第38話 サイガーチーム、南方へ
『サイガー3搭乗員は機体に搭乗して、駐機場所から滑走路へ移動を開始してください。繰り返します、サイガー3の搭乗員は……』
そこで呼び出しの放送が入った。
「……あ、私だ……行かなきゃ……」
それを聞いて南原さんは立ち上がったけど、足が震えてよろめいたので思わず支える。足に当たったパイプ椅子がガチャガタと音を立てる。
「あ、ごめん……ありがと……」
「……大丈夫?」
「……手を……今だけでいいから繋いでくれるかな」
「うん」
力いっぱい強く握るように繋いだ、小さく震える手からたくさんの不安や緊張が伝わってくる。あの時も震えてたっけ……
「あはは……決心したのにね……いざとなったらやっぱり震えが止まらない……」
弱音を聞いてしまうと言葉に詰まる。
「あれだけ練習したのにやっぱり失敗したらどうしよう、負けちゃったらどうしよう、また街が焼かれちゃう、もう二度とあんな事になって欲しくない、そうならない為に、ここまで来る覚悟をしたのに」
「大丈夫、成功するよ!それにひとりじゃないから、僕も、みんなもいるから」
「……もしダメでも、芹沢君は私が守るから……」
「……いや、僕が守るから」
そんな言葉を聞いて、思わず抱きしめてしまう。
「……芹沢君……?」
「うん……?」
不意に名前を呼ばれたので反射的に下を向いた瞬間、精一杯背伸びをした南原さんの顔が近づく……強い決意に支えられて潤んだ瞳に見つめられて……
軽く重なり合う唇。
「……これで最後になるかもしれないから……でも絶対に勝って、生きて帰って来ようね」
もう一度ぎゅっと抱きしめられて……またしっかり握りあう手と手。
「……うん」
その後は二人ともヘルメットを被り、手は繋いだまま無言で滑走路脇に駐機しているサイガー3の所まで歩いて行く。そこで南原さんをサイガー1と同じ、機体の下から突き出ているレールの先に取り付けられている座席に座らせて、六点式ハーネスの取り付けを手伝う。バックルをガチャリと差し込んで、引っ張っても外れないことを確認してから、最後に隙間がないように長さを調節する。
「よし、これで大丈夫」
「……じゃぁ先に行くね」
もう一度だけ指と指を絡めて握り合った手。もう震えていない。
「……もう、離さなきゃ……」
「……うん……」
名残惜しそうに指を離し、その代わりにヘルメット同士をコツンと当てる。
「……ヘルメット越しだと……キス出来ないね」
「……うん……また、後で」
搭乗ボタンを押すと、シートがゆっくり上昇していく。
機体下部に吸い込まれていくまでまた手を振りながら最後まで見守って機体から離れる。十分離れた所から、もう一度振り返ってコクピットから手を振ってる南原さんにもう一度大きく手を振り返してから、また展望デッキに上ってサイガー3……サイガーアタッカーが離陸して完全に見えなくなるまで見送ると……
とうとう一人になってしまった。
先発組が飛び立ってからもうすぐ1時間、今の時期のこの時間だと外はすっかり明るい。
もうやることもないのでほとんど誰もいない滑走路の端で待機しているサイガー1の所に行ってもう一度、外部点検をする。といっても、大きくて太いタイヤが付いているランディングギアに支えられていて、高い所・低い所があっても平均5mぐらいの高さの所に機体があるので、手で届かない範囲以外は目視による確認しか出来ないけれど。
そんな風に機首から時計回りに点検しながらさっきのことを思い出し、そしてこれからのことをを考える。
……不安だ……正直逃げ出したい……
「……けどまぁ、そうはいかんなぁ……特に今回は」
さすがに先発組がもう行ってしまったのに、そのままほっといて見捨てるわけにはいかない。
『サイガー1パイロットはマシンに搭乗して滑走路へ移動を開始してください、繰り返します、サイガー1パイロットは……』
そこで、とうとう時間になったので呼び出しがかかる。
「じゃぁ行くか……!」
気持ちに踏ん切りをつけて、勢いで乗り込んで出撃までコクピットで待っていると、管制塔から通信が入る。
『サイガーファイター1、W誘導路とH誘導路を経由し、滑走路79Rまで地上走行して下さい』
待機場所から滑走路に移動を始める。
「神杜タワー、こちらサイガーファイター1、離陸準備整いました」
『OK、サイガーファイター1。現在、風向は270度から風速8ノット、滑走路79R上進路クリア。離陸支障なし。離陸を許可します。無事の帰着を願います。ご武運を』
「ありがとう。サイガーファイター1、離陸します」
思わぬタイミングで激励を受けて、戸惑ってしまったけれど、今回はなんとかお礼を返すことが出来た。
しかし、離陸といってもほぼ自動なので、スロットルレバーを引くだけだけ。どんどん加速していくと、普段の生活ではあまり感じることのない方向のGが体にかかってくる。そしてランディングギアが滑走路を離れて機体が浮くと、空港からどんどん離れて、みるみる陸も見えなくなって、やがて視界が空と海だけになる。こうなってしまうとかなり暇。
そういえば、前回の時はそれ所じゃなかったけど、飛行機に乗るの自体、初めてだった……それがこんな理由で乗る事になるとは。どうせならどこかへ旅行とかの方が良かった。修学旅行とかはどこへ行くんだろう。
それが、Gに慣れる訓練までして、巨大マシンを合体させて、なんだか良くわからない相手と戦うとか、ありえなさすぎる。
それにしても飛行は自動だし、景色は単調。そして孤独なので、暇つぶしに制御AI相手に話でもしようかと思ったけれど……
「到着30分前に起こしてくれる?それまでの操縦よろしく」
「了解しました。おやすみなさい」
それ以上に眠たいので着くまでの間、少し寝ることにした。
そろそろ、このAIにも名前を付けてやるべきかな……
結局、昨日もまた緊張でほとんど眠れなくて、今頃睡魔が襲ってきたのだ。シートを大きく倒して目をつぶった途端、深い闇の中へ落ちていく。
そして……夢を見た。
街もビルも何もかも燃えてなくて、たくさんの人が倒れてもいない。
父親も生きている。妹も元気。
あんな出来事なくて、みんな生きていて、新しくできた友達も笑っている。
なんだ、あんな悲劇なかったんだ。
全部悪い夢だったんだ。
……そこで、アラームが鳴って目が覚めた。
これまでの事もあの事件も何もかもが本当に夢だったんじゃないか……?そんな事を思ってしまったが、まだあまり座りなれていないシートとコクピット全面を埋め尽くす計器とコントロ-ルパネル、そしてキャノピー越しに見える広がった青空がそれを否定する。
ちょうどそれを見計らったようなタイミングで通信が入った。
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