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 桃太郎が顔をあげると、村人が怒りに震えながら弓を構えています。後ろから斧や小刀を持った村人達が続々と現れました。 


「鬼め!! よくも桃太郎を!!」


 村人は涙を流して桃太郎に罵声を浴びせながら攻撃します。桃太郎の背丈は父親と同じく3mまで伸び、顔は鬼となり角がはえていたのです。


「違うんだ、僕が桃太郎なんだ!」


「ふざけるな! 桃太郎は鬼なんかじゃない!」


 桃太郎は、その言葉にハッとしました。

 もうきっと父さんは僕の住む人里を襲わないだろう。ここで僕が鬼として死ねば、みんなは安心して暮らしていけるのではないか。

 何より、村人の言葉に胸が痛みました。鬼としての僕を愛してくれるわけがないと。


 桃太郎は抵抗することなく、村人達の攻撃を一身に浴びました。やがてボロボロになり倒れました。もう指一本動かすことが出来ません。村人の声が遠くから聞こえてきました。


「婆さん、爺さん! あんたの息子の仇だ、とどめをさしんしゃい!」


 顔をあげると、シワシワの顔を、よりシワシワにして泣き腫らしたお婆さんとお爺さんが、村人から武器を渡されていました。村1番の老夫婦です、戦いが終わるまで家から出るなと村人に言われていたのでしょう。


 桃太郎はこれからおこることを想像して、目を瞑り顔を背けました。


「桃太郎、桃太郎じゃないか!!」


 お婆さんは倒れる鬼の姿を見ると叫びました。お爺さんもすぐに気づきました。二人は武器を投げ捨て、桃太郎に駆け寄りました。


「あああ、可愛い私の桃太郎」


 二人は膝をつき、大きな桃太郎の顔に抱きつき涙を流します。お爺さんは、危ないぞと止める村人達を怒鳴りました。


「お婆さん、お爺さん、信じてくれるの?」


「当たり前じゃないか、すぐにわかったよ。ごめんなあ、ごめんなあ」


 お婆さんは目を真っ赤に腫らしています。


「鬼はもう来ないよ。ボス鬼がボクの親だったんだ。和解できた。みんなで安心して暮らしてね」


「ならワシと父親同士じゃな。是非挨拶したいものじゃ」


 お爺さんの言葉に桃太郎は、怖くて仕方なかったことを、聞く勇気がわきました。桃太郎は震える声でいいました。


「僕は、お婆さんとお爺さんの子供でいいのかな」


「当たり前じゃないか!」


 お爺さんとお婆さんは口を揃えて言いました。


「……僕、人間じゃなかったんだ」


 桃太郎の目に光はもう映っていませんでした。ただただ、優しいお婆さんとお爺さんが触れているところが、暖かいばかりでした。


「鬼だろうがなんだろうが、桃太郎は私たちの息子だよ」


 それは、桃太郎が1番聴きたかった言葉でした。


「そっか。ありがとう、お婆さん、お爺さん。僕、うまれてこれて……よかっ……」


「桃太郎? 桃太郎!!」


「桃太郎!!」


 お婆さんとお爺さんの問いかけは、波音にかき消されては響きました。

 次の朝日が昇るまで村人達はその場から動くことが出来ませんでした。

 桃太郎は、それはそれは安らかな顔で、天に旅立ったのです。 


 それから半年後。 

 ボス鬼は桃太郎が心配で、背を縮めて人里にこっそり忍び込みました。しかし、どこにも桃太郎の姿はありません。ボス鬼は、一方的に討伐されたと気付き、怒り狂いました。


「皆殺しだ!!」


 村人達は現れた鬼の姿をみると、攻撃したり恐れることなく、ただ持っていた狩用の斧などを置き、頭を下げ続けました。

 鬼の姿に気づいた村人達は、続々と現れては、同じように頭を下げていきます。


「なんだ、何をしている!!」


 うろたえるボス鬼のそばに、お爺さんが近づきました。その後ろをお婆さんがついています。


「ワシ達は、あなたの大切な息子をあやまって殺してしまった。抵抗するつもりはない。どうか殺して、ワシをはやく桃太郎の元へ連れてっておくれ」


 乾いた地面にポタポタと、村人達の涙が滴り落ちます。みな謝罪の言葉を口にしていました。


 ボス鬼は村の中心にあった、立派なお墓を見つけました。そこには鬼の彫像と、犬、猿、雉の置物、そして、桃太郎と刻まれた墓石がありました。


 ボス鬼はそれに気付くと、そろそろと足を運び墓石に抱きつき、しんしんと泣きました。

 その姿を見て、村人達は驚きました。そして、より一層後悔を増したのでした。

 桃太郎の尊い犠牲により、鬼と人は親交をはじめ、幸せに暮らしていきましたとさ。


 ○


「ああ、やっと……!」


「ここは……一体」


 僕はお婆さんとお爺さんに看取られて、死んだはずだ。オデコに手を当てると、あるはずの角が消えている。地面をみると、謎の紋様が描かれているようだ。

 前を向くと、羽衣のようなお召し物をきた、輝く髪色をした女性が膝をついて僕の手を取り泣きだした。端正な顔立ちをしている。どこかの国のお姫様だろうか。

 目が合うとその女性は僕に抱きついてきた。大きな胸と、柔らかい髪に包まれる。僕はわけもわからないまま、とりあえず華奢な背中を抱き返した。

 すると満足したのか、女性は僕の肩に手を当てとびきりの笑顔を向け言った。


「桃太郎さま、ずっと恋焦がれておりました。雉でございます」

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