ザバス帝国編

2-1

「奴隷召喚士と召喚者が逃走しただと? 報告はいい、早く追え!」


「申し訳ございません! 空中移動した上に鬼ヶ国に向かってしまいまして、追えませんでした」 


「な……」


 国王直属の近衛隊長フォルマは、パルコの報告に青ざめた。

 ザバス帝国の北側に位置する鬼ヶ国は、不可侵の領域だ。鬼人のみで構成された小国で、領土を広げるつもりはないだろう。しかし、侵入者は徹底して排除してきた。中でもオニール国王は、単独で国を破壊できるほどの戦闘力をもつと噂である。

 ザバス帝国は、その最強国家である鬼ヶ国を利用していた。南と東は海に面し、北には鬼ヶ国。戦争が仕掛けられるとしたら西側のみになる。王城も鬼ヶ国の国境すぐそばに建城したのだ。

 そのため、鬼ヶ国との関係に亀裂が入ることは、ザバス帝国の滅亡に繋がりかねない。


「すぐに伝令を! ザバス帝国から逃亡した奴隷と召喚者が鬼ヶ国に侵入。殺してしまって問題ないことと、丁寧な謝罪を」


「はっ!」


「まてフォルマ」


「サアル国王!」


 フォルマを呼び止めた声に振り向くと、暇を持て余したザバス帝国国王、サアルが白い髭をいじりながら立っていた。フォルマとパルコは膝をつき、こうべを垂れた。


「申し訳ございません! 逃走は私の責任です、いかなる処遇も」


「よいよい。いいではないか。ワシは鬼が嫌いじゃ。連絡などせんでよい」


「……しかし!」


「黙れ」


「……」


 軽い態度だった国王が怒りを露わにし、あまりの重圧にフォルマは冷や汗を溢れさせた。

 サアル国王は差別主義者ではない。しかし、何故だか鬼族を生理的にというほど嫌悪していた。これといった国交もなく、ただお互いに不可侵でいる。しかしそれは、舐められているとも言えるのだ。

 先王達は鬼ヶ国を良しとするどころか、感謝すらしていたが、サアル国王は違っていた。


「何もせんでよい。わかったな、フォルマ」


「……はっ!」


 三日後、書簡が鬼ヶ国から伝令が届いた。フォルマとパルコは玉座に鎮するサアル国王の前で、それを読み上げる。


(お怒りの連絡じゃないといいが……)


「読み上げます。オニールである。ザバス帝国から侵入した奴隷召喚士と召喚者を……王族として迎え入れる!? 今後一切この件に関わるな、以上」


「なんだと……」


 サアル国王が怒りに震え立ち上がった。奴隷の人間と召喚された者を王族にすることなど、あり得ないからだ。鬼人である王の血を継ぐ者達のみを王族とする血統国家が、なぜ外部の人間を。


「どこまでもワシを愚弄しおって……! もう良い、戦争じゃ。領民を略奪された。ミミール国に連絡を。挟撃を要請する」


 ミミール国は鬼ヶ国の北部に位置する国家であり、国交があった。ある意味鬼を封じる国同士、ウマがあったのだ。


「しかし! ミミール国に北部を奪われますと、我々は海側以外全てが危険に晒されてしまいます」


「ワシが、負けるとでも?」


「いえ……!」


 ザバス帝国は血統国家ではない。最も強い者が王になる。サアルの強さは人間のそれを超越していた。 


「しかし、国王陛下が出兵するわけにも行きません。我々とミミール国だけで鬼ヶ国を完全に侵略できるとは到底思えません」


「ワシも出る。じゃなければミミール国は動かんじゃろ。西側への防御としてパルコをのこす。武勲をあげよ」


「はっ! ありがたき幸せ。必ずご期待にそって見せましょう」


「うむ。フォルマ! よいな」


「か、畏まりました!」


 フォルマは納得がいかなかったが、王の決定には逆らえない。弟分であるパルコも大出世のチャンスだ。間違った選択だとわかっていながら、どうすることもできなかった。


「やっとじゃ。やっと憎き鬼を殲滅する大義名分ができたわい」

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