第10話
シーン9
ヒトナリが自宅であるアパートに帰ったのしばらくしてからの事だった。
家に帰る着くなり叔母であるトモコが走ってきて、痛いほど抱きしめられたのは記憶に新しい。それほど心配させてしまっていたのだと、痛感した出来事だった。
次の日には学校に登校し学生として普通の1日を過ごした。しかし、ユカとは一言も話す事がなかった。朝いち早く登校したにも関わらず、だ。
彼女に話しかけても、分厚い本と前髪で顔を隠しこちらを見ようともしない。自分はもしかしたら嫌われてしまったのかもしれない。その事に関してもちろん悲しいという感情はあるが、しかし落ち込むことはなかった。
なぜなら告白したのは自分勝手な理由であり、言うなれば彼女への感情の押し付けであるからだ。あの場面、ヒトナリはある覚悟をもって気持ちを伝えた。もし彼女に拒絶されたとしても、ヒトナリはそれを受けいれる。その準備はできていたのだ。
何も彼女を救う事は、近くにいなければ絶対にできないというわけではないのだから。
「さてと……」
今日は帰ろう。
放課後のチャイムが鳴って、すこし時間が経っている。
教室に残っている人はまばらで、ほとんどは部活に行くか、先に下校したようだった。
そこにユカの姿はない。彼女は放課後になるとすぐ消えてしまうのだ。
ヒトナリは教室を出て、下駄箱に向かう。その途中、廊下の窓から外を見ると大雨が降っていた。さっきまでは太陽がじりじりと地面を焦がしていたというのに、これがゲリラ豪雨というものだろうか。
雨粒は激しく窓に打ち付けられ、時折遠くの空から雷の唸る声も聞こえてくる。
これは早く帰らなければならない。そう思って、すこし早足になった時だった。
カバンに入れていた携帯の着信音が聞こえた。
携帯を取り出すと、液晶に『黒部ユカ』という文字が映し出されていた。登録した覚えはないのだが……、ヒトナリは恐る恐る通話ボタンを押した。
「もしもし」
『もしもし……、ヒトナリくん? ごめんね急に』
聞こえてきたのはユカの声だった。その声を聞いて少し胸が高まってしまったが、どうにか平静を装って返事をした。
「ううん、大丈夫だよ。それで、どうしたの?」
『あー、実は謝りたくてね……。最近の私は君に話しかけられても無視していただろう? 酷いことをしてる自覚はあったんだが、どうしても君を見ると恥ずかしくなってしまってね。上手く言葉が出てこないんだ。だから、電話越しなら話せるかなと思って掛けたんだよ』
「そうだったんだ……」
そういえば彼女は女子中学生である。そう考えると、男子から告白されて、恥ずかしがるというのは普通の反応ではないだろうか。いわば思春期なのだ。そうなるのも当然だと言えた。
ヒトナリはひとまず嫌われていなかったのだと、胸を撫で下ろした。
嫌われる覚悟はしていたが、そうならない事に越した事はない。
『言い訳にはなってしまうが、私はその……、告白というものをされた事がない。どういう反応をすればいいかもわからなかったんだ。嬉しい気持ちは勿論あるんだが、混乱しているというのが、今の正直な気持ちなんだ』
「うん」
『だから、その、もう少し待ってはくれないだろうか? 可能なら私のこの力を失くす方法が見つかるまで』
「力って、あの黄金の炎のことだね。なにか手がかりがあるの? その力に関して」
『いや……、残念ながら今のところ皆無だ。でも、必ず見つけ出す。だから、それまでどうか待っていてほしいんだ……』
そう言うユカの声は小さく、自信がないようだった。
彼女も長年苦しめられてきた力の解決策が簡単に見つかるとは思っていないのだろう。たが、ヒトナリとしてはいつまでも待つ気持ちでいた。彼女の捜索にかけた時間と比べれば、告白の答えを待つなどずっと耐えられるものだからだ。
しかし……、それで本当に良いのかとも思う。
ヒトナリは待てる。だが、その間ユカはずっと黄金の力に苦しめられるのだ。ゴールの見えない道を一人で走る続ける辛さは、ヒトナリには痛いほど分かっている。
それもユカはその間、人に嫌悪され続けるのだ。
普通ならとても耐えられたものではない。五郎という家族がいるとは言え、友人を作れないというのはひどく悲しい事だと思った。
だから、ヒトナリは一呼吸置いてこう言った。
「それってさ、僕も一緒に探しちゃダメかな」
『え? でも、しかし……』
ユカはヒトナリの言葉に言い淀む。
たしかにヒトナリに理由がない。ならば、これならどうだろう。
「それにオカルト同好会としての活動として相応しいものじゃない?」
『それは、そうかもしれないが……』
「お願いだよ。僕も黒部さんの力になりたいんだ」
『……分かった。たしかに人数がいて困ることはないだろうし、君にも協力してもらうことにしよう』
「よかった」
ヒトナリは胸を撫で下ろす。もう二度と後悔なんてしたくないのだ。
こうすればよかったと、昔のように悩むのもごめんだ。
「じゃあ、今日は大雨だし明日から活動を始めようか。ちょうど休日だしね」
『うむ、そうしよう。では……ってうおッ!』
「わッ!」
ヒトナリとユカが今後の予定を決めようとした時だった。
激しい揺れが起こり、校舎を揺らした。遂には立っていられなくなり、ヒトナリはその場に倒れ込む。
周りは悲鳴に包まれ、皆パニックになっているようだ。
しばらくして揺れが収まる。
職員室から先生が出てきて、生徒たちに呼びかけを行っていた。
そんな中、ヒトナリは握りしめていた携帯に素早く耳に当てる。
「黒部さん! 黒部さん……! クソッ」
たが、通話はもう切れた後であり、ユカの声が聞こえることはない。
ヒトナリは諦めずもう一度かけ直すが、繋がることはなかった。
それもそのはずで今の地震で皆、親しい人の安否を確かめようと携帯を使用し、回線が混み合っているのだ。
どうにか焦る気持ちを抑えて、冷静さを取り戻すよう努める。
(大丈夫……。きっと大丈夫だ)
さっきの通話。ユカの声はもちろんのこと、周りの音も聞こえていた。
車の音と、雨粒の音、そして人の声。つまりユカは下校途中であり、外にいる。
大丈夫だと信じたい。しかし、妙な胸騒ぎがして落ち着けなかった。
だから、ヒトナリは決めた。
(……行動としては絶対間違ってる。でも、待つことなんてできない)
ヒトナリは足元に落ちた通学鞄を拾い上げ、走り出す。
いつさっきの揺れの余震が襲ってくるか分からない。
そんな中、何処にいるかも分からないユカの元に行こうとするなど、決して褒められたものだとは言えない。
だが、どうしてもヒトナリは彼女の元に行かなければならないと思ったのだ。
そんな焦りが出てしまったのだろう。
先生の指示に従い、廊下を歩いていた一人の生徒にぶつかってしまった。
「ごめん! 急いでて」
ヒトナリはすぐに謝った。
するとぶつかった生徒は大丈夫だと手を振った。
よく見ればヒトナリと同じクラスの男子生徒だ。黒髪でスタイルが良く、顔も恐ろしいほど整っている。たしか女子生徒の間で人気の人物ではなかっただろうか。
「いやいや、大丈夫だ。君、急いでるんだろう? だったら仕方がない。俺のことはいいから、早く行ったほうがいいんじゃないか?」
「うん。ありがとう」
「気をつけて行けよ!」
その声に頭を下げてヒトナリはユカの元へと走ってゆく。
だから、仕方がなかった。
その男子生徒がこちらをじっと見ていた事に気付けなかったのは。
「――あんなやつクラスにいたか? それにぶつかった時、痛みを感じなかったし、なんか気持ち悪いな……」
「どうした?」
「あー、なんでもない。早く行こう」
男子生徒は友人の声に答え、その場を去った。
もちろんさっきの声は、ヒトナリに届くことはない。
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