狂人狂想曲

40年以上男は剣に生きて来た。


物心ついた時から剣を握り、がむしゃらに、ただ純粋に剣の道をひた走って来た。


勝つ事も負ける事もあった。

楽しい事も苦しい事もあった。


だが、この道こそが自分の生きる道なのだと信じて止まることは決してなかった。



ある時男は騎士となった。

己の剣の主を見つけたのだ。


主と見据えた男は王国の西側中央を統治する侯爵。国境を維持する特記戦力としての能力を求められる辺境伯とは違い正統な貴族として地位や歴史を持つ本物の貴族だ。



「すまん。もうお前に泥を被ってもらうしか方法がない……。」


先日、主であるランドマーク侯爵が苦渋の決断をした。


ここ数年、王宮の力関係に大きな狂いが生じていたのは彼も知っている事実だ。


王妃同士の対立を端に発する王宮の対立は後継者問題として表面化していった。


そして昨今、中立だったはずの王国軍を司るアーネスト家の長男と正妻派の筆頭であるロウエル家の長女の婚約が発表された。


権力の天秤は正妻派に大きく傾いたのだ。



「王位継承問題と言う建前で行われていたこの権力闘争はこのままだと正妻派の勝利で幕を引くことになるだろう。残された道は恭順か徹底抗戦の二つに一つ。しかし、ランドマーク家はもう引き戻せない所まで来てしまった……。」


ランドマーク侯爵は後悔や苦悩を呑み込み、抗戦の意思を顕にする。



「奥方様より我々に提案があった。かの公爵家と子爵家。両家を断つしかないと。」


側室からの提案。その内容は常軌を逸した作戦だった。


王太子を誘拐しその罪を公爵家に擦り付け、そしてその逮捕を軍部に行わせる。


確かにこれが成り立つのであれば王宮のパワーバランスは側室側に大きく傾く。


上手く転がれば政治を嫌うあの子爵家は公爵家との関係を断つ可能性すらある。


仮に上手く行かなくとも王太子をどうにか出来れば、建前としている王位継承問題を押し通す事も出来るだろう。



「お任せ下さい。侯爵閣下。―――貴方に私の剣を預けて30年余り。この忠義にかけてお家の大事を解決してみせましょう。」


男は任せろと主に告げる。


確かに汚い裏仕事だ。そこには名誉はなく失敗すれば自身どころか一族郎党や主にも責は及ぶだろう。


しかし、男の忠義はそれすらも呑み込んだ。


失敗するつもりはない。例え軍部と事を構えることになっても決して奴等に遅れをとる事はないと彼は心の底から思っていた。



溺れるものは藁をも掴む。


そう評価されても仕方のない愚行だが、その時の彼等にはこれが最上級の策に思えていたし、軍部と敵対しても勝てば良いのだと考えていた。


しかし―――。



くそっ!くそっ!くそっ!

何だこの状況は!?


何故ああも簡単にウチの騎士達がやられるのだ!?本当にアイツらは同じ人間なのか!?


あらゆる魔法は相手に届く前に霧散され、相手の振るう剣や魔法はこちらの防御をやすやすと切り裂き砕いていく。


どれだけ罠を仕掛けようとも、どれだけ取り囲もうとも、どれだけ実力者が立ちはだかっても全く意に介さず全てをまるで塵芥の様に踏み潰して突き進んで来る。


暴力の化身。


まだ野盗や魔物達の方が人間味があった。



「う、動くなっ!こ、コイツがどうなってもいいのか!?」


まるでちゃちな三文芝居の悪役のように男は、ランドマーク家騎士団団長は王太子の首筋に短剣を当てる。


魔法で眠らされている王太子の首から薄らと血が滴り落ちた。


この屋敷にいた兵達は1人残らず殲滅された。

最後に残された彼はもうまともではいられなかった。


「少しでも動いてみろ!?お、王太子の命はないものと思えっ!け、け、剣を捨てろっ!跪けっ!」


男は剣の道を邁進してきた誇りも騎士としての矜恃も何もかもを捨て、ただ目の前の脅威を排除することしか考えれないようになっていた。



ほんの一瞬。

目の前に立つ2つの脅威が止まった気がした。


ザンっ!!


女の形をした脅威がことも何気に剣を振るう。



「ぅおっ!?」


左手に持った短剣が女の剣に弾き飛ばされた。



……有り得ない。


少しでも手元が狂えば弾き飛ばされた短剣が王太子の首に突き刺さっていた。


もし女の剣よりも自分が早く動いていたら?

もし王太子の魔法が解けて動き出していたら?


まともな神経では有り得ない。



戦慄し震える男を見兼ねて女が―――、アンナ・アーネスト中将が口を開く。



「何を驚く必要がある?王太子が多少傷つこうとも、死ぬ前に癒せば問題ないだろう?」



コイツらは狂っている―――!


脅しでもなんでもなく、そんなことはごく当たり前だとアンナ・アーネストは言う。


その静かな狂気に触れて男は逃げ出すしか出来なかった。



「う、うわぁああああああああああっ!!」


眠らされた王太子を投げ出し、壁に空いた大穴から外に飛び出した。


鍛えられた身体は3階からの着地を難なくこなし、戦う気どころか後も先も考えず本能に従ってただただ逃げ出す―――はずだった。


着地した先には屈強な男達が待ち構えていた。



エルネスト王国軍!?


咄嗟に男は身構え思案する。


確かに取り囲む兵達からは強者のオーラを感じるが、間違いなく自分よりは弱い。


全力で逃げ出せばこの程度の包囲網は―――。


まとまりかけた思考が一気に瓦解する。



囲いの中から男が現れたのだ。


貴族位を示す漆黒の軍服を着こなす金髪金眼の青年。アルフォンス・アーネストが。


母親譲りの全てを射殺す様な鋭い金眼が男を捉える。



あぁ……。戦場の古い御伽噺通りじゃないか。

漆黒の衣を纏う金髪金眼の死神。

その死神に敵対してはならない。

その名は―――



「アーネスト……。」


放心した男の呟きにアルフォンスが反応する。


「分かるのか?金髪金眼ってのはやっぱり目立つんだな……。」


彼は何の気なしにそう言いながら指を振るう。


指の動きに合わせて魔力で編まれた無数の剣が空を舞い戦列を成す。


そして2つの人影が浮かび上がる。



「お、王子……?」



浮かび上がった人影はエルネスト王国の第2王子ミカエル・エルネストと第3王子ウリエル・エルネストだった。


眠らされているのだろう。

2人は微動だにせずその目は閉じられていた。


先程とは真逆の立ち位置。

ただし、アルフォンスの行動は彼とは違う。



「5秒やる。洗いざらい全てを吐け。―――5。」


その途端、戦列を成していた魔力剣の1本がウリエルの右足を刺す。


「なっ!?」


「4」


男の叫びを無視して無慈悲にアルフォンスがカウントを続ける。


次は左足に魔力剣が突き刺さる。


「3」


右手。


「2」


左手。


「1」


胸。


「0。」


頭。


5本の魔力剣に貫かれたウリエルが地面に落とされる様子を男は唖然とした顔で見ていた。



「よし。流れは分かったな?次は本番だ。」


「ま、待って!待ってくれ!お、お前は自分が何をしたのか分かっているのか!?こ、この方はこの国の―――!」


「王太子のスペアのスペアだろ?いちいち騒ぐ事じゃあないだろう。王太子は無事なんだし問題はない。」


「そ、そんな―――!」


「おいおい。何を言ってる?これはお前達がやった事と同じ事だぞ?まぁ、これは単純にお前が喋れば背後関係を洗い出す手間が楽になるってだけだがな。」


あまりにもなアルフォンスの言い方に男は戦慄し閉口する。


「それに無理に話す必要はないぞ?コイツら2人が死ねばお前達側室派は騒ぐ建前を失うしな。この状況下じゃあお前達に罪をなすり付けるのも簡単だ。どう転んでも自体は好転する。」


そうだろ?とアルフォンスは言う。


爛々と輝く金眼に男は怯え震え出した。



確かに男も今まで戦場や鉄火場で数え切れない人を殺した。だが、これは違う。


アーネストの行いに忠義や思想はなく、ただただ無機質に機械的に殺すのだ。


それが必要だから。何の想いも猛りもなく、ゴミを掃除する様に彼等は戦うのだ。


純粋無垢な暴力装置。


その冷たい殺意に触れ、男は完全に折れた。



「―――洗いざらい、全て話す。だから、もうやめてくれ。全ては私の責任だ……。」


彼には足りていなかったのだ。


全てを敵に回して戦う覚悟も、どれだけ破滅的な状況でも立ち回ってみせる機転も。


―――そして、取り敢えずやれそうだからやってみたと言う頭の悪い向こう見ずさも……。



◆◆◆



うむ。無事に片付いたようで何よりだ。


あの後、首謀者っぽいオッサンは馬車に入れられて軍の本拠地に連行された。



「坊ちゃん……。あんたマジで何やってくれてんだよ……。あんな子ども騙しな脅し文句、見てるこっちがヒヤヒヤしたぜ……。」


何やら横でクーガーがボヤいている。

うるせぇ。こっちもめっちゃ怖かったわ!


あのままパパンとママンに任せてたら今頃死にかけの王太子を回復させる羽目になってたんだぞ!?



「……なぁおい。これはどういう状況だ?何で俺様は串刺しになっているんだ?」


魔法の効果が切れたのか五月蝿い奴ウリエルが目を覚ました。


「……まぁ何となく状況は分かるが、なぁ君は正気か?いや、聞くまでもなく狂人の類いだな。まともな神経をしていたらこんな事をしようとは思わない……。」


金髪の方ミカエルも目が覚めたのか、何やら寝起きで悪口を言ってくる。


「ふん。五月蝿いな。上手くいったから良かったじゃないか。」



からくりは単純。


クーガーの魔法を模した物体を透過する魔力剣をウリエルに刺したのだ。


後はまぁハッタリと勢いだな。


あの男はかなりテンパっていたからそれなりに勝算はあると思ったのだ。


最悪失敗してもあの程度の実力ならなんとでもリカバリー出来ただろうしな。


普通に戦うより騙してしまう方が効率がいいと思ったのだ。



「おい!俺様を無視するなっ!いい加減この剣を抜け!さっきから抜こうとしても触れないとはどう言う了見だっ!!」


ギャーギャーと耳元で喚くウリエルを一瞥して魔力剣を消してやる。


「―――さて。お前達、ここに来る前に俺とした約束は覚えているか?」


「おぉ!消えた!……ん?約束?」


「兄様を助ける為に危険な目に合うとか言っていたやつか?」


ミカエルは覚えていたな。

ウリエルは……まぁいい。覚えていなくともどうせ同じ事だ。


「違うな。正確には、作戦に参加するからにはお前達にも危険な目に遭ってもらう、だ。」


そう。俺は別にガブリエル王太子を助ける事が作戦だとは言っていない。


ぶっちゃけさっきの戦闘で此奴らを人質にしたのも比較的安全に自体を収められそうだと思ったからだ。


此奴らを巻き込んだ本来の目的は別にある。



「さぁ、作戦はここからが本番だ。たっぷり危険な目に合ってもらうぞ?」

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