天才兄弟の魔術教授

水無月のん

Episode1 暗雲


 『お前なんか産まなければっ……』


 お母さん、どうしてそんなことを言うの?


 『ご飯は適当に食べといて、旅行行ってくるから』


 行かないで、母さん、母さん!


 「はっ!?」


 ベットのシーツにぐっしょりとかいた寝汗、カーテンの外に差し込む月明かり、脈打つ時計の秒針が動く音。


 最近、昔の悪夢をよく思い出す。


 子供の頃、母親に捨てられて以降、父さんと弟と一緒に3人で過ごしてきた。


 俺の母親はただのくずだった。


 毎日別の男と夜遊び、朝帰り、ろくに家事も育児もせずに父さんに全て押しつけていたことは当時5歳だった俺にもよく分かった。


 『最近帰りが遅くないかい?どうしたの?』


 『うるっさいなー好きにさせてよー』


 そうしてまた玄関の扉を開ける。


 俺の母親は扉の開閉音とともにいつも言いようもない虚しさを撒き散らしていた。


 そうして半年の月日が流れた。


 俺の母親は次第に家に帰らなくなり、2日に1回、4日に1回、1週間に1回、終いには1ヶ月に1回くらいしか帰らなくなり、帰ってくるときは決まって父さんの通帳を持っていく。


 そんなことしたら駄目だよ。


 声にならない声を絞り出す。


 『はぁ?お前なんか産まなければ……』


 そこで玄関の扉が開く。


 『ただいまー、って美香。久しぶりだなぁ』


 『そう、私は何も用はないから、じゃあまた』


 そう吐き捨て、玄関の扉が開くとまたいつもの虚しさがやってくる。


 『颯太そうた、母さんは今何をしていたんだい?』


 紙みたいな、本みたいな、縦長の薄い本取ってた。


 と、当時の俺は言った気がする。


 父さんは通帳が入っている戸棚を探る。


 『やっぱりか……美香。もう……』


 そうして1ヶ月後、父さんは母さんに離婚届を見せた。


 『ここに判子を押してくれ、頼む』


 俺の父さんに非は無い。にもかかわらず、父さんは母さんに土下座して謝った。


 『美香……お前を幸せにできなくてごめんな、結婚したあの時、俺は美香を一生幸せにするって決めたんだけどな……美香は……俺だけじゃ足りなかった?』


 『別に謝らなくていいわよ』


 そうして母親は淡々と書類に次々と判子を押していく。


 『はい』


 その冷淡な言葉に父さんが見せた反応は、


 『ありがとう』


 にこやかに涙を流しながら微笑んだのだ。

 

ーーーーーー


 あれから俺たち子供2人は父さんの下で引き取られることになり、父さんは母さんに慰謝料を請求しなかった。


 弟はこの一件を物心つく前に起こったことだから憶えていないようで、俺も記憶の中から消そうとしたが、やけに最近夢に出てくる。


 「颯太、今日はテストか。頑張ってこいよ」


 「うん、父さん」


 今日は高校生になって初めての定期テストだ。弟も中学2年生になってから初めてのテストだ。


隼人はやとも頑張ってこいよ」


 「……」


 隼人は無言でうなづく。


 そしていつも通り俺たちは家を出た。


 

 何も起きないいつもの日常、そんな日々を淡々と過ごしていると忘れてしまわないだろうか。



 



 「颯太さん、少しこちらに」


 テストの最中、俺は先生に廊下に呼び出された。


 「颯太さん、落ち着いて聞いて欲しいんだけど……」


 「はい?なんでしょうか?」


 「颯太さんのお父さんが倒れたらしいの」


 「え?」


 俺は鳩が豆鉄砲を食ったような面をして、その場に膝まづいた。


 「父は……父は……無事なんでしょうか?」


 「ええ」


 俺はそのまま教室に戻り、鞄を奪うようにロッカーから取ると廊下を駆けた。


 「先生!今日は早退します!」


 俺は走りながら先生に告げる。


 「分かったわ、あと〇〇病院らしいわ。他の先生には私から言っておくから」


 「ありがとうございます!」


 俺は大急ぎで靴を履き替えると、全力疾走で病院へ向かった。


ーーーーーー


 なんとか色々あったが、5分程で病院に着くことができた。


 「長瀬弘の病室は何処でしょうか?」


 息を切らしながら看護師さんに訊く。


 「長瀬様ですね。長瀬様は……203号室になります」


 「ありがとうございます」


 俺は203号室へ向かった。向かう途中、負の感情を抱きながらも父さんを心配してなるだけ急いで向かった。


 203号室の扉を勢いよく開けるとそこには寝ている父さんと見たこと無い男が居た。


 男は20代にも50代にも見えるような風貌をしていて、背は高く、茶色いコートを着ていた。


 「あの失礼ですが……誰でしょうか?」


 「ああ、僕かい。僕はね……」


 男は自分のふところから名刺を取り出して俺に見せた。


 「魔法研究会会長?なんでしょうかこれは?」


 俺は男がくれた名刺を見て呆れを通り越して内心笑っていた。というか笑うしかない。


 「与那 文よな ふみ?さん。宗教勧誘なら間に合ってますから。早く出ていって下さい」


 俺は男を病室から追い出そうとした。すると……


 「君はって信じるかい?」


 何を言ってるんだこいつ?と思うも話の続きに耳を傾ける。


 「君のお父さんは今呪いに掛けられている。簡単に言えば余命はあと1年程だろう。嘘だと思うのならお父さんに触ってごらん」


 「はぁ?なんでそんっなしょうもないことしないといけないんですか?」


 俺はあまりに馬鹿馬鹿しくなりもう話を聞くのをやめようと思った。


 「


 その一言で俺の思考は止まった。


 「それはという悪魔の仕業なんだ、まあ常人には理解することは愚か、認識さえできない」


 「はあ、だから宗教勧誘は間に合ってますから」


 馬鹿馬鹿しい。


 「そのエヴォルは人間の夢や寿命を喰って日々を生きている。そしてそのエヴォル達のターゲットになったのが君のお父さんということだ」


 「何故そんなことが分かるんですか?」


 俺は冗談混じりで訊いてみる。


 「エヴォルに呪われた、つまりエヴォルに寿命を盗まれた人間はおでこを触るだけで私たち数少ない認識者視える者は判断できる」


 「そうですか。じゃあ私は認識者視える者ということですか」


 俺は父さんが寝ているベットの側にある椅子に腰掛ける。


 「分からない。だがエヴォルに呪われる人間の子供は大体認識者視える者だからな」


 「ははっ、そんな冗談俺に通じるとでも?いいでしょう。じゃあ触ってみますね」


 俺は寝ている父さんのおでこを触った。


 次の瞬間、


 おでこに紫の紋様と読めない字が浮かび上がった。


 「その字はエヴォル文字って言ってあいつらエヴォルが使う文字さ。それはちなみに『吸い尽くした、良個体』って書かれている」


 「ははっ、はははは」


 俺は笑った。笑うしか無かった、催眠術やCGにしては精巧すぎると思ったし、夢だとしても有り得ないと思ったからだ。


 「颯太くん。君は君の父さんからエヴォルの呪いから解放する必要がある。それは分かるよね」


 「……」


 「吸われた命は元に戻らない。でも1つだけ希望がある」


 「……何ですか」


 「エヴォルの奴らのから寿命を盗んでくることだ」


 「分からないですね、何故そのようなことが分かるんですか」


 俺は正直うんざりしていた。エヴォルだとかもうどうだっていい、父さんの生きる邪魔をしたやつの息の根を止めたい。


 「かつて私には娘がいた」


 「はあ」


 「20年前、娘も今の君のお父さんのようになって、1年で逝ってしまった。まだ5歳だった」


 「……」


 「妻もその5年後に呪われ逝ってしまった。俺が生涯初めて愛した人だった」


 「……」


 この男がかなりつらい過去を背負っていたことを知り、驚いた。


 「まあ信じれないのも無理はない。ただとして君の現状が見過ごせなかっただけさ」


 「って。何の経験者ですか」


 俺は椅子から立ち上がる。


 「まあ、ただの悲しみさ」


 「それは確かにそうですね」


 俺は男と握手を交わした。


 「協力、してくれるんだね」


 「どうせこのまま父の死を待っててもつらいだけなんで、俺なりに足掻いてみます」


 「ああ、それが一番いい選択肢だと僕は思うよ」


 男はそして病室を出ていった。


 結局エヴォルのことは深く聞き出すことはできなかったけど、また次会う時には少しくらい分かることもあるだろう。


 そうして俺は父さんの側にあった花瓶の水を入れ替えた。


 


 


 


 


 


 


 



 



 


 




 


 


 


 


 


 


 


 


 


 





















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