2-2

「領民を奪った鬼ヶ国に宣戦布告? サアルめ、ふざけるのも大概にしろよ」


 父さんはザバス帝国から届いた書簡を読むと、不機嫌そうにそう呟いた。


「桃太郎、キジーナ、二人は大切に扱われていたのか?」


「いや、まったく。国王の顔もみたことないよ」


「私は奴隷召喚士として、どちらかというと虐げられていました」


「ふむ。ただ仕掛けたいだけの口実か。領土を奪っても持て余すし、人間達の政治になど興味がないんだがなあ」


「僕とキジーナも戦うよ!」


「それは心強い。ついでに桃太郎にザバスの王になってもらうか」


「え、それはちょっとめんどくさそうだな……」


「だよなあ。その発想、しっかり鬼だな、桃太郎」


 父さんは負ける心配は一切せず、勝った後のめんどくささを嘆いていた。鬼は領土を広げたいという発想がないらしい。


「オニール王! 大変です!」


 ルビリンが赤い顔をさらに赤くして、息を切らしやってきた。


「どうした」


「ミミール国が進軍したと報告が! 精鋭の王直属部隊隊長タダヒサが3万人の兵を連れているようです」


「おおー、本気で鬼ヶ国を落とすつもりだな」


「おおー、じゃないわよ。挟撃されたら流石にまずいわよ」


「じゃあ、僕がミミール国を抑えるよ」


「一人で大丈夫か? 相手は魔法を使えるし、魂の拒否もないんだぞ」


「うん。キジーナ、例の肉体強化を」


「はい! 【金剛の糸】」


 キジーナの肉体強化魔法で僕の体は金色に輝いた。父さんと母さんは僕の姿を見て驚いている。


「父さん、これなら勝てる?」


「はは、負ける方が難しいな。さすがはオレの息子だ! キジーナを人質に取られないようにだけ気をつけろ。桃太郎が負けるとしたら、それだけだ」


「わかった!」


 父さんは頷くと、手を前に出して王城の警護達に指示を出した。


「全鬼人に王城に立て篭もるように指示を! 三原色の鬼人は王城の警護にあたれ!」


「は!」


 ○


 王城の裏、南側には、すでにサアルとフォルマが隊列を組んでいた。20万人の兵士を引き連れている。鬼ヶ国の人口は1万人にも満たない。本来であれば絶望的状況だったが、オニールにとって歯応えがあるのは、サアルとフォルマ二人だけであった。残りの20万人は居てもいなくても変わらない、アリのようなものだ。出来ることなら殺さずにいれたらと、情けをかけるほどである。


 木のてっぺんに立ち、腕を組むオニールは、サアルとフォルマの位置を確認した。 

 兵達を盾にするように、後方に陣をとり控えている。


「やれやれ、人間はどうしようもないな。強い奴が守られてやがる」


 オニールはため息をつくと、王城と林の間に手を向け、魔法を発声した。


「【鬼壁 獄の門】」


 城を囲むように強固な門が連立し、聳え立った。維持するには魔力を消耗し続けるが、これを壊せるのはおそらくサアルのみ。オニールは20万の雑兵に城を踏み荒らされないように念には念をいれた。 

 城にはルビリン達、それにママルもいる。心配はないだろう。むしろ問題はミミール王国のタダヒサ部隊だ。桃太郎が戦闘に敗北することはないが、3万の兵達は取り逃すだろう。幸い、北部はほぼ森になっている。


(サアルを捕らえて、さっさと桃太郎の加勢に行こう)


 オニールは一つあくびをすると、木を蹴り空を駆けぬけるように突き進み、雑兵達を超えて、サアルの目の前に飛び降りた。


「よお。ボケちまったか、サアル?」


「な……! 化け物め、国王陛下から離れろ!!」 


 フォルマは王の前に立ちはだかり、剣を構えた。その剣先は恐れからブルブルと震えている。


「ふ、サアルの犬め。お前にオレは傷すらつけられんよ」


 サアルは対照的に落ち着いた様子で、髭を撫でながら馬から降りた。対人間であれば乗馬したまま戦闘した方が有利だが、対鬼人となると、フットワークが優先される。 


「【真実の刃】」


 フォルマは剣に魔法をかけた。肉体強化はすでに発動していたのか、うっすらと体は輝いている。「えええい!!」と叫びながら、フォルマが切り掛かる。その剣をオニールは、無強化の人差し指で受け止めた。


「あああ!!」


 想定の範囲内だったフォルマは、そのままめったうちに剣を振るう。フォルマや剣の方に目もくれず、ただサアルをニヤニヤと見つめながら、人差し指で剣を捌く。


「いつまで続けるつもりだ?」


 オニールがフォルマの方を初めて向き、声をかけた。フォルマは一歩退き、振り返った。


「くっ! サアル国王、獣化の許可を!」


「まだよい。下がっておれ」


 サアルが剣を構え、前に出た。フォルマは悔しさから地団駄を踏みそうになるのを必死に堪え、オニールを睨んだ。


「サアルよ。今なら取り消してやろう。まだ誰も死んでいないだろう」


「黙れ、鬼人がワシと対等に会話できると思うなよ」


「はあ。先王はもう少し利口だったんだがな。バカが王だと民も苦労する。なあ、お前ら」


 オニールは肩をすくめて、周りを取り囲む兵達をみて言った。周りの兵は気まずそうに後ろずさった。


「【王の威厳】」


 サアルがオニールに手を向け魔法を唱えた。オニールの周りを取り囲んでいた兵士たちがバタバタと倒れる。が、オニールは何も感じていないようだった。


「何かしたか?」


「まあ、だろうとは思っていた。これならどうか? 【鬼狩りの大刃】」


 サアルが右手に召喚した巨大な刃を掴み、一気に距離を詰め刃を振るった。オニールはバク転でそれを回避した。


「ほう、避けたな。ということは、効くということか」


「どこでそれを錬成した?」


「なあに、50人ほど奴隷を犠牲にしたまでよ」


 サアルは赤く光る刃を見ながら、オニールを見てニヤついた。


「キジーナもそう、ぞんざいに扱っていたのか」


「キジーナ?」


「逃亡した召喚奴隷士のことです」


 フォルマはサアルに伝えた。わざわざ書簡で戦争の引き金したものの名前すら知られていない。オニールは全てを察した。


「もういい。【鬼神の御剣】」


 オニールの背ほどある大刀が召喚され、片手で握った。サアルはそれをみると、不敵に笑った。

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