第二話「主任」

 アメリカ航空宇宙局の管制室内に警告音が鳴り響いている。モニターにはSSAシステムが危険と判断した四十のゴミその落下予想地点が表示されている。半数以上のゴミが市街地を外れて、砂漠や森林など比較的人為的被害の少ない地点を標的に選んだ。こいつらは大丈夫だ。問題はアメリカを含む各国の市街地や集落、最悪なことに軍事施設、核に関連する施設が含まれていないのは幸いだが、それでもやばい場所を破壊してやるぜと宣言しやがったゴミどもだ。軍事的・経済的損失は計り知れない。


「間に合わない」

 私は呟いた。もっと早い段階で宇宙船らしき物体を検知できていればゴミの迎撃も可能だった。だが、いきなり現れた宇宙船らしき物体を検知その四秒後、衝突。ケスラー・イベント発生だ。米軍の迎撃は期待できない。


 管制室内の喧騒が消えた。ゴミが次々に地表に衝突して傷跡を形成する。アメリカだけでも死亡者の推定は三万人だ。全世界を含めれば途方もない数だろう。


 モニターに大統領と首席補佐官が映った。早期に地上から四百キロ上空に突如出現した、宇宙船らしき物体が国際宇宙ステーションに衝突した事実とアメリカを含む世界各国にゴミが落下します、と緊急連絡をしたが、会議室にすら移動する時間はなかったようだ。未だに大統領執務室の椅子に座っている。


「企業か? 国か? 責任はどこにある?」

 災害の状況について、聞かれるだろうと思っていた私は怒りを感じつつも考える。映画のような未知をどうやって説明すればいいのか、考え、口を開いた。


「いえ、大統領。地球上の誰にも責任はありません」

「どういうことだ?」

 私の第六感が大統領の眉間に深いしわが寄せられたと認識する。電話越しでも分かるほど大統領の雰囲気が冷静から少し怒りを含んだに切り替わったからだ。責任追及という恐怖から逃げたいあまりに、現実離れしたことを言った、愚か者だと勘違いされたと私は経験から理解する。大統領からすれば、いや官僚の誰もが宇宙船らしき物体は地球のモノだと思っている。当たり前だ。エイリアンのモノだなんて今の状況で、宣言できる人間は情報を介して、ではなく実際に目撃した宇宙飛行士だけだ。私に生まれた、ほんとかもしれないという感情を大統領の心にも生まなければいけない。


「宇宙船らしき物体はワープ、」

「ワープ!? あれか! あれ、あーどこでもドアみたいな感じのやつか! それを使って出現したと言いたいんだな」

 大統領は失笑を含む言葉遣いを意識して言った。私に空想をやめろ、事実を話せと暗に伝えた。

「空間をくっつける、そのような説明できない理論ではなく単純に、光と同じもしくはそれ以上のスピードまで宇宙船の速度を高めることができる技術を持っている、地球ではない惑星の所有物になります」

「心の平穏を保つために責任を空想の存在に押し付けようとする。それは仕方のないことかもしれない。だが今は国家の危機だ。頼むから正気に戻ってくれ」

「確かにわたしの心は大勢の人間を見殺しにした重圧に耐えられていません。ですが、思考は正常です。その証拠に心を持たないコンピューターもわたしと同じ結論を導き出しています」

「バグではないのか?」

「SSA(えすえすえー)システムに限ってそれはありえません」

 SSAシステムはアメリカの威信をかけて作り出された、宇宙戦力および宇宙ゴミの監視システムのことだ。政治家や専門家にとっての宇宙戦力は一般人がイメージするようなSF世界のそれとは違う。軍事衛星とそれを破壊するために地上から発射されるミサイルのことだ。初期の案では宇宙戦力に宇宙戦艦などのSF世界のそれを含めないとされていたが、以外にも多いエイリアンの侵攻を危惧する財閥の支援者たちにいい顔をしたい当時の大統領が軍事衛星とミサイルのほかにSF世界のそれも入れ込み、設計された。他国の軍事衛星の通信を傍受、自国の衛星通信の保護をメイン機能として運用されているが、地球外からやってきたお客様の常時監視システムも標準搭載していた。そのシステムが宇宙船を地球外の戦力と認識し、職員に警告した。対策する前に国際宇宙ステーションに衝突して自爆したため、あまり意味はなかったが、脅威に関して職員たちが自己分析するチャンスにはなった。

「……十分、時間を与える。わたしを納得させろ」

 SSAシステムを疑う、それはアメリカを疑うことだ。と考えた大統領はプレゼンテーションの機会を設けた。私は心の中でガッツポーズをする。


「一三時三九分(米首都の時刻)レーダーシックスの中心に突如、宇宙戦力が出現しました。レーダーシックスは国際宇宙ステーションを中心として半径千キロメートルの宇宙戦力を検知可能です。通常は検知範囲の末端に検知した宇宙戦力が表示され、それが動きに伴って中央に移動していきますが、今回は急に中心にまるが一つではなく、○○○○○○○と連続して繋がった○が表示されました。


 ○は宇宙戦力を表しています。その0.7秒後、連続して繋がった〇が一つの〇に集約しました。これは仮説ですが、中心に移動するまでは光を超えるスピードだったため検知できなかった。0.7秒間は理論上はシステムが辛うじて検知可能と言われていた、光と同じスピードまで低下したため連続した〇として表示された。その後、音速以下のスピードになったため一つの〇に集約したと推測できます」

「ステレス性能を有している、ロシアもしくは中国……そのあたりの宇宙船の可能性はあるのではないか」

「ありえません。光よりも遅い音速、これが今の世界の技術で、飛行物体に与えることができるスピードの限界値です。音速の物体がステレス性をOFFにした、場合は一つの○が急に出現します。○○○○○○○と連続して表示された、この現象は当初不明でしたが、光と同じスピードで来たのではないか? と仮説を立てて、研究機関のスーパーコンピューターで確認したところ、物体が光と同じスピードだった場合に現れる現象だと判明しました」

「光と同じスピードなら我々の技術でも不可能とは言えないのではないか」

 大統領は研究機関のスーパーコンピューター上の仮想空間による確認作業を依頼した、なら分かるが、結果が分かったこれは早すぎると疑問に思ったらしいが、その疑問を払拭するために訊く、ことをやめて話に合わせた。私にとっては答えが決まっている問題、だから解く作業を後回しにして大統領に伝えた。ことを飲み込んだ大統領は連続した〇の現象に関しては確定させて話を進めさせてくれるみたいだ。


「はい。不可能と断定することはできません。ですが、ありえません。宇宙船らしき物体の全長は三二十m×二八十m、全幅四六m、全高八二mと確認が取れています。このサイズの宇宙船を他国に知られないまま建造できるとは思えませんし、仮に作れたとしても宇宙に持っていく状況になったとき。我々、軍もしくはCIAに干渉されていなければおかしい。大統領、報告を受けていますか?」

「――受けていない。こんなこと考えたくもないのだが、システムの裏をかかれた、可能性はあるのではないか」

 首席補佐官が左右に首を振った、ことを確認した大統領が答えた。

「システムを無効にされた可能性はあります。ですが、諜報機関もしくは我々のこの目と耳が気が付いていない時点で、宇宙に持っていくこれはありえません。

 レーダーに引っかからなかったとしても打ち上げ時の轟音や煙は隠せません。それに戦艦並みにデカい宇宙船を打ち上げようと思えば戦争準備時、以上の燃料を消費することになります。諜報機関が兆候をつかみ、戦争準備をしているのではないかと、大統領に伝えていなければアメリカの諜報機関は間抜けの集まりだと世界に喧伝することになります」

「……ふ、うまいな。一つ教えてくれ。なぜワープしてきたとわかる?」

「わかりません」

「今、なんと言った?」

「わかりませんと言いました」

「わからない? ワープしてきたと君は確かに言った。その君がわからないとはどういうことだ?」

「答えは無数にあります。○(まる)の連続も物体が光と同じスピードだった場合、にも現れる、かもしれません。我々と同等もしくはそれ以上の文明が築き上げられているかもしれない惑星は我々が認識できる範囲に二つあります。両方とも地球から八百光年離れています。地球からこの宇宙船らしき物体を打ち上げることはできない、だから他の惑星から地球に来た。音速で途方もない時間を消費して八百光年という距離を踏破して地球には来られないだろう。だから最低でも光と同じスピードつまりワープしてきたという答えに辿り着きました。それを前提に考察した結果が今、説明したすべてになります。

 もう一度言いますが、答えは無数にあります」


「いずれにしても我々の技術力を大幅に上回る、というわけではないようだな。少なく見積もって五十年先の技術というところか」

「宇宙開発技術者ではないので断言はできませんがその認識で正しいと思います」

「侵略なのか?」

「わかりません」

「地球のモノではないと断言できるんだな?」

「いえ、大統領。わたしにはその権限がありません。宇宙船らしき物体が地球のモノではないとNASAの見解として断言できるのは長官のみ、です」

「そうだな。君の見解は分かった。回収することはできるか?」

「宇宙船らしき物体は衝突によって原形を保っていません。ですので、そのものを回収することはできません。破片や部品なら時間はかかりますが回収可能です」

「どれくらいだ?」

「最低でも十年」

「そんなに待てない。三日だ、三日以内に回収しろ」

「不可能です。ケスラー・イベントによって宇宙は今、航行できない状態になっています。それが収まるまでは宇宙に行くことすら叶いません」

「地球に落下していないのか?」

「……一か所あります。ですが、」

「どこだ」

「日本の大水上山おおみなかみやまです」

「なら大丈夫だ」

「大統領。あれは未知の物体です。世界を経済的に支配できるかもしれない代物を簡単に引き渡すとは思えません。戦争にでもなったら」

「日本はイエスマンだ。君が心配するようなことは絶対に起きないから安心したまえ」

 宇宙は常に死と隣り合わせだ。完璧に仕事をこなしても事故が起きる仕事柄、常に最悪の事態を想定する、が癖になっている私は頭では確かにその通りだと思いつつも一抹の不安を払拭できなかった。日本には奇妙な軍隊がある。国際情勢が戦争にならないように抑制していたとしても個人は社会と違って愚か者だ。高機能のカメラを搭載している観測衛星が破壊され物体を目視で確認することができないが、もしもそれが宇宙船らしき物体の中核を担っていたモノだった場合、小競り合いのリスクを背負ってでも日本が所有権を主張する可能性はある。アメリカはそれを許さない。


 私は確信していた。日本が所有権を主張すれば主要各国の特殊部隊が蠢く、そして奇妙な軍隊が巻き込まれる。主張しなくても動くが、奇妙な軍隊が巻き込まれることはない。日本の領土で、特殊部隊が殺し合う。その時に日本の奇妙な軍隊が領土防衛という義務を果たそうとすれば各国の軍隊という暴力装置は戦闘から戦争に発展しないように監視する、自国民保護のために救助部隊を送るなど、日本の支配地域への軍配備を正当化できれば嬉々として軍隊を派兵する。私は第三次世界大戦の到来を危惧し、日本の知人に警告する。パンドラの箱を覗くな、と。





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