第30話 迫りくる病魔

 七か月になった千絵の腹は誰がどう見ても妊婦だ。

 大樹と逢うことは控えている。結婚等と言い出すかもしれない。

 三日に一度は向かいに住む松尾という中年男性の家に行き、犬たちと遊ぶ。

 そしてちくわを連れて行き、様子を見せると「覚悟しておいた方がええよ、千絵ちゃん」と悲しげに言った。この松尾が旦那だったらどんなに良いだろうか。


 松尾は心根が優しい。譲渡した犬たちも千絵より懐いている。

 だがタイプではないし、腋臭で人格は変わらないがアルコール依存症だ。それに身なりに気を全く使わない。

 一緒に歩きたくはない。

 

ちくわはトイレに行けなくなり粗相をするようになった。夜も眠れていない。表情も死んでいるようだし、死臭がする。千絵もいよいよかとずっと顔を見ては撫でていた。

 首も動かせなくなり、ただ寝ているのか起きているのかはわからないが、目も駄目になっている。目の前で手を振っても瞳孔が動かないからだ。

 今日か明日かもしれない。千絵もこのところちくわの事が心配でろくに寝ていない。

 次の日になり、点滴を打とうか悩んでいたら、身体が硬直して口呼吸している。

 ゆっくり使っているタオルと共にベッドに運び手を握っていた。自力では動けない。あと一時間持つか持つかわからない。

 

松尾にラインではなく、ショートメールで(松尾はラインが使えない)連絡を入れると仕事を早退し、すぐに飛んできてくれた。

 二人で撫でながら様子を見た。ちくわは十五秒に一回程のペースで舌を出し、苦しそうに呼吸をしている。心臓が動いているのかを確認してしまう。

 こんなに苦しませるならば、安楽死をさせてあげればよかった、また同じことを繰り返してしまったと後悔しながら。

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