第32話 出会い

「松尾さん、悲しい思いさせてごめんね」

「いや、俺はちくわの事しっかり考えてた」帰りの車の中で静かに話した。


 やはり、帰ってきてもちくわは居ない。家が広く感じる。あれから全く寝れていない。


 三日後にコンビニエンスストアへ行こうとしたら二十センチ程の子猫がすり寄ってきた。

 真っ白のオッドアイの子猫だ。

 心にそんな余裕は無いのだが、一匹で母猫とはぐれたのだろうし、頬っておけず連れて帰った。


 名前は小さくて白いから略して「チロ」となった。

 とてもじゃないが、モコやちくわの代わりにはならない。

 別物として可愛がった。あっという間にちくわの死から一か月が過ぎようとしていた。

 チロは男の子でヤンチャだ。去勢を済ませ、ワクチンを打ち、健康診断を行ったが何も問題はなかった。始めは「綺麗やな」と思っていたが、オッドアイも気にならなくなった。大型犬を看取った松尾は新しく猫を飼うのに「壊れたら新しい玩具を飼うわけやないんやで」と反対していたが、チロを見て、触れて気に入ったようだ。

 

同時期、後藤という男性からプロポーズをされて迷っていた。

「腹の子供は俺の子供にするから結婚してください」

「千絵ちょっと考えるわ、彼氏との事もあるし、ちくわの事でちょっとな」

「待ってるから。ゆっくりでええのよ」と余裕を見せた。後藤は千絵の七つ年上でとても純粋だ。仕事も頑張っている。結婚相手にしては不自由ない。

 だが理屈っぽい所があり、相手の意見は通るまで正論を述べるところが少々疲れる。

 大樹には別れをラインで伝えた。かなり駄々をこねられた。

 鍵は郵送で送ってもらったが、家は諦めずに来る。その度出ないように息を潜めていた。

 後藤と毎日通話とラインをして、灰色だった生活に色付いた気がするが罪悪感ももちろんある。

 腹の子は別の男の子供だ。本当にそれでいいのか。

「チロ、後藤さんどうかな?」と聞くと首を傾げてニャアと鳴いた。




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