第19話 別れと仕返し
車の中で大きく深呼吸をする。
そのようなものでは到底間に合わないのは分かっているのだが。
その市営住宅は家族でしか住めない。
「身体の弱い父と住んでいる」とは聞いたことがあるが、長野は結婚してくれていると言った。
頭の端にはあり薄々わかってはいたがこの目で確かめるまで、認めたくなかった。
目を閉じるとなぜかコロスケが浮かんでくる。早く大人になりたかった。
しかし、有り得ない話だが早く大人になっていたら父を殺していたかもしれない。
それほどまでに父を憎み、コロスケを大切に思っていた。
ようやく決心をし、黒井の部屋の前に立つ。
「黒井さん、出てきてください。いるんでしょう?」何度も何度も呼び鈴を鳴らす。
もう夜の二十一時だ。あまりのしつこさに近所の人がパラパラと顔を出す。
千絵は情けなく鼻水を垂らし泣き続けていた。
「何があったんですか?」
黒井は勿論妻も出てこない。微かに生活音がする。中には何が潜んでいるのであろう。
千絵は涙と鼻水で汚れた顔で「少しだけ嘘をつかれていただけです」と答え逃げるように車に走った。
最後だと思い、黒井にメールを送る。
「今、あなたの家に行きました」
たったそれだけだが、もしも外出していて不倫をしている既婚男性が読むと戦慄するに違いない文章であり、千絵に出来た最初で最後の仕返しであった。
家に帰ってモコを抱きしめた。モコは、何があったかわからずとも千絵が涙を流すと頬を舐めてくれる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます