第4話 強制レベルアップ

 レベル692という馬鹿げた数字を聞いても、エレノアはそれを信じた。この到達不可能と言われた魔術師の迷宮奥深くに封印されていたのだから、それもあり得るかも知れない。


「信じてくれてありがとう」

 ヨルムは誰がみても魅力的な笑みを浮かべる。

 とてとてと近づき、ヨルムはエレノアの両手を握る。

「これからエレノアとうちの同期を行うわ。いい?」

 上目遣いでヨルムはエレノアに尋ねる。

 エレノアはこくりと頷く。

 金獅子の奴らに復讐するにはヨルムの力は不可欠だとエレノアは考えた。

 ヨルムの力が彼女の言う通りなら、金獅子の奴らを圧倒することができる。

 これは賭けだ。

 このまま迷宮の外に出ても金獅子の奴らに見つかれば人知れず殺されるだけだ。

 返り討ちにするにはヨルムの力を信じて、契約とやらを結ぶしかない。

 エレノアは決意した。

「頼む、やってくれ」

 そのエレノアの言葉を聞いたヨルムは妖艶ともとれる笑みを見せる。

「じゃあかがんでちょうだい。うちの額にお姉さんの額を当てて」

 少なくとも三百歳以上だというヨルムにお姉さんと呼ばれて、エレノアはおかしな気分になった。

 エレノアは頷き、ヨルムの純白の額に自分の額を押しつける。エレノアとヨルムはかなり身重差があるため、エレノアは跪く形になる。


「それでは契約者との同期シンクロを開始します。契約者の氏名を登録します」

 さっきまでの感情豊かなヨルムの声とは思えない冷たい声だ。それに口調も棒読みのようだ。

「エレノア・ジル・コカトリス」

 額をつけ、間近にヨルムの秀麗な顔をエレノアはみつめる。

「契約者エレノア・ジル・コカトリス。登録しました。これより魔力マナを契約者に注入いたします。契約者は衝撃に備えてください」

 棒読みでヨルムはエレノアに注意を促す。

 衝撃とはどれほどのものだろうかとエレノアが疑問に思った瞬間、体全体に激痛が走る。

 うっとうめき、エレノアはびくんと体を震わせる。不思議なことにくっつけた額ははなれない。

 全身の筋肉が千切れ、骨が粉々に砕けるのではないかというほどの痛みがエレノアを襲う。それを歯が砕けるのではないかと思うほど食いしばり、耐える。

「契約者のレベルが上昇します。26、39、47、61、88、102、136、182……」

 ヨルムが数字を読み上げるたびにエレノアの体が熱病に罹患したかのように熱くなる。ぜえぜえとエレノアは熱い息を吐く。意識がもうろうとする。

「契約者のレベルが224に到達しました。これ以上は生命の危機にあたるため、停止します。特技移譲スキルコピーに入ります」

 そっとヨルムはまぶたを閉じる。

 エレノアもそれにならい、まぶたを閉じる。

 エレノアは唇に柔らかな感触を覚えた。

 どうやらエレノアはヨルムにキスされたようだ。


 熱を帯びたエレノアの脳内にヨルムの声が響く。

「契約者エレノアのステータスに上書きします。移譲する特技スキルは槍術、身体強化、索敵能力、体力自動回復、耐魔法攻撃、耐物理攻撃、耐熱、耐寒、瞬足、風魔法、念話です」

 そのヨルムの言葉を聞いたあと、さらなる激痛がエレノアの体に走り、彼女は気絶した。



 いったいどれほど眠ったのだろうか。

 エレノアにはまるで見当がつかない。

 目を覚ますとヨルムが自分を覗き込んでいた。

 どうやらヨルムに膝枕されていたようだ。後頭部に温かな肌のぬくもりを感じる。弾力はそれほどないヨルムの太ももだが、心が落ち着く。

 目を覚ましたエレノアは自身の体に力がみなぎるのを覚えた。

 上半身を起こし、エレノアはヨルムの端正な顔を見つめる。

「いったい私はどれほど眠っていたのだ?」

 エレノアは尋ねる。

 かなり長い間眠っていたと思われる。

 エレノアの体感では二、三日ほど眠っていたと考えられる。


「おおよそ百八十日よ。急激なレベルアップにエレノアの肉体は限界を迎えたの。それから回復させるためにエレノアを一度仮死状態にする必要があったのよ」

 ヨルムは淡々とを状況を説明する。

 まさか半年も眠っていたとはとエレノアは驚愕を隠せない。迷宮外のことが気になって仕方がない。


「外にでないと」

 エレノアは立ち上がる。

 驚くほど体が軽いことに気がつく。


「待ってエレノア。ここは魔術師の迷宮の最下層よ。けっこうな宝物があるの。まずは装備を整えてからにしましょう」

 ヨルムも立ち上がり、エレノアの手を握った。

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