第37話 終焉
晴も零も、もう一人の女の子紘も自立し家を出て行った。
家が広い。晴を筆頭に孫も続々と産まれた。
千絵は八十二歳になり、痴呆が見られた為施設に入った。後藤はまだ施設に入る心配はなさそうだ。
千絵は物が食べられなくなり(誤嚥の可能性が見られる)、胃ろうの手術を受けた。胃ろうとは穴を開け、チューブから直接栄養素を送り込む。その後、腸瘻の手術を受けた。腸瘻も同じく腸から直接栄養を送り込む。
「正治、お寿司やったら食えるわ。連れてってや」と度々子供のように後藤を困らせた。後藤は千絵の手を握り「あかんねや千絵。今はな。明日行こな」と説得する。
明日になれば記憶がリセットされる。それを見越しての言葉だ。
ふと千絵が窓際に目をやるとモコとちくわとチロの声がする。
「逢いにきてくれたんやなぁ」と呟き千絵はそのまま昏睡状態に陥った。
後藤から連絡がいき晴、零、紘、それに孫たちが集まる。
「もう随分と前から腸瘻からも栄養素が取り込めていません。残念ですが、今夜でしょう」医者はそれだけを皆に伝え、病室から去って行った。
千絵は虫がうじゃうじゃといる暗く寒い湿ったトンネルを歩いていた。
見た目は二十代に戻っている。
トンネルの先に良い香りがする。早くそこに行きたい。
トンネルから出るとそこは綺麗な花畑で大きなシャボン玉に沢山の人が心地良さそうに入りふわふわと浮かんでいた。「千絵のシャボン玉はどれやー」と探していると、モコ、ちくわ、チロが入ったシャボン玉を見つけ、それに吸い込まれていく。
「逢いたかったで。これからずっと一緒やな」とシャボン玉に納まった。
同刻、千絵の心臓は止まった。
皆が涙を流している。後藤の泣き声が微かに聞こえた。
「千絵、置いていかんといてや」
手が温かい気がする。後藤が握ってくれているんだろう。
「正治もはよこんかなぁ、気持ちええのになぁ」と千絵は安堵の表情で浮かんでいた。
一人の女の人生 村崎愁 @shumurasaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます