第33話 出産

 結局後藤に根負けし結婚を承諾した。決め手は初めて家に呼んだ日にちくわのお骨を見て涙を流したからだ。

 後藤は大変ケチだ。結婚指輪はペアで二千九百円のものだった。

 しかしそのお陰で貯金はできる。だが思ったよりも楽しくはない。良い点でいけば優しい所、浮気の心配がない所だ。

 結婚とはこういうものなのか。やはり佐奈子と暮らしていた滅茶苦茶な生活が楽しかった。

 肉体関係は結婚して大きな腹で一度だけ行ったが、相性で言えばあまり良くない。とても言えないが大樹との方が良かった。戻りたいとは思わないが。

 そして後藤はA型らしいA型で、決まった所に決まった物を置き、毎日同じ事の繰り返しで退屈であった。

 そんな中、ついに陣痛が始まった。

「後藤さん、お腹痛いわ」未だに後藤と呼ぶ癖は抜けていない。

「千絵も後藤やで。って産まれるんか?」

「今、破水したから産まれると思う。いつまでかかるか知らんけど」

「おー名前考えとかんとな」後藤は自分の子ではないのに嬉しそうだ。

 陣痛タクシーを使い病院へ向かう。それまで病院へ行かなかったので男か女か、障害があるか無いかもわからない。

 千絵が病院へ着くと後藤はすぐに駆けつけてきた。そしてインターネットで調べたのか、ゴルフボールを買ってきて腰の辺りをさすってくる。

 それも鬱陶しい。何度産んでも痛いものは痛い。この時ばかりは後藤に居てほしくなかった。結局それから六時間後に男児が産まれた。

 どうやら健康らしい。そして、少し大樹の面影はあるが可愛い。

「名前、ちくわにしよかな」と千絵は呟く。

「なんやねんそれ。虐められるわ」後藤は男児を抱きかかえ、産まれてからずっと笑顔だ。結婚してから初めて「幸せ」と実感した。

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