第12話

シーン11

 黒い煙と共にアスファルトの上に現れたもの。

 それは、刀を差し武者鎧を着た骸骨だった。

 カラカラと音を立て、黒く窪んだ眼窩には青い炎が揺らめいている。

 レイはユカを指差し、骸骨武者に命令した。


「……あいつを捕まえろ。言っとくが殺すんじゃねえぞ」


 レイの言葉に骸骨武者はカチカチと音を立てて答えると、ユカの方へと足を一歩踏み出した。

 恐ろしい……。だが、ユカはなんとか耐えて体を動かした。

 対抗できる手段は、あの力だけ。忌み嫌っていたものも、こういう時にはとても心強いかった。

 

 ユカはこちらへ進んでくる骸骨武者に、人差し指を向ける。そして指先から黄金に輝く炎を生み出し、発射した。

 その炎は最初は小さく、しかし次第に巨大化していき、遂には人を丸呑みできるほどの大きさに成長した。

 ユカは内心、ホッとしていた。これならばあの骸骨武者も倒すことができると、安心したのだ。

 黄金の炎は速度を上げ、骸骨武者へと向かってゆく。


 カラカラ……。


 骨の鳴る声が聞こえる。

 同時に炎が骸骨武者を呑み込んだ。炎はより一層大きくなり、餌を得た魚のように踊り狂っている。

 これで骸骨武者は消えたはずだ。ユカは安堵し、その場から逃げようとした。たが……。


 カラカラ……。


 また音がした。

 燃え盛る炎の中で音がした。

 もう聞こえるはずのない、骨の音色。たが、たしかにユカの耳に届いている。

 嘘だと思った。あの忌々しい力は、その能力だけは本物だと、自信を持っていたのだ。

 よく見れば、炎の奥にいる影は消えていない。崩れることなく形を保ち、そこに立っている。


 影は動く。

 手に持つ刀を上段に構え、一気に振り下ろす。

 その瞬間、炎が真っ二つに割れ、中から骸骨武者が現れた。

 流石に無傷ではない。鎧は爛れ、骨は所々砕けている。

 たが、眼窩に宿る青い炎は悠然と燃え盛っていた。


「やはり俺の目に狂いはなかった! 言っとくがこいつは俺の式神の中でも、一番頑丈でタフなんだせ? ちょっとやそっとで傷付いたりしねえ。だが、たった一発の炎でこの様だ! いいねえ……最高だ。さぁ骸よ、早くそいつを捕まえて俺の元へと連れてきてくれ」


 レイの言葉に、骸骨武者はまたカラカラと返事をしてユカの元へと歩き始める。

 ユカは焦り始めていた。骸骨武者は明らかに満身創痍のはずなのに、炎に呑まれた後の方が威圧感が増しているのだ。

 怖い……、この場から逃げ出したい。しかし、背中を見せた瞬間、刈り取られるイメージしかユカの頭には浮かばなかった。


「くっ……!」


 たが、このままやられるのも嫌だった。

 ユカは身体の中を巡る、忌々しくしかし今は頼もしい力を人差し指へと送り込む。

 さっきと同じでない。今まで以上の火力をもって骸骨武者を消し去るのだ。


 身体が熱い。

 太陽がこの身を焦がしているのではないかと錯覚してしまうほどだ。

 これまで積極的に使ってこなかった力。

 それを無理やり引き出して、使おうとしているのだから当然かもしれない。


 指先に炎が灯る。

 と、同時に骸骨武者が早足となる。早く勝負をつけたいのかもしれない。走らないのは何か理由は分からないが、ユカにとってはこれ以上ないチャンスであった。

 

 揺らめく炎にもっと力を込める。

 骸骨武者を今度こそ仕留められるように。そして、黄金の輝きが周囲を白く染め上げるほどになった時、ユカは炎を発射した。


 骸骨武者は炎の奥で刀を鞘にしまい込み、少しかがみ込む形で静止していた。

 あれは、居合だ。漫画やアニメで見たことがある。あれで炎を切るというのか。前の一撃のように。

 

 ……今度こそ大丈夫。全力を込めたのだから、倒せるはずだとユカは不安に押しつぶされそうになる自分を鼓舞した。

 その間にも炎は巨大化し、そして輝きながら敵を屠るために真っ直ぐ向かってゆく。依然として骸骨武者が逃げる様子はない。


 一瞬、ユカの目に刀の煌めきが映った。炎は骸骨武者の目の前まで迫って、奴の姿形も隠され見える事などあり得ないはずなのに。


「……嘘」


 思わず口から声がこぼれ落ちた。

 炎に焼かれ、その場に立っていないはずの骸骨武者が五体満足で立っていたのだ。

 奴を飲み込むはずだった炎は、居合切りによって跡形もなく霧散し、消えた。


 どさりと音をたてて、ユカはその場に崩れ落ちる。

 今のが自分の全力だった。あれほどあった力は空っぽで何も残っていない。いつもなら有り余るほど、体内を巡っている感覚があるというのに。

 やはりあれは呪いの力だったのだ。自分を救う事などあり得ない。

 小石を砕く音と共に、骸骨の脚が見える。ユカにはそれが死神のものにか見えなかった。


「最高だ……! あの炎に耐え切るなんて、やっぱりおめえは俺の式神の中で最高だぜ! さぁ、黒部ユカ。おめえの負けだ。その力、いただくとするぜ」

「……どうやってこの力を取り出すというのだ。私にもどうにもできないというのに」

「そんなもん俺だって知らねえよ。おめえを捕らえた後、じっくり調べるとするさ」


 ユカの身体に縄が巻き付けられる。もう抵抗する気力も体力も残っていない。されるがままだ。

 骸骨武者は淡々と作業を済ませ、ユカを片手で抱え込む。モノにでもなった気分だった。

 顔は真下に固定され、目も開けてもアスファルトの地面が見えるだけ。


 自分はこの後どうなるのだろうか。そればかりがユカの思考を埋め尽くす。

 人体実験は、もちろんあるだろう。レイは言っていた、取り出す方法など知らない。じっくり調べると。

 だとしたら、ユカを使って非人道的なことを平気な顔でするはずだ。想像したくない。だが、悪いことばかりが思い浮かぶ。

 

 本当にこんな力なんていらなかった。けれど、最後に人を助けることができたのは、良かったと思った。

 忌まわしいと思っていた呪いは、人を助けることもできたのだ。

 それだけは、この力に感謝したい部分だった。


 そんな事を考えていた時だった。

 ユカを抱えて歩いていた骸骨武者はぴたりと静止した。

 どうしたのか気になって顔をグッと持ち上げると、青い炎を灯す顔が、後ろをじっと見て止まっている。

 ユカも気になって、骸骨武者の視線を辿る。


「え……?」


 目を疑った。

 そこにいたのは、ここにいるはずのない人間。

 制服の上からでも分かる皮と骨しかない身体と、クセの強い頭髪。


「――黒部さんを、放せ」


 倉井ヒトナリがそこにいた。

 信じられなかった。地震の後、音信不通になった彼は家に帰ったのだろうと思っていた。それが今、ここにいる。

 自信過剰かもしれないが、自分のことが心配になって来てくれたのだろうか。

 だとしても、なぜ、ここが分かったのか。

 ユカにはそれが分からなかった。


 ヒトナリは肩で息をしている。

 走ってきたのか、額からは汗が流れ落ちて辛そうだ。

 正直に言えば、倒れてしまいそうなほど顔色が悪かった。

 そんな彼をレイは笑う。


「けへへっ、よくここが分かったなぁ。どうやって入ったんだ? 結界に不備は無かったはずだが」

「すんなりと入れたよ。……そんな事より、彼女を解放するんだ」

「威勢がいいことで。だが、その要求を飲むことはできねえな。こいつは俺に負けたんだ。敗者は勝者に従う。当然の事だろう?」

「うるさいッ」


 ヒトナリは声を荒げ、骸骨武者に突進してくる。

 しかし、それは片手で受け止められた。そして、胸ぐらを掴まれると軽々と持ち上げられる。


「うぅ……」

「威勢のいいことで。だがよ、少年。蛮勇と勇気は違うもんなんだぜ? ……やれ、骸」


 レイの言葉に、カラカラと音を鳴らすと骸骨武者はヒトナリを空中に投げ、ガラ空きの懐に拳を叩き込んだ。


「かはっ……!」


 ヒトナリはその衝撃で数メートルほど、突き飛ばされる。

 彼はアスファルトに叩きつけられ、至る所から血を流している。必死に立ちあがろうとしているが、身体にうまく力が入らないのか、何度も失敗していた。

 レイは何を思ったのか、そんなヒトナリに近づいてゆく。

 その姿を見て、ユカは叫ぶ。


「やめてくれ! 目的は私なのだろう? 彼は関係ない……!」

「たしかになぁ。でも、こいつは駄目だ。結界の中に入ってくる時点で普通じゃねえ。そして、おめえに気持ちの悪いほど執着してやがる。なんでそんな事がわかるかって? 目が死んでねえからだ。こいつは必ず俺の計画の妨げになる。可能性の芽は潰すのが俺の主義でねえ」


 ユカの言葉を拒否したレイは、懐から紫色の煙がつまったフラスコを取り出す。


「こいつは記憶を食う式神だ。命は取らねえが、都合の悪い事は綺麗さっぱり忘れてもらうぜ?」


 レイの言葉にヒトナリは呻いている。

 だが、言葉にはならない。それほどまでの一撃を食らったのだ。

 フラスコの蓋が開く。

 ユカは思わず目を逸らしてしまった。

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