第五話「内閣官房副長官2」
大会議室で、無駄な話し合いをしてすぐ総理が記者会見を開いた。別件があり総理に同行できなかった俺はその様子を私物のタブレットで視聴する。運転席の男、公安警察の捜査官、斉藤警部補が声をかけてきた。
「公安を足みたいに使わないでもらえますか。内閣官房副長官どの」
「日本には諜報機関がないし傭兵まがいの組織もありません。口が堅い人間に仕事をやらせる場合はあなた方を利用するしかない。理解してください」
「そうは言っても正直困るんですよ。いきなり研究者とか大学教授を拉致まがいの方法で集めろとかなんとか指示されても。こっちだって都合ってもんがある」
「へぇ」
「へぇじゃないよ。青葉の個室で違法な取り引きをやってた総理の証拠をゲットしてうきうき。部下をねぎらうために気持ちよく居酒屋でどんちゃん騒ぎしてたってのに仕事に引き戻されるこっちの身にもなってください」
「もたれもたれつでしょ?」
「まぁそうなんですけど。プライベートがない俺たちにとって上から与えられる労いの飲み会。警視総監だって干渉できない時間を奪いやがって。政治家め」
「俺は政治家じゃなくて官僚だ」
俺が乗っている、黒のミニバンが一軒家の前に止まった。警部補の部下が降車して一軒家に侵入する。二分後。拘束した若い男を担いで、一軒家の玄関から姿を現す。若い男の名は
「んーんー!」
ミニバンに押し込まれた研究員が助手席のシートを蹴る。シートが揺さぶられる。
「落ち着いてください。彼らは警察官です。あなたに危害を加えるつもりはありません」
警部補の部下が研究員の口元に貼られている、ガムテープを剥がす。
「警察がこんなことするわけがない! 目的はなんだ! もしかして研究データ!? 提供を断ったから金じゃなくて暴力で奪うつもりか! 米企業が考えそうなことだ」
「超光速航法の研究データを購入すると接触してきたんですか?」
「内閣官房副長官どの」
「ああ。すいません。そのことに関しては後ほど詳しく聞かせていただきます。今は、世界を覆す可能性を秘めた宝の話をしなければなりません」
「内閣官房副長官って呼ばれてたけど、おまえ政府の人間なのか?」
「はい。早急に
「まがいじゃなくて拉致だろ」
「まがい、です。通報しても警察は対応しませんので、悪しからず」
「ふーん。じゃあマスコミに通報するよ」
「……」
「冗談だよ。そんな怖い顔しなくてもいいじゃん。ニュース速報で言ってた国際宇宙ステーションの残骸が
「はい」
「それを調査できるなんて最高だ! そのチャンスを無下にする奴は研究者失格だ」
「
「分かりました。一つ質問しても?」
「どうぞ」
「地球を侵略するために来たの?」
「肯定も否定もできません」
東京、練馬区にある自衛隊の基地。立川駐屯地に公安の車両が集結する。飛行場に多用途ヘリUH-1Jが待機している。飛行場に停車したミニバンから俺は降車する。
「ご苦労」
俺は他のメンバーを連れてきた公安の人間たちに労いの言葉をかける。東京大学で物理学を教えている教授が松浦研究員に駆け寄った。松浦研究員は教授の元生徒だ。
「松浦君。君も呼ばれていたのか!」
「はい。教授、お久しぶりです」
調査団の総員は六名だ。リーダーは教授。動力源のシステムが生きているかわからないし、生きていたとしても地球のコンピュータで解析できるか不明だが、その調査のために国内最高峰の情報技術の専門家二名。物質・材質の調査および研究を生業にしている専門家一名。地球外生命体の痕跡がある可能性もしくは宇宙船が爆発する前に脱出した地球外生命体が潜んでいた、そして不意遭遇を想定して生物学者一名。ワープの調査のために松浦研究員。UH-1Jは以上の六名と調査団に同行する政府関係者俺、警察関係者警部補を目的地まで運ぶ手はずになっている。
自衛隊は銃を使用できない。警部補は頼りないが、唯一武装している人間だ。
UH-1Jが目的地に急行する。日本政府は動力源の落下地点から五キロ圏内を危険区域に設定して一般人の立ち入りを完全に禁止している。危険区域に含まれているのはほとんど
UH-1Jが目的地、自衛隊と米軍が共同で使っている飛行場に着陸する。運動公園の芝生広場をそのまま利用しているだけなので、見栄えはそんなによくはない。飛行場に自衛隊の車両(NBC偵察車、73式大型トラック)と米軍の車両(ハンヴィー)が車列を組んで待機していた。化学防護衣に身を包む、
「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」
大きなテントに案内された。テント内は更衣室になっている。中村一尉が俺たちに迷彩服と18式個人用防護装備を配った。松浦研究員の顔は一般にはあまり知られてはいないが、記者は知っている。そこそこの有名人だ。勘のいい記者なら落下物がワープに関連するモノだと気づくはずだ。危険区域に侵入を試みているマスコミに存在を知られるわけにはいかない。俺たちは自衛隊員に偽装して現場に向かう。
先行するNBC偵察車を73式大型トラックとそれを挟む二台のハンヴィーが追いかけている。NBCは核・生物・化学それぞれの頭文字を取って付けられた名称だ。核攻撃によって汚染された地域、生物および化学兵器の使用が疑われる区域の安全性を確認するために自衛隊が運用する車両だ。今回は動力源と思われるモノと地表の衝突によって凸凹や裂け目が発生。そこから地層に眠っていた高エネルギーの放射線や有害物質が漏れ出している可能性を考慮して運用される。
「どうだ。あいつらは、しつこく飛び回っているか?」
73式大型トラックの荷台に乗っている、中村一尉がNBC偵察車の部下に無線連絡をする。部下が困惑した様子で答える。
「わたしに聞かれても困ります」
「恥ずかしながら、おれは英語がからっきしだ」
「ああ。そういうことですか。了解しました」
危険区域上空は米軍と許可を受けた自衛隊機以外の航空機の飛行が禁じられている。危険区域上空の航空管制を担当しているのは米軍だ。米軍は誰でも航空管制の指揮所に連絡できるが、自衛隊はパイロット以外連絡できない。本来ならば中村一尉は直接ハンヴィーに乗っている米軍の護衛担当者に催促するべきだが、英語がからっきしだからできないらしい。手間だけど、部下を間に挟んでやり取りを始めた。
英語による会話が多少はできる中村一尉の部下がスミス少尉に確認を取った。
「いないと言っています」
マスコミのヘリは危険区域上空には見当たらないらしい。警視庁と愛知県警の航空隊が危険区域の境目に展開してマスコミの侵入を妨害しているが、その妨害をかわして入ってくるあほがちょくちょく出現する。そんなあほを脅す役目を米空軍が引き受けている。やり方はチキンレースだ。報道ヘリのパイロットの心臓に悪いあまり推奨したくないやり方だが、撃っちゃうよりか幾分かマシだ。
「米軍が追い返してくれたようだな。マスコミに留意して進むぞ」
「了解しました」
車列がひと気のない住宅街を走っている。気味が悪いな。警察と米軍が危険区域への立ち入りを厳しく規制している。一般人とマスコミは絶対に入れないが、特殊部隊は規制をかいくぐって入れるかもしれない。住宅街の一角を根城に俺たちを襲う算段でも企てている可能性を否定できない。不安と恐怖が沸々と湧き上がってきた。
「お加減が優れないのですか?」
中村一尉が俺の顔を覗き込む。顔に出ていたようだ。少し反省する。官僚は恐れを表に出してはいけないと教わってきた。恐怖を表現している顔の表情筋を無理やり動かしてとびっきりの笑顔を中村一尉に向けた。
「体調の変化を感じましたら、早急に教えてください」
中村一尉が調査団を見回して、語尾を強めに言った。倒れられでもしたら部隊の人員を一新することになるからだ。つまるところ企業でいうところの左遷だ。
「不安なのか?」
教授が松浦研究員を心配して声をかけた。教授は重力波の専門家だ。かつて東大の生徒だった松浦研究員に重力波のすべて(教授が理解できる範囲)を伝授した。
「はい。襲われるかもしれないんですよ」
「エイリアンが物陰からたべちゃうぞ~ってきたら、って考えたら身震いするな」
「違います。軍隊です、軍隊。ワープを可能にするかもしれない技術をほっとくわけがないし、絶対にどっかの部隊が撃ってきます」
「まぁ自衛隊だけなら流れ弾にやられるとかつかまって協力させられることになりそうだが、米軍が我々と自衛隊の護衛をしているからな。大丈夫だろ」
「教授は昔からほんと、楽観的ですね」
「褒めてもなにも出ないぞ」
「褒めてないから! 褒めてないですよ!」
「少しは落ち着いたか?」
「あ、震えが収まりました。ありがとうございます」
「我々の名が歴史に残ることはないが、世紀の発見に立ち会うことができる。物凄く短いが科学者ならば誰もが欲する時間をこれから我々は使う。一秒も無駄にすることはできない無駄にすれば今回参加できなかった日本中の科学者たちを冒涜することになる。それが嫌なら調査を純粋に楽しめる心を用意するんだ。恐怖は米軍に預けろ」
「はい!」
「……汚染地域に入ります。ガスマスクの着用をお願いします」
嘘でも自衛隊に恐怖を預けろって言ってほしいと思いながらも声には出さない、大人な中村一尉がガスマスクを配った。調査団と俺の顔に中村一尉がガスマスクをカチャと装着する。73式大型トラックが
「硫化水素を検知。2000ppm」
「了解。塩化水素が充満しています。危険性はご存じだと思いますが、念のために伝えます。一呼吸で、即死します。ガスマスクの不快感は無意識に外してしまうほど強いので、自分から外すことができないように細工を施します」
全員のガスマスクに細工をして外せなくした、天使でもあり悪魔な中村一尉が
「現在のppmは0.006。人体に影響がないレベルまで低下。パンドラの周辺に塩化水素以外の有害物質は確認できない。安全です」
「了解。精密機器の故障に留意して作業を開始せよ」
パンドラは
「了解しました」
荷台の自衛隊員が機器の積み下ろしを始めた。調査団のメンバーが持ち込んだ、測定器などがパンドラの付近に用意された大きなテントに運ばれていく。パンドラから五百メートル距離を取った場所に、四方を囲うようにフェンスが設置されている。フェンス内に米軍の指揮所や宿舎、CIAのチームが鎮座しているプレハブ小屋が建っている。米軍はすでにパンドラ周辺を基地化していた。自衛隊と違って迅速だ。
中村一尉がビデオカメラを持って降車する。映像は後々政府や研究機関に送付する予定だが、米軍に奪われるかもしれない。調査団と俺が中村一尉に続いて、地面を踏みしめた。警部補が調査団に見られないようにSIG P225、自動拳銃を取り出して、薬室に初弾を装填する。自衛隊員が非武装な以上、銃撃戦に巻き込まれた場合その対処ができるのは銃を持つ警部補だけだ。
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