第20話 私がサイガーマシンのOSです

 さっきから緊張と不安でトイレと待機場所を行ったり来たりしてる。といっても、もうえずくだけで何も出ない。当然昨日もほとんど眠れなかった。

 これを最後にしたい……時間的にももう無理だし……と、またトイレから出て、口をゆすいで顔を洗う。

 ゲッソリしたまま、よろよろと待機場所に戻ると他のメンバー4人が来ていた。あの竜崎まで心配そうにしている。

「大丈夫か……?なんかかなりヤバそうだけど」

「うん、まぁ、あんま大丈夫じゃないけど、大丈夫……」

 早乙女が声をかけてくれるが、こっちはもういっぱいいっぱいである。

「あの……これ、お弁当。今はあんまり食べる気にならないだろうし、食べる暇もないかもしれないけど一応持って行って」

 そういって南原さんはカラフルなランチバックに入ったお弁当とステンレスボトルを渡してくれた。

「ありがとう……じゃぁ行ってくる……」

「生きて帰ってこいよ」

「無理しないでね」

「……気を付けて」

「こんな事しか言えないけど、ここのモニターで見て応援してるから」

 四者、四様の励ましの言葉を聞いて部屋から出る。


「まぁ大丈夫よ、前回の襲来の時に得られたデータからかなり持つように作られてるから。だから自信を持って戦ってね」

 待機場所から出てサイガーマシンの格納庫まで同行してくれている町田先生がそう言って励ましてくれる。

「だといいですね……そう信じたいです」

 その時、大きなサイレンが何度か鳴り響いた後に、アナウンスがはじまった。

『対象は北西に向けて移動中。約二時間後に神杜港に上陸予定』

 来襲が予測される地域に存在する端末全てにアラートメールが送信される。誘導事前に決定された端末の位置から導き出され最適な避難場所への移動方法が地図と共に書かれているので、それにしたがって移動すれば避難出来るようになっている。

 公共交通機関は全て避難用に振り向けられて、もし移動が困難な場合は公共施設の地下に設置された防空シェルターに避難することになっている。

 俄かに慌ただしく、騒がしくなってきた基地内の更衣室でサイガースーツに着替える。

 これはサイガーマシン用に開発された専用スーツで、温度調節はもちろん、それ自体がサイガーマシンの操作が楽になる機能があっていたり、対G機能(激しい機体の挙動によるGで失神しないように、身体を締め付けて脳に血流障害を発生しないようにする)も付いている。他にもオプションだけど生命維持装置を付ければ短時間だけど宇宙での船外活動まで可能になる優れものらしい。

 スーツを着替えた後は最後にヘルメットを被る。HMD(ヘッドマウントディスプレイ)で、冷却装置……つまり頭が暑くならないような装備まで付いているから少し重いが、コクピットの中ではパワーアシストが付くので重さは気にならない。

 着替えた後は、また町田先生と機体のある格納庫まで歩く。

「緊張してる?」

「ええ、まぁ……かなり……」

「気軽に、とは絶対に言えないけど、今のあなたにしか出来ないことなの。逆に言うと今のあなた以外にできる人はいないの」

「あなたが失敗するってことは他の誰がやってもあなた以上に失敗するってこと」

「だから、あなたが全力を尽くしてやりきった結果ならどういう結果になっても誰に文句を言われるいわれはない。だから頑張って」

 そういってまた抱きしめてくれた。今はサイガースーツ越しだから匂いも体温もあんまり感じられないけれど伝わってくるものはある。

 そうだ。とうとうその時が来てしまった。

『まもなく、サイガーマシン1号の移動を開始します。進路上のクルーは移動に備えて安全地帯まで退避してください。繰り返します。まもなく……』

 アナウンスとともに、移動の注意を促すブザーが鳴り響く。


 時間だ。

「では搭乗します。行ってきます」

「……私はここで見守る事しか出来ないけれど、頑張って」

 サイガーマシンの巨体を支える、巨大なタイヤが付いた太くて頑丈そうなランディングギアが何ヶ所か生えている底面の一部四角く切り取られて開いているハッチから伸びているレールに取り付けられてたシート座る。

 持ってきた荷物はシートの下の物入に入れて、6点式のハーネスを付けて安全を確認して搭乗スイッチを押すと上方へ向かって動きだした。

 小さく手を振りながら心配そうに見送る町田先生を見ながら上昇していたが、数メートル登って機体に入った所で見えなくなった。

 シートはレールに沿って外が見えなくなった辺りから徐々に加速しながらまずかなりの距離を上へ引き上げられる。イメージとしては四隅の照明がラインのように連なって薄っすら点いている薄暗くて狭い煙突状の通路を、少し速度が早いフリーフォールの上に登っていく時みたいな感じだろうか。乗り心地はそう悪くないが、床も何もない背中だけ固定された椅子が、閉鎖された狭い空間を、座っているとは言え、かなりの早さで動くので結構怖い。だいぶ登った所で少しずつ減速してきて、一旦止まった後にスライドしてきた床で登って来た通路が埋まり、今度はシート正面方向に前進する。そのアトラクションの終点はサイガーマシン1号、ファイター形態のコクピットだった。

 それまでほとんど暗闇だったトンネルを抜けるといきなり真っ白に明るくなって視界が広がる。地面……床からは10mぐらいの高さだろうか。キャノピー越しに天井から格納庫の隅々まで一望できるが、結構……というかかなり高い。

 目が慣れてくるとコクピットの中が良く見えるようになった。正面に大きなタッチパネルと、大小アナログな計器とツイッチが並んでいる。左右にレバーが二本、足元にはペダルが3つ。

 戦闘機形態の時は普通の航空機とほぼ同じで左のレバーがスロットル+兵装の引き金ボタン、右が操縦桿、ペダルはラダーになっている。

 実は、シミュレーターではこのコクピットに座って操作したが、実機に乗ったのは初めてだったりする。それもそうか。完成したのはついこの間だもんな。

 とにかく出撃手順のチェックを始める。まずはメインの電源スイッチをオン。

 機体コンピューターが起動し、ディスプレイにOS画面が表示される。

 このディスプレイはタッチパネルになっているけど、両側のレバーの親指の所が十字キーになっているので、画面にタッチしなくてもレバーを握ったままでも操作できるようになっている。ちなみに、人差し指の場所にはトリガーボタン、中指の場所にはキャンセルボタン。

他に音声でも入力できるが、決定~発射はトリガーを引く。

『こんにちは、私がサイガー1のOSです。よろしくお願いします』

「……ああ、うん、よろしく」

 そうこうしていると起動した機体OSがしゃべり始めた。

 ……これが僕を巻き込んでここに座らされることになったOSか……

 最近のPCのOSにもAIが組み込まれていてOS娘の3Dモデルに合わせてしゃべる機能まであるのだけど、これはそれのもっとすごい版らしい。すごいけど、今の所タッチパネルに3Dモデルは表示されてはいない。まぁ戦闘中に表示されても邪魔なだけだろうけど。ただ、退屈な時にはそういう機能があった方がいいかもしれない。

 声自体も人工音声なのか、声優さんが吹き込んでいるのかわからないけれど、すごく可愛い声なのだが、素直に喜べない……

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