第21話 自殺願望の放棄

 何本を注射を打たれ心臓マッサージも四~五十分経っただろうか。千絵はもう辞めてあげてくださいとお願いをした。

 看護師は総出でモコの処置を行い「一瞬戻ってきたんです!まだ可能性が!」と手を緩めることなく続ける。

 しかし少しの希望も裏切られ、モコはだらりとだらしなく舌を出したまま亡くなっていた。


 こんな事ならば、苦しい思いをさせるのであれば安楽死を選んであげるべきだった。

 本当にならば、だが。


 モコの葬儀は翌日一人で済ませた。火葬の前に祭壇に置かれたモコに最期にかけた言葉は考えて出したものではなく、自然に「モコ、ありがとう」と発せられた。

 ちょうど、七月七日七夕、気高いモコらしい最期を迎えた。


 黒井から裏切られ、モコは亡くなった。

 その頃動物愛護活動を一人で行っており、家には虐待を受けた犬、保健所から引き取った殺処分手前の犬、そしてちくわがいる。

 一人では限界がある。ただもっと多くの命を救いたい。だがこれ以上生き延びたくもないという葛藤の中にいた。


 千絵の自殺未遂は拍車がかかっており、どうすれば確実に死ねるかとばかり考えていた。それほどまでにモコの存在は大きく黒井の件で、頭が常にうまく回っていない状態だ。


 とある日に晴れた日に首の頸動脈を新品のカッターで切った。

 少しだけ開いていたカーテンに血しぶきが窓に飛び、高齢の、心配性の大家が(心配性でなくとも女性の一人暮らしの窓に血しぶきが飛べば何かしらの行動は起こすだろう)警察と救急車を呼んだ。


結果、首の処置をされて、二十扉の精神病院へ入院する事となった。措置入院そちにゅういんという強制的なものだ。面会は無し、必要最低限の下着やパジャマなどの差しいれは親族のみ許可が出る。

 早くそうなってもおかしくはなかった。だがギリギリで生きるという事は何か意味

 があるのだろうか。


 四国で仕事をしていた悟はすぐに大阪まで飛んできてくれ、千絵にビンタをし「お前のやっていることは虐待と同じや。お前がおらんくなったら犬猫はどうなる。それに俺からもこれ以上家族を減らさないでくれ」と母の葬儀でも泣かなかった悟は泣き、それを見た千絵は目が覚めた。

 

大人になってからの悟の涙を見るのは初めてであり、それは千絵の自殺願望を失くす事に相当する。

「お前のことはもう知らん、家族でもねえわ。連絡もしてくるな」とだけ告げてすぐに四国にトンボ帰りをした。

悟には頭が上がらないし、感謝している。恐らくそれはずっとだろう。

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