第21話 サイガー・ファイター、出撃せよ!

『データのリンク試験です』

『メインエンジンNo.1、No.2オン。No.3、No.4……』

『確認した、サイガー1』

『こちらサイガー1・OS』

『了解、サイガー1、出撃番号は1番。航空記録レコーダー、コックピット音声レコーダー、オン』

『全兵装積み込み完了しました。予備残弾のカウンターの確認をして下さい』

「残弾カウンター……確認しました」

 訓練で何度もやった所定の項目を手順に沿って一つ一つ問題がないか確認していく。外部の点検・整備も終わったようだ。

『担当箇所の点検が終わった整備員は速やかに退去してください』

 整備の担当を示すカラフルなジャケットを着たスタッフの人達が外側の点検が終わった順に機体から離れていく。

「戦果を期待しています!ご武運を!」

 最後、機外からキャノピーを拭いてくれていた人が、そのキャノピー越しにでも聴こえるような大きな声で激励した後にサムズアップして降りて行ったのを、残念ながらほとんどノーリアクションで見送る。自分のことでいっぱいいっぱいで頷いた以外はほとんど何も返せなかった。

「こちら、サイガー1。移動許可、お願いします」

『了解。サイガー1移動開始。外部電源のケーブルを外してから、牽引車を接続して牽引開始します』

『第2カタパルト要員は所定の位置に移動を開始してください』

『中央エレベーター及びターンテーブル稼働準備』

 様々なアナウンスが基地内に響き、サイガーファイターの一番前のランディングギアに牽引車が接続されて、格納庫から移動するためにゆっくり前進を始める。離れた所にある射出口からカタパルトに乗せて射出するためだ。

『サード・ゲート・オープン!サード・ゲート・オープン!』

 厳重に閉じられていたNGELのロゴ付きの分厚い隔壁が三つに分割されて左右と上にゴトゴトと開き、数人の誘導員が周囲の安全を確認しながら進んでいく。

 鉄骨で補強された壁面に大小のレールが床面から、壁・天井まで色んな方向に走っていて、それを避けるように大小のパイプやダクトが縦横に走り、クレーンがあり、エレベーターがあり、階段・梯子があり何層にも渡って作業が出来るようになっている。そこには様々な機器が並んでいたり、フォークリフトや小型のクレーン車が動いていたりする。視線を上に向けてもコントロール室で操作している人や、上の方のデッキや手の空いている人達や、その他たくさんの出撃のために忙しく働いている人たちも、手を止めて帽子や手を振って「頑張れ!」と声をかけてくれているのが見える。この一度の出撃の為にどれだけの人が関わっているのだろうか。いや、設計から始まって、小さいパーツはネジやベアリングを作った人から建造~整備~出撃までどれだけの人たちがかかわっているのだろう。

 そんな大勢の人が関わって完成させた、今は傷一つない真新しい機体が、ほんの何十分後には、それが見るも無残なスクラップになっている可能性さえある……

 そんな人たちの為に……いや、他のみんなの為に負けるわけにはいかない。

 もう二度と街が壊されて、たくさんの人が倒れている光景は見たくない。

 そう思うと全身が震える。また緊張で胃がキリキリ痛んで吐きそうになる。

 ……よし、他の事を考えよう……

 サイガーファイターは基本が戦闘機なので上方視界が良く、天井に設置してある照明が時折直接目に入って来て眩しい。

 もっとも、視界自体はヘッドマウントディスプレイで確保されているので、実際の肉眼による目視はそのシステムの補完なのだけど。

 たまに『頭上注意』『ご安全に』『無事故100日達成』などの標語や注意書きが見えたり、大型パレット移動中・危険注意を促す赤色灯がクルクルと回っているのも見える。この区画は基地と言うより工場の方が近いかもしれない。

 しばらく進むといきなり視界が大きく開けて基地の中心にある巨大な円形の吹き抜けに出た。

「おお……!」

 この大きな吹き抜けは基地最下層の地下10階から地上一階の施設まで貫いていて、その中央にこれまた巨大な転車台……ターンテーブル付きのエレベーターが設置されている。サイガーマシンのような大きな物を階をまたいで動かす場合は大体の場合はここを経由して移動する事が多い。

 最初に基地の案内をしてもらった時にここの説明もしてもらったけど、何度見てもすごく広大な空間だ。工事から完成~運用まで含めて可能な限りこの基地の存在を秘匿する為に、生活から娯楽までなるべく基地内で完結出来るように作られているらしい。サイガーマシンも各地の工場で作られたパーツはなるべく用途がわからないように製造されて搬入にも細心の注意が払われ、運び込んだ後にここで最終組み立てが行われたそうだ。

『今から中央エレベーターを使用します。周囲のスタッフは昇降機の稼働が終わるまで注意してください』

 注意を促すアナウンスが流れ、その真ん中にある巨大なターンテーブルの中心で止まると、ゆっくりと回転を始めた。このエレベーターを中心に放射状に作られた基地内を見渡しながら、視界がグルリとおよそ1/3周して止まった所で、ブザーが大きく鳴り響き、エレベーターが上昇しはじめる。今いる地下6階から地下3階に移動する為だ。

 そして今回は第2カタパルトから出撃する。

 ただし、その分かなり長い距離を移動する必要があるが、なるべく場所を秘匿出来る発進場所がそこらしい。

 その第2カタパルト射出口に移動が完了するまでおよそ30分。

 ここに着いた時は暑かったけど、エアコンが効いてきたのでだいぶ快適。

 しかし、コクピットに座ってチェックを済まして空調も効いて涼しくなってくると、気持ちもかなり落ち着いたのか、猛烈にお腹が空いてきてしまった。

 朝食はちゃんと取ったのだけど、極度の緊張でトイレと待機場所を行ったり来たりすることになって、ほとんど胃の中に残っていない。

 たまらなくなって、さっき南原さんからもらったお茶をまず一口飲んでから、お弁当を開ける。可愛いお弁当箱だ。中身はシンプルにおにぎりと卵焼きとウィンナーだった。

 卵焼きは綺麗に巻かれていて、ウィンナーには美味しそうな焦げ目が付いている

 しかもちゃんとお手拭き付き。挟まっているメモには頑張ってと書かれていた。

「南原さん、ありがとう……」

 もうすぐ死ぬかもしれないのに、それでもお腹は減る。

 これが最後の食事になるかもしれないんだな。

 とにかく、お腹が空いたまま死にたくない。

「……美味しい……美味しいなぁ……」

 おにぎりが気持ちに活力を与える。前向きになれる。

 最後にステンレスボトルに入った暖かいお茶をもう一度飲んでかなり落ち着いた。

「あ、忘れる所だった」

 もそもそ食べながらポケットに突っ込んでおいた、あの事件当日に撮ったみんなの写真を見やすい所に貼る。よく、映画とかで見るコクピット風景だが、まさか自分がやることになるとは、世の中わからないけど、同じ立場になると良く理解出来た。ここはひたすら孤独なのだ。しかし、そんな写真が一枚あるだけで自分が一人じゃない、他の誰かと繋がっていると思えて孤独が和らぐ。我ながら単純なもんだと思う。

 色々考えたり思い出したりしながら食べたり飲んだりしていると登っているエレベーターが地下3階に到着して、またゆっくり前進を始めた。

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