第17話 独白、そして告白

 ついこの間まで、放課後といえば授業から解放された生徒達のおしゃべりや部活動なんかの喧騒も、あの事件以来、授業は短縮、放課後の活動は全部中止になってしまったので、午前中の騒がしさは嘘のように校内は静か。当然、レクリエーション合宿も延期。学校活動がいつ元に戻るのかわからない。

 更に編集作業をするために確保した教室辺りはそもそも人がいないので、時が止まったかのように静かである。そんな校舎の中を一人で歩いていく。

 目的地の教室へ到着すると、ドアの鍵は開いていたので中に入る。

 そこにはメッセの送信者……南原さんがもうすでに来ていて待っていた。

「待たせちゃった?ごめん、なるべく早く着たつもりだったのだけど」

「ううん、大丈夫、私も来た所だから」

 ……そう言って少し沈黙した後に言葉を続ける。

「えっと…………その……色々大変だったね……あれから、あんまり会えなかったし……。最近どんな感じ……?」

 てへへと、困ったような思いつめたような緊張した笑顔で尋ねる。

「僕は……ぼちぼちかな……南原さんは?」

「私は……あんまり眠れなかったり。直接あの場に居合わせたのは私のクラスでは私と荒砥くんだけで、質問攻めにされちゃったりして。それでもだいぶ落ち着いたんだけどね」

 かなり疲れた顔してたのはその性もあるのかな。

「3組はどんな感じ?」

「ああ、うん、4組とあんま変わらないんじゃないかな……みんななんか事件に興奮してる……っぽい。でも僕はともかく竜崎はそもそも周りとコミュニケーション取るタイプじゃないし、もし聞かれても人を殺せそうな目力で黙らせてる」

 これには南原さんも、たははと苦笑い。

「……で、その……お父さんは……?」

「ああ……その……やっぱりダメだった……それで、あんな事があった後だから、葬式とかはもう少し落ち着いてからって事になった」

「……そっか……」

「まぁ、いつも忙しい人で、ほとんど家にいなかったから、まだあんまりピンと来てないんだけどね」

 フォローになってるかなってないか微妙なフォローでまた沈黙する。空気がどう考えても重いので、話を変えることにする

「そういや町田先生の話、驚いたよね~!いきなりあんな事言われても困るっちゅーねん!親父もなんて事を託すんだか」

「だよね……」

 ここへきてようやく薄くだけど笑顔を見た気がする。

 ……けれどそんな笑顔は一瞬で、すぐまた表情は曇る。

「……まだ乗るって決めてないんだよね?サイガーマシン……乗るの……?」

 意を決した目の前の女の子が、これまたその容貌にたがわぬイメージそのままの声で僕に尋ねた。その可愛い声もまた今のこの静かな教室に良く響く。

「……まだわかんない……正直だいぶ迷ってる。今の僕にそんな大それたこと出来るとは思えないし」

「……じゃぁさ、じゃぁさ、やめとこうよ!ね?芹沢君ががやらなくてもいいじゃん?他の誰かがやってもいいんでしょ?」

 時計の音だけが聴こえてたように思っていたのは、この綺麗な唇から発せられたつぶやきを完全に無視していたからみたいだ。それほど、このありえないシチュエーションに戸惑い、緊張して何がなんだかわからない状態になっていたみたい。

「ついこの間知り合っただけだけどさ、芹沢君に死んでほしくない!」

 そこでとうとう南原さんの燻っていた気持ちが爆発した。

 一瞬何が起きたかわからなかったけれど、少し遅れてようやく理解する。

 ……強く抱きしめられて、すごく間近に女の子の匂いがする、柔らかい、サラサラの茶色がかった綺麗で髪の毛。その生え際に旋毛が見える、体温が暖かい、息遣いが近い、人肌から気持ちが伝わってくる……

「私とあなたさえいれば!私、芹沢君の事が好き……好きなの!」

 更に強くぎゅっと抱きしめられて……

 ……近い……綺麗な瞳に見つめられる。間近に見ると少し日本人離れした容姿な気がする。

 笑うとすごく可愛いけど、今は思い詰めてて、すぐにも泣きだしそうな顔だった。

 そこで決意が固まった。


「……ありがとう……でもごめん。ようやく気持ちが決まった」

 えっ……?って声もなく驚いた顔。

「初めて告白してくれた君のために戦う」

「そんな……の……絶対にダメだよ!」

「僕は勇ましい方じゃないから、国のために戦うとか死ぬとかそんなの無理だけど、具体的に誰かのために、なら戦えるし、死ねると思う」

 それまで一方的に抱きしめられるだけだったけど、今度は僕から力いっぱいの気持ちを込めて抱きしめると、もっと強く、もっと身近に存在が感じられた。

「もし僕がダメだった時は逃げて」

「……逃げるって……言っても……どこへ逃げれば……?」

 震える涙声でしゃくり上げながら、なんとか聞き返す。

「どこでもいいから……絶対に生きて」

「ううっ……あああああ……!」

 もう最後は言葉にならなかった。僕ももう気持ちがいっぱいで上手く伝えられないけれど、何とか最後の思いだけは言葉にした。

「そして全部終わって、僕がまだ生きてて、南原さんの気持がまだ変わっていなければ……その時に改めて返事をするから……それまで待ってて」

 ごく近くから僕を見上げるように見つめる南原さん……瀬良さんの顔は涙でぐしゃぐしゃになっても、可愛くて、そしてすごくきれいだった。

「その時にはもっともっと芹沢君の事を知って、絶対にもっと好きになってるから……!」

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