第8話 告白
シーン8
翌朝のこと。
ヒトナリは昨日通されたオカルト部屋にいた。対面に座るユカは落ち着きのない様子で、さっきから何度もお茶を啜っている。緊張しているのか手がぷるぷると震えていた。
見てるこっちまで緊張してしまうと思いながら、自分もお茶を飲もうと湯呑みを持った時、ユカが重い口を開いた。
「……わたしはどうやら化け物らしい」
ユカの声は震えていた。
化け物というのは、彼女がヒトナリの身体を治した力。
それを指して、言っているようだった。
確かに身体が黄金色に輝いて、腸が飛び出るほどの大怪我を治す力は超常的だ。
だが、それだけで化け物とは言えない。むしろ奇跡を起こしたのだから、オカルト的に言うならば神に近いのではなかろうか。
そう言うと、ユカは首を振って否定した。
「ちがう。わたしはそんな大層な存在ではないよ」
「じゃあ、なんで化け物って?」
「人ならざる力を持つ存在を、人間は化け物と言うじゃないか。それに人を癒す力というのはとても便利だと思われるかもしれないが、制約も多い」
ユカはこちらに向かって人差し指を向けた。
その先に黄金色に輝く炎のようなものが灯る。ユカはそれを見ながら、苦々しい顔をしていた。
「ヒトナリくん、これを見てどう感じる?」
「え、綺麗だなぁって思うけど……」
「そうか、君は本当に珍しい人種だね。知っているかい? 大抵の人間はこれをみて気持ち悪いと答えるんだよ」
指先に揺らめく黄金が一回り大きくなる。
「この力はね、目に見えない間も力を発揮する。つまりは日常的に人はわたしを気持ち悪いものだと認識するんだ。だから、無意識下でわたしを避ける」
ユカは黄金をもう一つの手で握りつぶした。その時の顔を表現するのは難しい。確かなことは、他人に見せれるようは綺麗なものではなかった。
「だからずっと疑問だった。なぜ、君はわたしに話しかけてきたのか」
「それは……、黒部さんと同じでオカルト好きで――」
「最初はわたしもそう思ったさ。でも、少しの間一緒に過ごしてみて分かったよ。君はオカルトに興味がない人間だとね」
ヒトナリの嘘は見抜かれていた。考えてみれば、当然かもしれない。彼女はオカルトが大好きで、そんな人物がその分野に興味のない人間の事を見抜くことなど、容易いことだ。
ユカはこちらをじっと見つめてくる。ヒトナリの仕草、その一つでも逃すこと許さないがごとくだ。
ヒトナリの額に汗が浮かぶ。
「ヒトナリくん、君は何者だい?」
ユカはヒトナリの目を真っ直ぐに見つめながら、そう問いかけてくる。
その問いに素直に答えるならば、ヒトナリはタイムトラベラーだ。だが、それを言って彼女は信じてくれるのか。
希望的観測にはなるがオカルトが好きな彼女なら、信用してくれる可能性は無くはない。それに数ヶ月後に彼女は行方不明になると言えば、事件を未然に防げるかもしれない。
ヒトナリは迷う。言ってしまえば、楽になる。耳元でそう囁く声が聞こえた気がした。
こちらを問い詰める彼女の瞳は揺れている。身体全体は小刻みに震え、何かに怯えるているようだった。
ユカはヒトナリを救う為に、他人に嫌われるという力を使ってくれた。それは彼女にとってどれほど勇気のいることだったのだろうか。ヒトナリには想像もできないほどの葛藤があったはずだ。
救いにきたはずが逆に救われる。これほど馬鹿らしいことはない。そして、これ以上彼女に負担をかけたくない。
自分がタイムトラベラーで、君は数ヶ月に消えてそのあと数十年間、行方不明になる。こんな事を伝えれば、より一層彼女を不安にさせるだけだ。
ヒトナリはあの時、鬼によって壊されてユカに治してもらった箇所を手で触る。そして、ある決意をして彼女に頭を下げた。
「……君を不安にさせてしまった事は、ごめん。心から謝るよ。でも、信じて欲しい。ボクは何者でもない、倉井ヒトナリという普通の人間だ」
「話を聞いていたかい? わたしの力は人に嫌われる。そんな人間に近づく者が普通であるはずが……」
「それは絶対なの?」
「え……」
「僕は例外かもしれない。という可能性はないのかな?」
ヒトナリの言葉に、ユカは眉を顰めて難しい顔をする。
「……その可能性を考えなかった訳じゃない。でも、君はあまりにもわたしにとって都合が良すぎるんだよ。」
「都合が良いなんて最高じゃないか。少なくとも僕はそう思うよ」
「でも! わたしはこれまでずっと避けられてきた。仲良くなりたいと思っても、その機会さえ与えられないんだ。そして、もう諦めかけていた時に君が現れた。まるで、漫画だ、フィクションだ。ありえないんだよ……」
ユカは表情を歪めて、悲痛な声で叫ぶように語る。
知人や友人を作ろうとしても、自分ではどうする事もできない力で無にされる。その力の前では、どんな事をしても無駄。そんな彼女の孤独はヒトナリに想像する事は難しかった。
なぜなら、ヒトナリは自らコミュニティに入る事を拒んだ人間だ。人から好意を向けられることに恐怖を感じていた過去の人物では、理解することすら無理だっただろう。しかし、今は愛がどんなものなのか理解している。だからこそ、黒部ユカを救いたいと思ったのだ。
ヒトナリが愛を理解するきっかけをくれた大切な人だから。
ヒトナリはテーブルの上で震えるユカの手を自分の手で包み込む。
「黒部さんは僕がなんで、君に話しかけたのか知りたいんだよね」
ユカは俯きながら、こくりと頷く。
「僕はね、黒部さん。君が好きなんだ」
「…………へっ?」
「だから、君と少しでも親しくなりたくて話しかけたんだよ」
ヒトナリの言葉を聞いて、ユカの震えは止まった。しかし、顔は下から上へと急速に赤くなってゆく。そして、テーブルの上にあった手を引いて、その場に立ち上がった。
「う、うそだ!! なにを言っているのか君は分かっているのかい!? 口から出まかせにしても、もっとマシなものがあっただろう!」
「嘘じゃないよ。これは僕の本心だ。君のことがずっと好きなんだ」
「や、やめたまえ! 酷いぞ! 女心を弄ぶんじゃない!」
「弄んでなんかいないよ。正直、僕も人生初の告白だから緊張しているんだ……。この手の震え、見える?」
「やめろおおおおおお!!」
ユカはヒトナリの手を引っ叩くと、襖を勢いよく開けて出て行ってしまった。顔は相変わらず真っ赤だったので、ヒトナリの真っ直ぐな告白に耐えられなかったのだろう。
ユカが出て行ったすぐ後、入れ替わるようにして五郎が入ってきた。その顔にはどこか困ったような笑みを浮かべている。
「……とても真っ直ぐな告白でしたね。個人的には好感が持てます」
「聞いてたんですね。いやぁ、恥ずかしい所を見られてしまいました」
「その割には動じてないようですが?」
「まぁ、本心からの言葉ですから。それに黒部さんの反応が凄くて、ボクが動じる暇もありませんでしたよ」
タイムリープ前には伝えることのできなかった自分の気持ち。あの時は曖昧な返事で、彼女を傷つけてしまった。だからこそ、今度は自分からしっかりとした気持ちを彼女に伝えたいと考えていたのだ。
それが今になってしまったのは予想外だが、彼女を救うにはこうするしかなかった。
ユカの感情を揺らし、ヒトナリへの疑心感を告白というなの劇薬で上塗りする。
その強烈な薬は、なかなか消える事はないだろう。
何故なら、ユカ自身が言っていたのだ。自分は正体不明の力によって、人に無意識下で嫌われてしまうのだと。
だとしたら、彼女に男性に対する免疫はない。
しばらくの間、告白の事で頭がいっぱいになるのではないだろうか。
そうであってくれたら、嬉しいなとヒトナリは思う。
自分はこんなにも心臓の鼓動が早くなっているのだから。
「じゃあ、ボクはこれで」
この鼓動を正常に戻す為にも、一旦心を落ち着かせたいと部屋に戻ることにした。それに、ユカの力で治してもらった傷がまだ痛むのだ。
正直にいえば、座っているのも苦しい。
早くベッドに横になりたい気分だった。
「あ、ヒトナリ様」
そう部屋を出ようと襖に手をかけた時、五郎に声をかけられた。
「わたしの方からヒトナリ様のお家と学校の方には連絡をして起きますので、安心して休まれて下さいね」
「なんで分かったんですか?」
「前に言ったでしょう。 犬の勘です」
五郎の事が少しだけ、恐ろしくなったヒトナリだった。
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