闘機、無人機が飛行している。それらが正確に敵だけを攻撃できるように誘導・場面ごとに求められる攻撃手法の選択・味方機が安全に飛行できるように管制する仕事を一端に請け負っている数ある米軍特殊部隊の中でもっとも頭脳派の兵士だ。CCTの全員が航空管制官の資格を持っている。
『支援はできない。繰り返す支援はできない。中国軍に制空権を奪われました』
「奪われた? 三沢基地の方は別として、ロナルド・レーガン(空母)から送られてきたパイロットはトップガンのはずだ! 奇襲とはいえ、全機撃墜はありえない」
『残念ですが、全機やられました』
「最悪だ」
「少佐! アパッチが援護に来ました」
「ダメだ! 下がれ!」
俺はアパッチのパイロットに下がれとジェスチャーを送るが、遅かった。友軍の地上部隊が受けている猛攻を和らげようと颯爽と現れたアパッチが爆発する。
F‐16のミサイル攻撃だ。この状況は非常にまずい。自衛隊は無事か? 支援はいや、期待できない。自衛隊は非武装だったことを思い出す。
「少佐!」
「今度はなんだ」
「新手が現れました!」
森林に潜んでいたと思われる男たちがフェンスを爆破する。ロシアの特殊部隊。対外的部隊名ザスローン、内部ではピロシキと呼ばれているらしい、諜報機関に所属している特殊部隊だ。秘匿性が高く隊員の情報はどこにもない。内部の部隊名すら定期的に変更する徹底ぶりを発揮して世界一存在が薄い、影の部隊であることを保っている。そいつらが基地に侵入。米中の争奪戦に参戦する。
「中国の次はロシアか! 人気者の護衛は大変だな」
「我々は敵ではない! 敵ではない!!」
中村正之一等陸尉が白旗をあげている。必死に敵ではないと叫んでいる。逃がしたい気持ちはあるが、自分たちが生き残ることだけで精一杯だ。
自衛隊は調査団と伊藤をパンドラと自分たちの肉壁でサンドして、飛翔する弾丸から守ろうとしていた。していたが、崩れた。
「バケモノだ! バケモノだ! あああああああ」
急に叫び、肉壁から這い出た老人が疾走する。まずい! 情報を持って逃げようとしているそう敵に思われる可能性がある。ここから誰も出したくないはずだ。
老人の脳髄が飛び散る。狙撃だ。かくんと膝を曲げ、転んだ老人が空虚な目を調査団そして伊藤に向ける。崩壊が始まった。肉壁から這い出て、ちりぢりに逃げる人々。銃を拾って無意味な連射をする研究者。自衛隊は必死に抑え込もうとする。
「各員! 取り押さえてでも止めろ!!」
パニックは伝染する。
教授が射殺される模様を見てしまった、調査団の一人が塞き止めようとする自衛官を振り切って、障害物に身を隠しながら海兵隊員に走り寄った。助けてくれと叫びながら。運悪くグレネードランチャーの擲弾が助けを求めた海兵隊員の近くに落下、巻き込まれて爆散する。
調査団の面々は仲間が撃たれ、爆散した事実を押し付けられてストレスの限界値を突破する。自衛隊の制止も敵の制止も聞かない。立ち止まって、降参のポーズでもすれば敵も攻撃をやめたはずだ。でも制止を無視するから撃つしかない。軽機関銃の流れ弾に巻き込まれた周りの自衛官と調査団のメンバーがバタバタと倒れていく。
「あれは、なんだ?」
パンドラも被弾する。長方形の、大型トラックと同程度のサイズの動力源と思われるモノには損傷が存在しない。無事だ。緑色の発光が無機質の塊から垣間見える。未知のエネルギー? を収めていると思われる動力源と思われるモノその隙間から、蜘蛛みたいな形状のバケモノがぬるっと出てきた。CIAはやはり信用ならない。
安全どころか危険物じゃねぇか。大量のバケモノが隙間に潜んでやがった。
「来るな! 来るなぁああああああ!!」
自衛隊は非武装じゃなかったのか? 一人だけSIG P225を持ってるやつがいる。そいつがバケモノを撃つ。9ミリ弾が一体に命中する。案外、バケモノの装甲は脆いらしい。黒色の血? なのか分からないが液体を吐いて動かなくなった。
「ぁがいぃたぃぃ」
バケモノの数が少なければあの自衛官は助かったかもしれない。だが、数が異常だ。ぱっと見ただけでも百、それだけのバケモノを相手にSIG P225は心もとない。案の定、やられた。ひでぇ有様だ。バケモノが自衛官の腹部を服ごと咬みちぎって、体内に侵入。モグラが土を掘るみたいに体内を掘り進める。脳、を奪うつもりか?
「なんだ、なんなんだ、こいつら」
伊藤が呟く。バケモノの集団が伊藤から少し距離をとって、見上げている。首をかしげる動作をするバケモノの集団。敵か味方か迷っているのか? さっき自衛官が攻撃しちまったが、今なら友好的に接すればもしかして大丈夫だったりするのか?
「どけ!」
海兵隊員が伊藤を背後に隠す。そして銃を構えた。
「ま」
「くそったれなバケモノども! 消えやがれ!」
海兵隊員の銃が火を噴く。バケモノの集団に対してM4の連射はあまり効果がない。怒りを買うだけだ。海兵隊員はバケモノを逆立てする誘発だけして、飲み込まれた。海兵隊員に飛びかかったバケモノの集団が海兵隊員がいた場所から離れる。
軍隊アリが通った後みたいに海兵隊員の死体すらない。身につけていた装備品も武器もバケモノが海兵隊員から離れたとき、そこにはなかった。
海兵隊員が撃った瞬間、人間はバケモノの敵になった。人間同士で争っている余裕などない。次々にバケモノの餌食になっていく特殊部隊員と海兵隊員。まだ生きながらえている米中露の軍人が円形になって、弾幕の防壁を張る。
「誰かAKの弾を持っていないか! 残り少ない!!」
「これを使え。弾はマガジンに装填されているそれで、最後だ」
俺はザスローンの隊員にミニミを手渡す。
「ありがとう」
「礼は言葉ではなく酒で示してくれるとありがたいな」
「部隊の全員でおごらせてもらうよ」
「楽しみだ」
俺はサイドアームのSIG M11を抜いて、バケモノを撃つ。
「米軍の戦闘機はいつ来る? 空爆するしか生き残る道はない」
中国の特殊部隊の隊員の質問が来た。俺は答える。
「CCTがやられた。連絡不能だ。来るかどうかすらわからない」
「聞いていたな? 悠々自適に飛行してないで、さっさと空爆しろ! 米軍の空爆は期待できない!」
中国の特殊部隊の隊員が無線機越しに叫ぶ。パイロットと通信しているらしい。
『さっきも言ったが、無理だ。空対空ミサイルしか積んでいない。耐えろ』
「弾薬が尽きる! 米軍の無人機はどんな様子だ?」
『我々を警戒して空爆できない状況だ。だが、地上の映像は米軍の本部に送っているはずだ。そのうち米軍の機体が来援する』
「退却しろ! おまえらが帰れば問題ないんだろ!」
『制空権を維持しろと厳命を受けている。退却することは許されない』
「できないなら、空対空ミサイルでもいいから攻撃しろ!」
『わかった。撃退できる可能性は限りなく低いぞ』
急降下してバケモノを空対空ミサイルで攻撃しようとするF‐16が粉々に砕けた。来援した米軍のF‐35の攻撃だ。今じゃないだろ。ふざけるな!
チャンスを失った特殊部隊員たちがバケモノの波に吞み込まれた。
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