第三話「秘書官」

 渋谷の料亭、青葉あおばの個室に内閣総理大臣、小山賢太郎こやまけんたろうと日本を代表する企業の会長の姿がある。選挙の時期が近付いているからきっと、酒を飲み交わして約束事の一つでも話し合っているのだろう。水を差すのは私も良しとはしないが、今回ばかりはそうも言ってられない。


「通してくれ。緊急事態だ」

 私はSP(警察官)を押しのけて、ふすまの引手に手を伸ばすが、総理に誰も入れるなと命令されているらしいSPに邪魔をされてふすまを開けられない。

「総理の秘書官だとしても立ち入りは許可できません」

 頭が固いSPに難儀していると、横合いから助け舟がやってきた。隣の個室から現れた見覚えがあるおっさん公安警察の捜査官だ。その捜査官様がSPの肩をつかむ。

「貴様! 公務執行妨害で逮捕するぞ!」

「まてまて。俺は仲間だ。友達ではないけど」

「探りですか?」

 私の質問に捜査官様が肩をすくめる。

「たまたまだよ。日頃頑張ってくれている部下にいいもん食わせてあげたくてさ」

「そうですか」

 私は興味なさげに短く返答する。ふすまを開けて、総理に歩み寄る。総理が目を見開く、驚き顔だ。その数秒後目を細める。不満そうな顔に切り替わった。

 つまらない報告ならクビにしてやると言わんばかりの表情だが、あいにくつまらない報告ではない。私は総理の右耳に口を近づけて、報告する。


「理由は定かではありませんが国際宇宙ステーションが爆発し、ケスラー・イベントが発生しました」

「ケスラー・イベント?」

「厳密には違いますが破片などの残骸が周りの衛星などを破壊する現象のこととご理解ください。通信障害が発生しています」

「こんな時に……対処を急がせろ。長引けば選挙に影響する」

「総理。優先的に対処しなければならない事案があります」

「なに?」

 小山総理の声が上ずった。私の怖々とした声音から失敗すれば政権が崩壊する、面倒ごとを言われると察したからだ。

「宇宙船の動力源だと思われる物体が大水上山おおみなかみやまに落下しました。救助に向かった消防庁の航空隊の情報では、その、村が消失したとあり、急を要します」

「車を回せ」

「分かりました。車を頼む」

 私は頭の固いSPに指示をする。無線で、外の車で待機中の部下を呼び出して、車を料亭の入り口に横付けさせたようだ。頭の固いSPの誘導に従って入り口に移動そして車に乗り込む。私の電話が着信音を発する。電話の主は幹部の知人だ。


「はい……分かった。伝える」

 私は電話を切って、総理に深刻な顔を向ける。

「総理。アメリカが接触してきました」

「謝罪というわけではないよな?」

「はい。違うようです」

 SPが運転する車が首相官邸に向けて出発する。

「被害状況の確認を急げ」

「はい」

「それにしても面倒なことになったな。アメリカさんが出張ってくるとは……事故を隠蔽いんぺいしようとしているのか?」

「その可能性は低いと思います。世界規模の災害のため隠蔽いんぺいの仕様がありません」

「じゃあ、なぜ、接触せっしょくしてきた?」

「国際宇宙ステーションに衝突したのは地球外の宇宙船との情報があります」

「衝突? 内部で爆発が起きたのではないのか? いや、今はいい。地球外ってどういうことだ? ち、地球外?」

「エイリアンの宇宙船という意味です」

「こんなときに冗談はやめろ」

「冗談ではありません。JAXA(ジャクサ)からの情報です」

「ありえないだろ」

「わたしもそう思います。ですが、アメリカの知人も同じようなことを言っていました。信憑性はあります」

 ハーバード大学に通っていたころに友達になって、今でも個人的に親交があるNASA、アメリカ航空宇宙局の一般じゃないところの主任から一時間前メールが送られてきた。

 そこにはSFアニメを彷彿とさせる内容と一言「パンドラの箱を覗くな」と添えられていた。JAXAもNASAも同じことを言っている。おそらく事実だ。


「もしかして大水上山おおみなかみやまに落下した動力源らしきモノって……一時的にでも所有権を主張して調査する価値はある、か」

「……」

「どうした?」

「いえ、なんでもありません」

「そうか」

「はい」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る