第四話「内閣官房副長官1」

 去年奮発して買った高級マンションの一室。結婚する予定だった彼女と住むために用意した3LDKの物件だ。惚れた女は美しかった、どんな男でも虜にする容貌をしていたが、金遣いは荒かった。汚いことをやって、俺の身の丈に合わない高いマンション、高い車、高いプレゼントなんだって買った。でも結局、プロポーズは成功しなかった。あいつは俺の人脈を使ってさらに金払いのいい奴に乗り換えた。彼女の言葉を無視して名義を彼女ではなく俺にしていたから高級マンションの一室は取られなかったが、正直独身男性にはもったいない広々とした空間に嫌気がさす。


 カップラーメンのふたをはがして、ソファーに腰を下ろした。映画でも見ながら食うかそう思いながらテレビのリモコンに手を伸ばした時、端末が鳴った。


 嫌な予感がする。端末は内閣から支給された、緊急事態発生時に迅速に連絡のやり取りができるように内閣の要望で、小山総理お抱えの企業が作った製品だ。

 俺はカバンから端末を取り出して、確認する。緊急事態が発生しました。詳細を確認してくださいと画面に書いてある。深夜の呼び出しは体にこたえるな。


 俺は出来立てほやほやのカップラーメンを放置して、三十分前に出たばかりの首相官邸に戻ることを決めた。タクシーを予約してからマンションのエントランスに降り、ちょうどいいタイミングでやってきたタクシーに乗り込んだ。


 タクシーに揺られながら俺は詳細を確認する。予想を裏切る内容だった。地震でも土砂災害でもなく、宇宙ゴミ? 国際宇宙ステーションの爆発によって発生した大量のゴミが世界中に落下。日本には一つやってきて、大水上山おおみなかみやまに衝突。村を地図から消す。長ったらしい詳細をまとめるとこんな感じか。


「爆発の原因が記載されていない……いや、意図的に消されている?」

 俺の疑問を払拭するかのように秘書官をやっている親友から連絡が入った。メールだ。メールをざっと読み、タクシーから降車する。俺は正門の警務官に挨拶してからいつもの仕事場ではなく聖域に向かう。総理執務室の扉前に立った俺はつぶやく。

「長い一日になりそうだ」

 俺は総理執務室に入室する。大臣の姿はまばらだが、官僚は全員集まっていた。資料の準備で大忙しだ。俺は内閣官房副長官という役職を賜っている。おそらく三十分ほどで大臣たちも集まるはずだ。それまでに情報をインプットして説明できるようにしなければならない。俺は部下を手招いて、情報を仕入れた。



 眠気に支配されている大臣たちが席に座って、総理を待つ。緊張感がない。大事な時期だと分かっていないのだろうか? 村の消失に加えて、その場にいた村人四十七名、死亡。近隣の町で飛散したガラス片に巻き込まれた、倒れた棚に挟まれた等々事故が多発して、分かっているだけでも重軽傷者二百六十七名だ。票稼ぎのチャンスでもありピンチでもあるというのにどうしてこうもお気楽なんだ?


「総理。ご入室されます」

 部下が総理を連れ立って、入ってきた。その場の全員が立ち上がり、合図を待った。総理が片手を少し上げる。座ってよろしいという合図だ。


 大臣たちがけだるげに腰を下ろした。内心、大丈夫か? こいつらと思っているのだろう。大臣たちにアイデアや原稿を与える、官僚の中でもエリートと呼ばれる人々が続いて座った。そして水を少し飲み、のどを潤す。口臭ケアのタブレットを口に放り込んだエリートもいる。大臣の後ろに待機して、大臣が困ったらもしくは思い通りに動いてほしいときに耳元で助言をするんだから、いい心がけだ。


「それではレク(レクチャー)を始めましょう」

 俺は進行役を引き受けた。記者団に伝える共通の内容をマスコミが本腰を入れる、災害対策本部の設置前に擦り合わせすることによって、あの人と言ってることが違う。どうして嘘をついたんだと追及されるそのような炎上を回避するクッション材の役割を果たしているのがレクと呼ばれる、話し合いだ。エイリアンと宇宙船の情報が削減されている書類にざっと目を通した、大臣たちが疑問点を口にする。


「自衛隊はなにをしていた! なぜ、迎撃できていないんだ」

 国土交通大臣が声を荒げる。間髪入れずに責任の所在を明らかにですか。その前に被害状況の確認とか対策とか話し合うことはあると思うが、面倒だから言わない。

「そうだそうだ」

 やじが飛ぶ。防衛大臣が少しむっとしながら俺に視線を向ける。

「自衛隊に限った話ではありません。世界各国の軍隊も迎撃できていません」

 俺はそもそも不可能だという言葉を飲み込んだ。

「そういうことじゃないよ。迎撃システムがあったのに、なにもできなかったことが問題なんだ」

「お言葉ですが、迎撃システムを稼働させるためには許可が必要になります」

「防衛大臣の許可があれば被害はなかったってことだな?」

「防衛大臣が独自に許可を与えることはできないという不文律(暗黙のルール)があります。総理大臣を含め、大臣全員に話を持っていかなければいけないと決めたのは誰ですか?」


 国土交通大臣がそういえばそうだったとばつが悪そうに押し黙った。法務大臣と財務大臣は目線をそらす。防衛大臣が発言をする。


「そもそも。許可を迅速に与えていたとしても自衛隊は海外の軍隊と違って、常時迎撃態勢を維持しているわけではない。必要に応じてイージス艦やPAC3を展開する。三時間は無防備なんだぞ。宇宙ゴミの落下を阻止できる猶予は三十秒しかなかったんだろ? 魔法でもない限り無理だ」


「自衛隊に責任がないということは分かった。だが、ないと言ってしまえばマスコミに叩かれるだろうな。調査中ですって言えばいいか?」

 総理が大臣たちの顔をざっと見渡しながら、仮に調査中ですの発言で炎上しても俺だけの責任じゃないからなと免罪符を作るために質問する。

 満場一致で「異議なし」だ。


「……これはインパクトクレーターなの、か?」

 山と野原が抉れているCGのような現実とは思えない航空写真を眺めていた、外務大臣が重い口を開いて、尋ねてきた。

「はい。大水上山おおみなかみやまのふもと付近に落下した宇宙ゴミによって形成されました。衝突地点から七キロ圏内の生命体は死滅したと考えられています」

「インパクトクレーターの範囲内に鍛冶村かじむらがあったと、犠牲者の確認作業はどうなってる?」

「市と協力して、すべての住民の調査が完了しています。死亡者は四十七名、生存者は五名――」

「災害に巻き込まれて生き残った人がいるのか!?」

 俺の言葉を遮った、外務大臣が叫ぶ。

「いえ、旅行に行っていたため災害に巻き込まれることがなかったということです」

「鍛冶村以外の被害状況は?」

「衝撃波によって栄町さかえまちの家屋に被害が発生。倒壊や飛び散ったガラス片に巻き込まれたという報告が入っています。現時点で判明している重傷者は三十二名、軽症者は二百八十五名、死亡者の情報はまだ入ってきていません」

「そうか。宇宙ゴミは国際宇宙ステーションの残骸か」

「はい」

「日本にも責任があるという認識で問題ないか」

「はい。マスコミに日本の責任の有無を問われた場合、答えられないと答えてください」

「わかった。非関係国(国際宇宙ステーションの事業に参加していない)の動きはどうだ?」

「自国の復旧に必死という印象を受けます。現状、日本を含む関係国に対して批判的行動は目立ちませんが、復旧に目途が付いたタイミングで、動き始めると考えられます」

「国際宇宙ステーションが爆発した原因が書かれていないが?」

「アメリカが隠匿に動いており、不明です」

「事故か故意(テロ)なのかもわからないのか?」

「はい」

「調べろ。事故だった場合は誰がやったのか、テロだった場合はどの組織がやったのか。それがわからなければなにもできない」

 外務大臣が頭を抱えながら俺に情報を催促する。事故原因を作った人間がどこの国に所属しているかによって対応が変化する。もしも日本人の宇宙飛行士が原因だった場合に日本が他国に対して責任追及をしてしまえば印象が最悪になる。テロだった場合はテロ組織の活動拠点(海外)に自衛隊を派遣することを他国から強要される可能性がある。日本が火の粉を被らないようにするには早急に情報を精査して、対応策を策定する必要がある。情報がなければ日本に責任を押し付けられたときに反論できない。反論できなければ、責任があると、認めたことになるのが世界の常識だ。


「……」

 俺は微笑む。微笑みを肯定と受け取った外務大臣が頼むよと熱い視線を送ってきた。

「災害対策本部の設置が完了しました。大会議室に移動しましょう」

 官房長官が大臣たちとそのお供に総理執務室から出ていくように促す。

「わかった。私は伊藤くんに少し話がある。先に行ってくれ」

 わかり、ましたと大臣全員が歯切れの悪い返答をする。なにかあるなと感じつつもめんどくさいから関わりたくないとそそくさと出ていく。続いて官僚が退出する。


 総理執務室に残ったのは俺と総理の二人だけだ。


伊藤学いとうがくくん。エイリアンの存在を信じるか?」

「信じます」

「即答とは驚きだな。そういえば松本まつもと(秘書)と君は同期だったか」

 総理が俺のことを意味ありげに眺めている。

「はい」

「そうかそうか。良い仲間を持っているようだな」

「……」

「別に責めているわけではないよ。話を戻そう。在日米軍にエイリアンの宇宙船その動力源と思われるモノを引き渡さなければならなくなった。その前に日本の調査団に調べさせる。一時間以内に候補者の選定を終わらせろ」

「すでに完了しています。いつでも召集できます」

「優秀だな。調査団の輸送は中央特殊武器防護隊が担当する」

「武装はしていますか?」

「武器の類は禁止させている。あくまでも。有害物質などの危険がある地帯を安全に移動するための手段と考えろ。万が一の事態に備えて在日米軍の部隊が護衛につくことになった」

「監視ですか」

「それもあるが、ロシアと中国の特殊部隊に動きがあるらしい」

「アメリカの情報ですか」

「そうだ」

「在日米軍側の死傷者は隠蔽できますが」

「わかっている。怪我をすることも許されない任務になるだろう。うまくやってくれ」

「分かりました」

「面白くない男だ。愚痴の一つでも言ってもいいんだぞ」

「では、」

「おっと。そろそろ大会議室に行かなければならないな。みんなが待ってる、あ! 五時間だ。五時間だけ日本の所有権が認められている。無駄にするなよ」

 総理がそそくさと出ていく。俺はふぅと息を吐いてから総理の後を追った。


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