没落令嬢は冒険を配信し、成り上がる。迷宮に取り残されたエレノアはアミュレットにとりついた精霊と出会う。迷宮脱出から始まる復讐物語。

白鷺雨月

第1話エレノアは取り残された

 パンとサーカスという言葉がある。

 人間にとって娯楽が食事と同じぐらい重要だともいえる。人間は食べていけるだけではだめなのだ。サーカスのよううな夢中になれる娯楽がなくてはならないのだ。


 神竜ヴァヴェル王国でもっとも人気のある娯楽はダンジョンに挑む冒険者の戦いを配信させ、それを安全なところで見て、楽しむというものだった。派手で見応えのある冒険を配信するものは民衆や貴族から、拍手喝采を受け、名誉と多額の報償金を得ることができた。

 荒くれ者の冒険者たちは一攫千金を夢見て、今日も冒険を配信するのである。


 そんな配信冒険者、人々からはストリームメイジと呼ばれる者の一人にエレノアという女性がいた。年齢は十九歳。銀髪に青い瞳、端正な顔立ち。身長は百九十センチメートルとかなり高い。冒険中は鉄鎧に覆われているので、わからないが、スタイルは抜群である。その立ち姿は戦乙女ヴァルキリーを連想させた。

 そして、エレノアには不本意な不名誉な別名がある。

 それは没落令嬢というものだ。

 彼女はもとは由緒正しき伯爵家の令嬢であったが、没落し、現在は冒険者に身をやつしているのである。エレノアの実家が没落したのはそのほとんどの責任は彼女の父親にあった。杜撰で無計画な領地経営、それに贅沢好きの派手好きであったエレノアの父は財産を食い潰し、病死した。残されたのは借金の山。王国は借金を肩代わりする条件として伯爵家の領地を返納させたのだ。故にエレノアは遡れば王家につながる家系の出身であるのに関わらず、冒険者となったのである。彼女はダンジョン配信者となり、一攫千金をてにいれ、伯爵家を再興させることを夢みていた。


 本来エレノアはソロ配信冒険者ストリームメイジであったが、その日は金獅子というパーティーに加わっていた。

 エレノアの職業クラス重騎士ベルセルク。パーティーの前衛にたち、敵モンスターらの攻撃を身をもって防ぐ役目である。

 幾度もの戦闘を繰り返し、エレノアたちは魔術師の迷宮の地下八階に着ていた。

 この階層までたどりついたパーティーは金獅子と星龍の二組だけである。

「さて、この奥は我々もまだ未踏の場所だ」

 金獅子のリーダーである聖騎士ロードアベルがいった。

 金獅子のパーティーは他に竜騎士のレオン、魔女のハイネ、聖女のアリアの四人であった。

 

 聖騎士アベルはちらりとエレノアの青い瞳を見る。

 エレノアはうなずく。

 エレノアは自身の役割をよく理解していた。いわゆる盾役タンクであると。今回の冒険で名をあげれば、多額の配信料がはいる。それにうまくいけば勇者パーティーとも呼ばれる金獅子の一員になれるかもしれない。


 エレノアの頭上には配信を一手に担う魔眼の烏が天井すれすれを飛んでいる。この烏がその魔眼で冒険を撮影、中継し、民衆や貴族のもとにリアルタイムで届けるのである。


 エレノアの目の前に玄室へとつながる鉄の扉がある。この扉をあけるために必要な真珠の鍵は第七階層で入手済みだ。その真珠の鍵は竜騎士レオンの手に握られている。

 レオンは真珠の鍵を鍵穴にいれる。扉は淡く輝き、魔方陣が浮かぶ。それがガラスが割れるようにパリンと弾ける。

 扉にかかっていた魔法の封印が解けたのだ。

 エレノアは先頭に立ち、扉を慎重に開ける。

 扉の向こうはかなり大きな広間であった。

 エレノアはザックリと目測する。

 その広間は彼女の見た目では約二十メートル四方ほどの広さであった。

 私が今すんでいるところよりも広いなとエレノアは心のなかで思った。

 その大広間は全体的に薄暗い。

 壁の所々に光苔が生えているので真っ暗というわけではない。

 エレノアは大剣クレイモアを抜刀し、身構える。

 数歩ほど進んだとき、ばたんという音を聞いた。

 後ろに続いていると思っていたアベルたちはいなかった。

 どうして?

 エレノアの頭の中に疑問が駆け巡る。

 入ってきた扉を開けようとしたが、再び魔法がかけられているようで、びくとみしない。ドンドンと扉を叩くが、まったく返事はない。

 どういうことだ。私は閉じ込められたのか。

 言い様のない焦りと恐怖がエレノアの心を支配する。

 天井近くに気配をかんじたので見ると、魔眼の烏が飛んでいた。

 ということは私が閉じ込められたことが配信されているということか。

「ここを開けてくれ。どうしてこんなことをするんだ!!」

 一縷の望みをこめて、エレノアは魔眼の烏に叫ぶ。

 だが、魔眼の烏はだまってその紫の瞳で彼女を見るだけだ。


 ここでエレノアはふと思い出した。貴族や大商人の中には冒険者が魔物に残酷に殺される光景を見ることが何よりも好きな嗜虐趣味を持つ連中がいるという。彼女の脳裏に嫌な結論が浮かぶ。

 エレノアはその嗜虐趣味をもつ貴族や大商人の欲求を満足させるための生け贄とされたのだ。

 この第八階層に出現する魔物や怪物たちに一人で対抗するのは不可能に近い。退路をたたれたエレノアに死の恐怖が近寄る。

 エレノアは扉を背にし、大剣クレイモアを構える。

 こんなところで死にたくない。

 彼女にはまだやらなければいけないことと、やりたいことがいくつもある。

 しかし生き延びる自信はなかった。

 諦めかける心を奮い立たせるためにエレノアは首を左右にふる。

 そしてエレノアは見た。

 眼前にいくつもの魔方陣がうかぶのを。

 その魔方陣から幾体もの魔物が出現する。もはや数えるのが馬鹿らしくなるほどの数だ。石の悪魔ガーゴイル悪魔の巨人グレーターデーモン一つ目の鬼サイクロプス牛鬼ミノタウルスなどであった。どれも強敵であり、今のエレノアの実力ではどうにかそのうちの一体を倒せるかどうかであった。

 その強敵たちが無数にいるのである。

 魔眼の烏はその様子をただだまって見つめている。

 きっとその魔眼のむこうではにやついた権力者たちが醜い欲望をみたしているのだろう。


 エレノアは悔しかった。

 騙されてパーティーの一員になり、みたこともない権力者の欲望を満たすための生け贄の子羊にされているということを。

 没落した家名を再興させることができず、唯一の肉親である兄にはもう会えない。そう、エレノアはこんなところで無駄死にと犬死にはしたくなかった。


「お姉ちゃん、死にたくないのね。じゃあ、私のところまで来てよ」

 悔しさに歯をくいしばっていたエレノアの脳内に少女の声がこだました。

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