第3話 我が名はヨルムンガンド

 エレノアは脳内に響く声に導かれて、さらに迷宮の奥に進んだ。

 そして彼女は魔方陣が刻まれた扉の前に立った。


「ここが昇降機の入り口よ。その、アメジストの鍵を使ってみて」

 エレノアはその声の言う通りに鍵穴にアメジストの鍵を差し込む。右に回すと扉は開いた。そこは二メートル四方ほどの白い小さな部屋だった。壁や天井には何もない。ただただ白くて小さな部屋だった。

 ここで立ち止まっていても仕方がないので、エレノアはその部屋に入った。


「どの階までいきますか?」

 まるで感情のこもっていない女の声が何処かから聞こえる。


「さ、最下層までおねがい」

 エレノアは試しにそう言った。


「かしこまりました」

 そのような返答のあと、ドアが勝手にしまる。直後いいようのない浮遊感がエレノアを襲う。体感したことのない感覚に吐き気をおぼえていたが、すぐにそれは終わった。


「到着しました」

 感情のない声がそう言った。

 ごごっと扉が開く。



「ようやく着いたわね。お姉さん。そのまままっすぐ進んでよ」

 かなり暗い部屋をエレノアは歩いていく。生物の気配がまるで感じられない空間であった。生えている光苔はかなりすくなくて、油断すると転んでしまいそううだ。

 やがて、エレノアの視界に豪華な玉座が見えた。

 その玉座には何ものかが腰かけていた。

 よく見るとそれはローブを着た白骨死体であった。

 まさか、これが私を導いたあの声の正体か。

 エレノアがそう考えていると否定の声がした。


「違う違う、こいつは魔術師ワドナー。うちをここに閉じ込めた張本人。そしてこの迷宮を作った人物よ」

 少女の声は言う。

「私はね、この死体の首にかかっているアミュレットに封印されているのよ。ところでつかぬことをきくけどお姉さんは処女おとめよね?」

 この声は何をいいだすのかとエレノアは明らかに困惑した。

 そんな経験ないわよ。

 うつむきながら、エレノアは答える。

 エレノアは顔が赤く、熱くなるのを覚えた。


「よかったわ。うちを解放する条件が処女が一人でここに来ることだったから。まあ、お姉さん、そんなことは気にしなくていいよ。あとは簡単よ、このアミュレットに触れるだけでいいから」

 エレノアはその声の言う通り、気味の悪い白骨死体の首にぶらさがるアミュレットに人差し指でふれた。

 次の瞬間、目をあけていられないほどの光がそのアミュレットから発せられた。まぶしくて目が痛い。その痛みがとれるのに十秒ほどかかったと思われる。ようやくエレノアがまぶたをあけるとそこには小柄な少女が、立っていた。

 

 その少女は長くて、白い髪をしていた。少女の身長はだいたい目測ではるが、百五十センチメートルほどと思われる。その白髪は少女の腰までの長さであった。胸も薄く、全体的に肉つきはよくない。ただ、その顔は息をするのを忘れるほど美しかった。

「解放してくれて、ありがとうお姉さん。うちは終末の獣の次女でヨルムンガンド。ヨルムってよんでいいよ」

 ワンピースのような服をきた少女はスカート部分の裾の両端をちょこんとつまみ、お辞儀をした。つられてエレノアも頭をさげる。

「私はエレノア・ジル・コカトリスという、以後よろしく」

 突如出現した美少女にしどろもどろになりながら、エレノアは名乗った。

「ていねなあいさつ、感謝します。エレノア」

 にこりとヨルムは微笑む。心がとろけそうなほどかわいい笑みだとエレノアは思った。


「さてさて、エレノア。解放してくれたお礼にあなたの復讐を手伝ってあげようと思うんだけど、どうかな?」

 それは突然の申し出だった。

 生き残れたことで忘れかけていた金獅子への恨みが再燃してきた。

「ねえ、許せないよね。お姉ちゃんを自分たちの利益のためにこのダンジョンにおきざりにしたんだから」

 ヨルムの言葉の一つ一つがエレノアの心に油を注ぎ、恨みが炎のように燃え盛る。

「そうだ、奴らを許せない」

 唇をぎゅっとかみしめて、エレノアは言う。あまりに強く噛んだため、うっすらと血が流れて、鉄の味が口の中にひろがる。

  

 ヨルムはそっとエレノアの体を抱きしめる。唇からながれる赤い血をなめとる。不思議なことにエレノアの唇の傷は治ってしまった。

「わかるよ、エレノア。うちもこんなところに三百年もとじこめられていたからね。くやしいって気持ちはよくわわるよ。でも賢いエレノアは自分の実力をしっているんだよね」

 ヨルムはじっとエレノアの青い瞳をみつめる。

 それはエレノア自身がよく理解しいていることだった。

 金獅子のやつらに復讐してやりたいが、あまりにも実力差がありすぎるのだ。強さの目安であるレベルでいうとエレノアがレベル22で金獅子のリーダーであるアベルはレベル53であった。

 実力差は圧倒的で、そして敵は複数人いるのである。普通にいけば返り討ちまちがいないのだ。

「そこで、提案」

 びしっとヨルムは人差し指をたてる。

「エレノア、うちと契約しない?」

 ヨルムは首をかしげ、下からエレノアの顔を見る。

「契約とは?」

 エレノアは訊いた。

「アミュレットから解放されたもののうち、生命力エナジー不足なのよね。せっかく実体化できたけど、このままではまたあのアミュレットに逆もどりなんだよね。そこでエレノアは私に自身の生命力を分け与える。うちはエレノアの復讐に協力する。契約したらエレノアはうちの能力を使うことができるの」

 ちいさな胸をはり、ヨルムは偉そうにふんぞりかえる。

 

 しかしヨルムの能力を使えるようになるといっても、この見た目が十歳ほどの少女の能力で金獅子のやつらと対抗できるなんて、とても思えない。


「その目は疑っているようだね。ちなみにうちのレベルは人間でいうと692だよ」

 さらに後ろにひっくりかえるのではないかと思えるほどヨルムはふんぞりかえった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る