邪神のピタゴラ

「い、嫌だ!!そんな危険な事出来る訳ないだろう!?私は身体も強くないし、さ、さっきのを見ただろう!激しく動くと倒れてしまうんだぞ!?」


ギャーギャーと喚き散らすヘタレ王太子の声が演習場に木霊する。


体力回復のポーションと気付け薬で強制的にヘタレ王太子ガブリエルを覚醒させて事情を説明したらこれだ。



「だーかーらー、アンタのその病弱さは低いレベルに対して固有のスキルが強過ぎる事が原因なの!ちょっと何十匹か魔物を狩れば治るんだからさっさとしろよ!」


「無理無理無理無理!ちょっと何十匹ってどんな言葉だ!?良いか?『何十匹』はちょっとじゃない!矛盾しているぞ!!」


「ウチの地元じゃちょっとだって言ってんだろ!」


もうさっきからずっとこれの繰り返しだ。

面倒くさすぎて口調もタメ口になるってもんだ。



「……噂は聞いていたけどやっぱりアーネストってなんと言うか、凄いんだな……。えっと、アルフォンス、だったな?」


「うるせぇよ。ミカエル、お前はもうちょっと話に参加しろ!お前の兄貴の問題だぞ?」


我関せずと、シレッとした顔で俺とガブリエルのやり取りを見てるミカエルに文句を言う。


こいつもウリエルもだが、わざわざ拘束を外してやったの1mmも役に立たねぇ……。



「いや、だからって魔物狩りを強要するのもな……。」


心底困った様にミカエルが呟く。


はぁ?魔物を狩るなんて皆してる事だろ。


ゲームではレベル上げの為に100匹200匹狩り続けるとか普通だし、ウチの両親やユーリも普通に休みの日はピクニック代わりに狩りに出るぞ?


まぁ確かにウチは特殊な家ではあるが、魔物を狩ってレベル上げをする事自体は別に普通な事だ。


ここはドキめもの世界なんだし、剣と魔法のファンタジーだろ?普通に魔物を狩る……よな?


あれ?何だろう。そこはかとなく常識の違いを感じる様な……。


ナビィ先生?


『Wonderful!そこに気付くとは―――!』



「兄様を!いじめるなぁっ!!!」


突然ウリエルが叫び、突撃してくる。


む。さっきから静かだと思っていたが、俺の油断を狙ってたのか?


かなりの魔力を全身に張り巡らせているな。

常時展開している俺の障壁を抜けるとは思えないが、それなりに衝撃はくらいそうだ。


ごく自然に、この10年叩き込まれた戦闘経が俺の身体を無意識的に動かした。


左足をそのままにして身体を右に捻る。


「……あ、やべ。」



……位置が悪かった。


ここは監視塔の屋上。簡易の設備故に屋上にはしっかりとしたフェンスも柵もない。


突っ込んできた速度そのままにウリエルは地面に向かって真っ逆さまに落ちていった。



「お、おい!?マジかっ!」


慌てて下をのぞき込むと、飛んでもない光景が目に入ってきた。



ウリエルが物資の山に落ちる。その衝撃で物資の山が崩れ、辺りに大量の武器や食料品がばら撒かれ、武器の1部が魔物入った檻を傷付けた。当然、中の魔物達は一斉に反応し暴れだす。さらに檻の近くに食料品がばら撒かれた。餌に反応した魔物が傷付いた檻を破ってしまう。



「グルルっ!」「グォオオオオオン!!」「ガウ!」


「な、何だコイツら!!ち、近寄るなっ!」



何この地獄のピタゴ○スイッチ……。

絶対邪神の仕業じゃん。


『Perhaps……Non。Maybe、可能性がないとは言いきれません。』


それもう確定ですよね。

絶対アイツこの状況見て笑ってるぜ?


『まぁ思う所しかありませんがここはポジティブに捉えましょう。』


まぁそうだなぁ……。



「う、ウリエルっ!!おい、アルフォンス!早く助けるんだ!」


―――ふむ。駄目押しで行っとくか。


言い寄ってきたミカエルの肩を掴んでそのまま下に投げ飛ばす。落下して怪我をしないように魔法で障壁を付与することは忘れない。


「み、ミカエル!!お、お前ぇっ!!」


慌てたガブリエルが掴みかかって来た。

って言うか唾を飛ばすな。汚いな。


感情と連動しているのか先程よりも強い魔力が渦巻いているのを感じる。



「さっきから言っているだろ?ちょっと魔物と戦うだけだって。あの程度の魔物くらい子どもでも何とかなるレベルじゃないか。」


幸い、檻から逃げ出した魔物は低レベルな奴等ばかりだった。


この辺はマジで邪神の良心かもな。


あの程度の魔物ならアーネスト村の子ども達も鼻歌交じりで倒せるレベルだ。


運動にもなるし、剣や魔法の練習にもなるし、勿論レベル上げにもなるってな。


まぁナビィに聞いた所、ドキめもはレベルが同格より下の魔物をどれだけ倒しても、ほとんどレベルが上がらない仕様らしい。


だからある程度レベルが上がると本当にただの遊びになるのが難点だけど……。


「箱入りのお前は知らないかもしれないけど、魔物を倒すのは普通だから―――」


「普通じゃないぞ?」


真顔のクーガーが話に割って入って来る。


……え?


「……あー、もしやと思っていたんだが、魔物を倒す事は当たり前ではないぞ?エルネスト王国は治安も良いしな。何なら平民貴族関係なく魔物を見たことない人も結構多い。」



俺を気遣うようにクーガーが続ける。


「は?何言ってんだよ。そんな訳ないだろ?

現にウチの村の子どもだって毎日10匹くらいは余裕で狩るんだぜ?」


そうだよ。


俺だってウチの両親がおかしいのは分かっている。俺自身も前世の知識持ちで普通ではないかもしれない。ユーリだってドキめもの主人公だ。しかし、ウチの村の子ども達は別だろう。


この世界では畑仕事するにしても魔物と遭遇する確率が150%超えるからな。(行きで100%、帰りで50%だ。)


だから皆普通に武器を携帯しているんだ。


そりゃあ帰らずの森なんて屈指の危険地域にあるウチの領地ほどではないと思うが、この世界は異世界なんだし、そんなもんじゃねぇの?



「そりゃあ、子どもとは言えあの伝説的な傭兵団『古き鉄の誓いオールドアイアン』で育てられた子どもだろ?獅子と猫を一緒に語っちゃあ駄目だぜ?」


困った顔のクーガー。



……あー、なるほど?

やはり、アーネスト領の民は野蛮な戦闘民族だった事が判明した訳だな?


つまり――。



「俺、何かやっちゃいました?」



「う、ウリエルぅーーーー!!!」


広場に向けて走り出すガブリエルの声が殺気渦巻く演習場に木霊した。

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