第9話 自殺未遂

 横尾から愛されていたのだろうか。今となってはわからない。

 離婚した今、理解する気も最早ない。

 

千絵はその時を思い出すと今でも大きなため息が出る。まるで手足に重い碇を繋がれているようだ。

 娘を産んだことに後悔はない。

だが連れていけば良かったし、一人で子育てもできたはずだ。横尾と結婚したこと、悟に頼り切っていたこと、母の介護をもう少し頑張れば良かったこと。

 

様々な後悔の念がある。後悔したところで時は戻せず、かと言って開き直る根性も勇気もない。


 千絵は実家に戻り自殺未遂を図った。インターネットでハルシオンという睡眠薬を大量に買い、二百錠ほどを一気に飲んだ。

 過去の人生に絶望し、これからの未来に希望を抱けなかったからだ。それに、衰えていく父とうまくやっていけそうにない。

 

記憶には無いのだが、いつの間にか悟の部屋へ行き寝ていたようで、仕事を終え帰宅した悟は千絵を起こそうとのような(クリスマスに飾られるファイバー)で千絵の全身を叩いた。千絵の身体はどんどんと赤くなってくる。そのうちに悟は楽しくなり、顔にミッキーマウスの落書きを施した。悟の悪戯心だ。

 

ふらりと起き上がった千絵は布団の上で小便を漏らし、壁に向かってとても言葉とは思えない言葉を発した。

 悟はこれはまずい、とやっと理解し救急車を呼んだ。

 看護婦(当時はそういう呼び方だった)は千絵の顔を指さし「これは何ですか?」と悟に聞いた。

 看護婦は悟のストライクだったようで、顔を赤く染め、照れくさそうに頭を掻きながら「ミッキー、です」と返事をしたのを後に聞いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る