第18話
シーン17
「……無様だなぁ。それも最後の最後で霊力が切れるとは、運がねえ」
「……」
「喋ることもできねえか。ま、そりゃそうだわな。きっと今の自分が見れたらおめえ、あまりの事に吐くかもしれないくらい酷え状態だからな」
男の言う通り、喉が潰れているのか声を出すことは不可能だった。肺も潰れているのか上手く呼吸もできない状態。喋るなんてできるはずもなかった。それに脳に酸素が足らないのか、思考も回らない。ヒトナリはひどく眠たかった。
男はそんなヒトナリに構わず喋り続ける。表情は相変わらず視界がぼやけているので窺い知る事はできないが、その声に憐れみの感情がのっていることは、今のヒトナリにも理解できた。
「これで分かっただろう? 確かにてめえは後少しのところで、俺を倒す事ができたかもしれねえ。でも、結果として俺が勝ち、てめえは負けた」
「言っとくが少年、おめえは凄いんだぜ? ドブの素人が異能に目覚めたとはいえ、その直後から俺みてえなベテランの陰陽師を追い詰める事なんてできやしねえんだ。誇っていい、おめえはすげえよ」
それは敗者への慰めの言葉だと分かった。きっと残り時間の少ない自分へと手向けとだとでも思っているのだろう。それがたまらなく悔しかった。
ヒトナリは鈍い思考の中で反省する。自分はきっと彼女から力をもらった事で、調子に乗っていたのだ。これがあればきっと黒部ユカを救い出せると。けれど、力をくれた時に言っていたではないか。あくまでも可能性を上げるだけだと。
思い上がりも甚だしい。自分のような無才で凡人な人間が力を持ったところで、物語の主人公のように人を救う事などできない。自らの馬鹿さ加減に反吐が出そうだった。
ヒトナリはそう思いながら、痛む体を無理やり動かして黒部ユカがいるであろう方向へ顔を向けた。けれど、彼女の顔を窺い知ることは不可能だ。ただでさえぼやけた視界なのに、男より奥にいる人の顔など分かるはずがない。
(……)
きっと彼女はこれから酷い目に遭うだろう。それも自分を救う為に使った力が、バレたせいで。
(申し訳ない……)
恨むだろうか。怒るだろうか。不甲斐ないと呆れるだろうか。そうは思えど、ヒトナリは謝ることしか出来なかった。
……視界が更に悪くなってきた。もう目を開けてるのさえ億劫だ。ひどい眠気が襲ってくる。
ヒトナリは抗うことはせず、それを受け入れた。プツンと張っていた糸が切れたように、真っ暗になった。
――井野口レイ視点。
目線の先には、人間だったものがある。そう表現したのは、それが人の形をなしていなかったからだ。特に首から下は酷いもので、内臓や骨、肉がごちゃ混ぜになりその周りには大量の血液が飛び散っている。
これら全て、遥か上空からアスファルトの硬い地面へと叩きつけられた人間の姿だった。それをレイは目を逸らすことなく見続けていた。
「……これでよく即死しなかったもんだぜ」
少年のあまりのしぶとさに呆れた声が漏れた。骸の一撃から起き上がり炎を発現したことも驚いたが、このしぶとさも充分驚愕に値するものだった。
まず人は左腕、左脚が爆散して動けるほど丈夫でないのだ。それなのにこの少年は恐らく己の心だけでそれを成した。本当に強固な精神である。自分なら喚き散らし、あまりの痛さに意識を失う。
彼はそれだけの事をやったのだ。そして、そんな少年をこのままにしてはおけない。結界には解除されると同時に、周囲のものを元の姿に戻す術式が組み込んである。人は勿論対象外だが、死体は別だ。モノだと判断されて綺麗さっぱり消えてしまう。
レイは他人の為に命まで張った人間を、そういう風に扱いたくはなかった。最後まで戦った戦士に弔いをと、人らしく火葬にする事に決めた。そして、残った遺骨を景色のいい丘の上へと埋める。それがレイにできる最大限の弔いであった。
早速、火を扱える式神を出そうと懐に手を入れたが、その時ふと視界の中にある死体がピクリと動いた気がした。
「……まさかな」
目の前にあるのは死体だ。それ以外の何者でもない。
しばらくの間、警戒するようにじっと見ていたがそれ以降、死体が動くことはなかった。
ほっと胸を撫で下ろしたレイだったが、次の瞬間、死体の脇腹にあたる部分から純白の炎が燃え上がり、一瞬にして全身を包み込んだ。その強烈な火力と光にレイは思わず目を覆う。そして――。
「おいおい、嘘だろ……」
炎と光が収まった後、そこにあったのは傷ひとつない真っ裸の少年であった。
胸がゆっくりと上下しているのを見るに、息をしている。つまりは生きていた。あまりの事に言葉を失い、手元にあったフラスコを落としそうになって、慌てて拾った。
「ありえねえ。死者蘇生なんて、高位の術者でも難しい術だぞ。それをこんな子供が……」
たが、実際に目の前で起こった現象だ。信じざるおえないだろう。それにこれはレイにとって大きく興味をそそられるものでもあった。
ひとまず少年を背中に乗せ、骸の元へと向かう。
「ヒトナリくんは――」
「お前にこいつを心配する資格はねえよ。だから、黙ってろ」
「……」
骸の腕の中から話しかけてきたユカを黙らせる。出会って少ししか経っていないが、レイは黒部ユカという人物に嫌悪感を持っていた。それは同族嫌悪に近いものだという事は、自身でも理解していた。今の黒部ユカの姿は昔の自分に酷く似ているのだ。大切な人を見捨ててしまったあの時の自分に。
「チッ」
思考が逸れてしまった。
ともかくこれからの計画を変更しなければならない。
本来はユカの炎をどうにか自分のものにする予定だったが、少年によってそれを変える事になる。むしろユカの持つ力より、もしかしたら少年のもつ力の方がレイの目的に使える可能性があった。
ともあれあくまでも可能性である。ここでユカを逃す理由はない。
「じゃ、帰りますかねえ。けへへッ」
レイは骸に帰還の指示をして、その場から去る。その後、結界が解除されると夕方の少しばかり活気のある商店街の姿へと戻っていた。
そこに居る誰一人として、ここで血が流れていた事など知る事などない。
黄金と少女とタイムスリップ 独身紳士 @kurone
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