第2話 声に導かれて
突如、頭の中に響いた少女の声にエレノアは如実に混乱した。怪物の群れに今まさに包囲され、死を目前にしてどうにかなってしまったのだろうかと思った。
「そんなことないわ。これは
さらに少女の声が脳内に響く。
エレノアは瞬時に決断した。このままでは魔物たちに無惨に殺され、食われる結末がまつだけだ。その様子をどこかの誰かが安全圏から楽しむのだろう。
騙されて、死んで、その死が誰かの一時の欲求の捌け口になるなんてまっぴらごめんだ。私の死を楽しんだあと、そいつらはまた別の獲物を金獅子のメンバーに探させるのだろう。そしてあわれな犠牲者が量産されていく。
これは賭けだ。
エレノアは思考した。
この頭の中に響く声に従えば生き残れるかどうかはわからない。だが、聞かなければ魔物の何体かは道ずれにできるかもしれないが、絶望的な死がまつだけだ。それならば、まだ生き残れる可能性があるほうにかけるべきではないか。
賭けるのは命のチップ。
負けたら死が待つだけだ。
「わかった、どうすればいい?」
エレノアは姿もわからぬ声に言う。
「ここを抜けてきて、魔物たちが包囲網を完成させる前に」
その声がしたあと、魔物たちの間に光の道がくっきりと見えた。
頭の中の言葉に従うなら、魔物の隙間を走る光の道を駆け抜けろということか。エレノアは決断すると早い。それが彼女の性格だ。左手の大盾と右手の大剣を床に捨てた。少しでも身をかるくするためだ。
エレノアは足に力を込め、床を蹴る。
エレノアは
謎の声に導かれて、光の道を駆け抜ける。
肺が痛み、足に疲労がたまるがそんなのはお構いなしだ。止まれば武器を捨てたエレノアは魔物になぶり殺されるだけだ。
休んでいる暇などない。
エレノアは、ハアッハアッと息をきらせながら、わずかな魔物の隙間を駆け抜けていく。
「お姉さん、しゃがんで!!」
エレノアは反射的に屈んだ。
彼女の頭上を
その兜は父親の形見だったが、拾いにいっている暇はない。
エレノアは振り向く
次に眼前に現れたのは、
くそっあの下を潜れというのか。
考えている暇はない。
エレノアは体を低くし、勢いをつけて足から滑っていく。
見事エレノアはその
さらに
ついにエレノアは光の道の最後にたどりついた。
そこには身長百九十センチメートルはある彼女よりも大きな扉があった。どうやらここがこの玄室の出口のようだ。
「我を受け入れよ、
脳内に少女の声が再び響く。
ぎいっと鉄の扉が開く。
「速くして、お姉さん!!」
あせった声で少女は言う。
そう、すぐそこまで魔物たちが迫ってきたのだ。
エレノアは鉄の扉を開き、その隙間に身をすべりこませた。
渾身の力で鉄の扉を閉める。
「我は拒絶する。
少女の声はそう言った。
鉄の扉は完全に閉まった。中からドンドンという音がするが、鉄の扉はびくともしない。
どうやら、生き延びたようだ。
エレノアはほっと胸を撫で下ろす。
「どうやら、助かったようね」
エレノアは滝のように流れる顔の汗を肩口でぬぐう。
「しんじてくれてありがとう、お姉さん」
脳内で少女が言う。
「ああ、ありがとう。で、これからどうすればいい?」
危機はさったものの、エレノアには帰る手だてがない。せっかく生き残ったのにこんなところで飢え死にはしたくない。ダンジョンに必要な食料などは金獅子の連中が持っていて、エレノアは口に入れられるものは何一つもっていない。
「うちのところにきてくれれば、外に出してあげるわ」
少女の声が言う。
「おまえはどこにいるのだ?」
エレノアはきいた。
「うちは最下層の三十六階層にいるわ」
少女は平然という。
その言葉を聞き、エレノアは絶望しかけた。
あと二十八階層ももぐらないといけないのか。武器も食料もないこの状態で強力な魔物が潜むであろう最下層までもぐらないといけないのか。
「大丈夫よ。この先に直通の
「わかった、従おう」
ここまで来たら、この言葉に従うしかない。エレノアは腹をくくった。
謎の少女の声に従い、エレノアは一人迷宮を歩く。どれほど歩いただろうか。エレノアの体から時間の感覚が消えようとしていた。
お腹が空き、喉が乾く。
しかし、彼女には口にできるものは何ひとつない。
「ほら、そこの湧き水は飲めるわ」
少女のアドバイスに従い、迷宮の壁の隙間から溢れる水を飲む。その水は冷たく、美味しかった。どうにか、喉の乾きだけは癒すことができた。
「気をつけて、マーフィーが来るわ。彼は
少女の声は忠告する。
「大丈夫、息を止めている間、マーフィーは敵を感知できないから。鎧の騎士が見えたら、息をとめてね」
無茶な注文だがこれもやるしかない。
少女の声に従い、迷宮を歩いていくとついにその鎧の騎士に遭遇した。その禍々しい姿にエレノアは声をあげそうになったが、少女の声に言う通り、口に手をあてて、息をとめた。
その闇を背負ったような鎧の騎士は目の前のエレノアに気づかずに通りすぎようとする。少女の声の忠告がなければ、ここで死んでいたかもしれない。
「マーフィーの腰に鍵がぶら下がっているでしょう。それが
少女の声は言う。
また無茶の注文をする。呼吸を止めながら、エレノアはあきれた。
息をしたいという欲求をどうにか押さえ込みながら、鎧の騎士マーフィーに近づき、そっと手をのぼして腰にぶら下がる鍵をうばいとった。
マーフィーはそれに気づきもせず、歩いていった。
完全に離れていったことを確認して、エレノアは深呼吸する。迷宮のしめった空気だったがそれでもうまく感じた。
「よくやったわね、それが
うれしそうな少女の声が頭の中に響く。
その鍵にはアメジストがうめこまれた美しいものだった。
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