第45話 竜崎、決死の彷徨
這って移動してた通風孔が、いきなり煙突の中に変わる。
じゃぁ比較的広い通路なら良いかと言うとそうでもない。普通に歩いて移動していた水平の床だったものが、いきなり容赦なく前後左右に傾斜して掴まる所のないフリークライミングの壁に変わるので滑り落ちそうになる。実際はそこまで斜めじゃないんだろうけど、暗くて基準がなくて水平がどうなのかもう良くわからない。
時々、変形する前に外装だった部分が内側に格納された部分を見たり、他はシリンダーやらコードやらがガチャガチャと絶え間なく動いてる。工場の中みたいだったり通路みたいになってたり色々。
そして怖いのが可動部分。構造は電車の連結部分のような感じになってるので挟まれそうになる。外から見ているとあんなに大きいのに、中はフレーム、駆動装置、パイプやケーブル、兵装が詰まっていてかなり狭い。一応安全策は講じてあるから上半身と下半身が生き別れにはならないようだけど、四方が絶えずガチャガチャと動く中を進むのは正直いい気持ちはしない。
あの巨体が動いている内側……内臓はこうなってて、こんな一つ一つのパーツの動作に支えられているのがよくわかるが、それを今はゆっくり観察していられる場合じゃない。
そんな中をハーネスを付け替えては登ったり降りたり、付け替えては登ったり降りたりしているから進んだ距離の割には時間がかかる。
時々上下左右に叩きつけられながら長い梯子を下り終えて、ようやくちゃんとした床のある所に出る。この内部アスレチックだかアトラクションの終点はVLSのコントロールルームだった。普段は撃つとしてもコクピットから自動で発射するのだけど、これまた非常時に直接手動で制御する必要があるような場合に使うらしい。
こういった制御室は機体の様々な所に何か所かにあるのだけど、よく考えたらこの巨大なシステムをたった5人で動かすのはそもそもかなり無理がある気がする。これも自動化のなせる業なのだろうけど、それも良し悪しがあるよね。少なくとも10人ぐらいは必要じゃない?と思わないでもない。マンパワーは大事。
『最後の難関。そこにある大きなハッチを開けて』
「わかった。これだね」
別の梯子はまだ下に続いているようだったが、梯子を降りる作業がここで終りなのはありがたい。それまでなかった分厚いハッチのロックを外して、全体重をかけて押し開ける。
ギイィィィ
頑丈そうな蝶番がきしんで外側へ開き始めると、ゴオッと風が吹き込んで、光がまぶしくって……視界が開けて……
海面からおよそ40m上から見た、良く晴れた青空と見渡す限り一面の海と、その向こうの遠くに水平線が見えた。
……あ、涼しい……
風はかなり強いが、暑い中を相当な運動をしてきた身体にはとても心地がよい。
……しかし……
「……何これ、外じゃん……」
ビョウビョウと吹き付ける風に逆らいつつ、しっかり手すりを持って恐る恐るハッチから少し顔を出して今いる場所を確認する。敵の姿は今の所ここからは見えない。場所はたぶんダイサイガーの腰……ウェストの右側面辺りでVLSの発射機に左右を挟まれている。視線を上へ向けてみると、20mぐらい上の、人間でいうと腋の部分には結構大きな開口部があって、そこには隙間があまり出来ないようにスリットで埋めてある。その奥にはハチの巣状の網が嵌っていて、スリットと網の隙間から見える更に奥に大きな冷却ファンがゴゥゴゥと唸りながら稼働している。
その側面・上部には右肩があり、そこから右腕が生えていて、その巨大な腕は今、同じく巨大なジャベリンを握って戦闘が続いてて、それらが動く度に正面のほんの数メートル先をヒジの辺りがすごい速さで移動する。
そして最後に下を見ると……その高さにめまいがする、体がこわばる、足がすくむ。
今いる所は腰の部分の一番上、腰のくびれが始まっている所で、すぐ下の足場が腰の本体で、その側面には46センチ自動拳砲がホルスターに収まっている。人が扱うサイズの自動拳銃なら撃鉄がある後ろの部分が覗いていて(このサイズの銃には撃鉄は付いていないけど、後座はするので射撃する時はこの後ろ側がすごいスピードで飛び出てくるのだろう)、その後方……右方向には銃把の部分が伸びている。
そこから下、ここから30~40mぐらい先の太もも辺りに動くたびにザブザブと波打っている海面がある。
『そこを右に、壁伝いに背中側まで移動して?』
「……いや、こんな所……絶対に無理だし……」
そんな、普通の人が観光なんかで見ていればこれ以上ない絶景だけど、私にとっては恐怖の景色が……
次の瞬間にぐるりと回り、激しく傾いて轟音が響き、爆炎が視界を遮った。
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