第26話 再会、美晴と甲太郎
……コチ……コチ……コチ……コチ……
だいぶ傾きかけた夕方の低い太陽光線によって、真っ赤に染めあげられた二人っきりの静かな部屋に、アナログな時計の秒針の音だけが響く。
この部屋に入ったのは4~5年ぶりだろうか。多少、あの頃より物は増えているけど、そう大きくは変わってはいない、可愛い部屋だった。大きく違うのは立派なタワーPCと、そこに大型のディスプレイが三つ繋がっているのはまぁ普通としても、どうしても目立つのは巨大な液晶タブが繋がっている所だろうか。見た限りではかなり本格的なマシン構成。それにあと、変わった所ではなぜかエレキギターやガンプラやキャンプ道具?が並んでいる。
中から出てきたのは良く見れば確かに間違いなく竜崎……竜崎美晴だったのだが、まず違ったのがメガネ。カラコンも外している。その性か学校で見る時より、目つきが良く言えば優しく、悪く言えばおどおどしていて、かなり挙動不審。
学校ではばっちり決めているメイクも落としたみたいで学校での印象よりかなり幼く見える。髪の毛は鬱陶しいのか、後と頭の上の所で雑に括ってあるから、てっぺんがたまねぎみたいになってる。
姿勢も背筋をピンと伸ばした堂々としている学校での姿とは全然違ってて、猫背で姿勢が悪く顔はうつむき加減である。服はジャージを着ているのだけど、たぶん中学の時のだ。だいぶくたびれてる上に、当然ちょっと小さめでおへそや足のふくらはぎの所が見えている。そんなだから腹や胸の所もぱっつんぱっつんで、特に机の上に乗せられて横に潰れた巨大な胸は横に並んだ二つの大きい鏡餅みたいになっていた。
きっと家にいる時の一番楽でリラックスしたいつもの姿勢なのだろうが、まったく僕を意識することなく馴れた素早い手つきで、おもむろにジャージの首の所をかなり前までグイっと大きく引っ張って、腋の下辺りに向けて深くズボっともう片方の手を突っ込んで、その巨大な鏡餅のパイポジをぐいぐいっと左右で2回直した同じクラスの女子の姿は大迫力かつ衝撃的で、いつも学校や教室で見る彼女のポジティブだった健康的・肉感的な印象が、今は怠惰、無頓着、だらしないという、かなりネガティブなものになってしまった。
しかし小学校の時の、ここで普通に会っていた、まだ仲良かった頃でもここまで大きくは……いや、小学生の頃から身長も含めて割と成長が早くて、不釣り合いな大きさでランドセルを背負うと背負いベルトでさらに協調されるのを、一部の男子にからかわれてたっけ。それがイヤなのか姿勢が悪く、背中を丸めて目立たないようにしていたのを思い出した。
その頃の雰囲気は今ここでのとも、最近の学校のそれともまったく全然違ってるけど、今の自信なさげで姿勢が悪い所は小学校の頃とかなり重なるが、あの時は今よりもう少し元気があったような気がする。
……それにしても……
気まずい。
ここへ来てからもう10分ぐらい経ったけど会話が始まらず、部屋の真ん中の机の両側に座って相対している。
家には今は他に誰も居てないようで、同級生の部屋に二人きりというシチュエーションは色々考えないわけではなかったけど、いつもの雰囲気とあまりに違い過ぎてそれ所ではなくなってしまった。とはいえ、小中と見慣れていた姿はどちらか言うとこっちのイメージの方が近くて、今の高校へ通ってる時の方がよっぽど印象が違うけど、唯一ピアスだけが今の学校verのままなので、この今の自宅地味verだとその耳の部分だけがかなり浮いている。
とりあえず、このままでは埒が明かないので話題を振ってみた。
「……学校にいる時とは随分雰囲気が違うんだ」
「……ああ、うん、そんなに違うかな……」
いや、違いすぎだろ……壁にかけてある制服がなけりゃ同一人物だって思えないし……
「学校だとメガネかけてないじゃん?」
「……顔、はっきり見えると怖いから……」
姿勢こそリラックスしているが、目はキョロキョロと始終落ち着かない様子で瞬きも多く、しきりに髪の毛を触ってて、かなり緊張しているのがわかる。
……会話が続かない……
それからも少しの間落ち着かない様子だったが、ようやく口を開いた。
「なッ……なん……南原さんって……さ……」
「……ん?」
「……可愛いよね……」
いきなり何の話だろう……なんで瀬良さんの……南原さんの話?
「ああ、うん、そうだね、確かに」
「小さくってさ、華奢でさ、いちいち可愛らしくて」
「……まぁ……そうかな……?」
「やっ……やっぱり男の人ってああいうタイプが好きなのかな……?私、大きいからさ……ああいう感じに憧れてるんだよね……」
「あーでも、小さい子は確かに可愛いけど、大きい子もそれなりに良いと思うよ?」
「……そ、そっかな!?」
そこでようやく緊張がほぐれたのか、落ち着きなくさ迷ってた目線もチラチラとだけど少しこっちを向けられるようになった。気がする。
「……かカッ……身体はもういいの……?」
「ああ、うん、まぁお医者さんは大丈夫って言ってた。ありがとう」
「……そう、良かった……」
……やっぱり続かない……でも、またしばらく沈黙が続いた後……
とうとう本題に入る。
「……もう……乗らないの?」
「……サイガーマシンに?」
「……うん、そう」
「……ああ……うん……そういうわけじゃないんだけど」
話を振られて、またあの時の事を鮮明に思い出す。本当に最後になっていたかもしれない瞬間を。
「あの日の最後の方……コクピットがへしゃげてきてさ、天井や壁のフレームが歪んでキャノピーにひびが入って砕けてさ。ケガして血が出てきてさ……」
思い出すと身体が震える。どうしようもない回避不能な死への恐怖。
「……もう、あんな怖いのイヤなんだよ……」
「そう……」
さっきまでそわそわ落ち着かなかった竜崎だったのに、今は強い意志を持って僕を見つめていた。
「今度は私も行く……私はやるよ」
「……えっ……?」
「あの最初の事件の時さ、たくさん人が死んでるのを見て、今まで住んでた街が燃えるのをみてさ。もうあんな光景は見たくないんだ。あんなのをもう一度見るぐらいなら……」
「いやいやいやいや、危ないって!」
「甲太郎がやらないなら、私は一人でもやる。あいつら絶対許せない。どこから来たか知らないけど、元居た所に追い返してやる。追い出してもまた来るなら、元もやってやる」
「…………」
「……でも、甲くんと一緒なら……私は絶対に負けない……一人だと怖いけどさ、二人ならなんとか、さ。心細くないじゃん。ダメなら二人で死のうよ。次に頑張ってくれる人が少しでも楽になるようにやってから……さ」
「竜崎……」
「まぁでも、死ぬつもりはないけどね……でもそういう覚悟だけはしておかないと、ね……」
帰ろうとして二階の竜崎の部屋から一階に降りると竜崎の母親が帰っていたようで、もう帰り際だけど軽く挨拶をする。
「お邪魔してました」
「……ああ、芹沢くん?いらっしゃい。久しぶり。大きくなったわね」
この人と会うのも何年かぶりだ。
「ママはもういいから!外まで送ってくる」
そう言って竜崎が玄関へ急かす。
最後、竜崎母はかなり疲れたような困ったような、そして悲しいような、そんな微妙な顔で僕を見送った。
「……美晴を……よろしくね」
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