3人の悪友達

エルネスト王国の王、ルシフエル・エルネストの執務室は存外に散らかっていた。


1級品の調度品に囲まれたその部屋の真ん中には大きな机が置かれ、疲れた顔をした壮年の男が書類と格闘している。


様々な決済待ちの書類が山となり、それの数倍もあろう関連書類が周囲に散乱していた。


しかも国家機密級の書類も多い為、下手に余人に部屋の掃除をさせる訳にもいかず、部屋の隅には埃の塊が見られる程度には荒れていた。



「相変わらず汚い部屋だな。ルシフエル?」


品の良いモノクルを触り、呆れた顔をしてダミアン公爵が呟く。


「むしろ前より荒れているな。昔はまだマシだった気がするぞ?」


アーロン大将が溜息をつく。



ノックもせずに部屋に入ってきた2人にエルネスト王国の王ルシフエルは長めの金髪を鬱陶しそうに払い除け、忌々しそうに文句をつける。


「そう思うなら片付けを手伝ってくれ。部屋の掃除でも良いし、この書類の山の対応でも良いぞ?お前達なら見ても問題ない書類ばかりだからな。」


身分も近く、学生時代はよく一緒にいた3人はこの歳になっても俺お前の仲だ。


いつも通りなルシフエル王のリアクションに、2人はやれやれと肩を竦めた。




「……そう言えば大臣共がエルランド公爵家とアーネスト家が結びついて、遂に謀反を起こす可能性があるやら何やらと騒いでいたぞ?」


ルシフエル王は読み終わった書類に判子を押して可決済みの書類の山の1番上に置く。


話しながらも作業の手は止まらない。



「……この惨状を見て王になりたいと思えるなら、そいつは真性の馬鹿か変態だな。」


鼻で笑いながらアーロン大将は手元近くにあった書類を一瞥し書式の間違いを訂正する。


「違いない。公爵の仕事も大概面倒臭いが、王なんかなりたくてなる奴はいないだろう。」


呆れた顔でダミアン公爵も書類の不備を修正した。


「おい、止めろ。本気で虚しくなって来る。後、いちいち俺の細かなミスばかり指摘してくるな。本当に昔からお前たちは揚げ足取りばかりだな!」



旧友2人の言葉と行動でやる気が削がれたのか、ルシフエル王は持っていた書類を机に投げ出し、近くにあったポットからお茶を注ぐ。



「第1王子の件は聞いているか?」


「後、ダミアンの逮捕要請の件もな。」


王が手ずから入れたお茶を微妙そうな顔で飲んだ2人が口を開く。


「あぁ、ついさっきな。……どうやら情報を握りこまれていた様だ。犯人は第2妃マリーだろうな。 2人とも下らん事に巻き込んでしまって済まなかった。」


深く溜息をついてルシフエル王がダミアン公爵とアーロン大将に謝罪する。


安易に快不快を表さない様にと徹底して教育されている王としては先程から珍しく感情的だ。



「お前がここに来るという事はガブリエルの居場所は掴んでいるんだろうな?アーロン。」


カップに山ほど砂糖を入れてルシフエル王はアーロンに尋ねる。


「アーネストの3人がほんの数分でな。貴族街の西にある旧男爵屋敷だ。今はミッシェル・ランドマーク侯爵が管理しているらしい。……お前まだそんな紅茶の飲み方してるのか?」


砂糖で山盛りになったお茶にさらに蜂蜜を加えるルシフエル王の相変わらずな味覚にドン引きしながらアーロンが応える。



「好きで飲んでるんだからほっとけ。しかし、ランドマーク……?あぁ、第2妃マリーの腰巾着か。それで軍部としてはどうするつもりだ?はっきり言えば俺、と言うより王家としては大抵の無茶は許容するつもりだ。さすがに今回の事は貴婦人の政治ごっこで許される範囲を逸脱している。」



元々、王を始めとしたこの国の中枢部の人間からすると今回の王位継承問題は大事でも何でもなかった。


所詮は素人のおままごと。

暇な貴族のガス抜き程度と放置して来た優先順位の低い案件だ。


騒ぎになる事はあっても大局を変えることは決してない。



「全くだ。暇を持て余した貴婦人の政治ごっこでも本気にする奴もいるし、それを利用して良からぬ事を企む輩も出て来る。その結果がこれだ。もう少し手網をしっかり握っておけ。」


辛辣にダミアン公爵が告げる。


実際、ダミアン公爵がこの王室居住地区ミドルヤードに来るまでに何人かの耳ざとい貴族からは奇異の目で見られる羽目になった。


「耳が痛い話だ。―――軍部への要請は正式に撤回させる。ガブリエルの救出とマリーへの罰を何か考えないとな。あぁ、そうだ。エルネスト家と軍部への謝罪もだな……。くそ。手が足りんな。権限をやるから2人とも手伝え。」



加害者王家被害者軍部と公爵家に事後処理を依頼するというのもおかしな話だが、何せこの国は広過ぎる。


どれだけ魔法が発達しても距離も人の垣根もなくなりはしない。


国内外で起こる様々な問題を王を初めとした官僚や役人たちが不眠不休で処理し続けていた。


今回の件はその管理の隙間をつかれた形で表面化してしまったと言えた。



「くっくっ。ああ、謝罪は結構。それなりに気分を害したが、実害はないし甥っ子殿が良しなにしてくれるらしいからな。」


「…………待て。誰が何をするって?」



アーロン大将の口から出た言葉が信じられずルシフエル王が訝しげな顔で聞き返す。


楽しいサプライズを隠す事が出来ない子どもの様にダミアン公爵とアーロン大将が笑う。


「ははは!実は俺達はただの遣いでね。婚約者殿の言葉を我らが国王陛下に上奏奉りにまかり越したという訳だ。曰く、『此度の騒動の根本は王家の問題。しかしながら次代の王をお助けするのは忠臣として当然の事。今後この様な事が起こらない様にさせて頂く。』との事だ。」


「……マリーを暗殺でもする気か?」


「いや、ガブリエル王太子達3人と『遊ぶ』らしい。」


その瞬間、ルシフエル王の喉からヒュっと息を飲む音が聞こえ、顔が真っ青になる。


「や、やめろ!子ども達は関係ないだろ!?」


その狼狽えぶりは完全に人質を取られた親である。



「……五体満足で返すとは言っている。ついでに王太子の病弱の原因を取り除くとも言っていた。」


「……ある意味まだ謀反の方がマシだったかもしれん。本気で言っているのか?確かアーネストの次期当主はまだ10歳だろ?」


力なく椅子に身体を預けてルシフエル王は手で顔を隠す。


「色々と報告を受けたし、久しぶりに直接話もしたが、やはりあれは化物の類だな。ちょっとした勘違いで『不可視の短剣インビジブルダガー』を全滅させ、ユニークスキル故か本来知り得ないはずの多数の知識を持ち、アーネスト家家臣団を口説き落として協力させていた。あれで10歳とは信じられん。」


アーロン大将にしては非常に珍しく嬉しそうな顔でアルフォンスの行動を上げていく。


「勘違いで『不可視の短剣インビジブルダガー』を全滅させるって何だ!?新設とは言え、かなり予算と人員を突っ込んだ特殊部隊だぞ!それにユニークスキル!?まだスキル授与の儀式前だ!儀式前にスキルを持ってるとかそれはつまり神子じゃあないのか!?後、アーネスト家家臣団ってつまり軍上層部だろ!くそ!本当に大丈夫なんだろうな!?下手すりゃ本気で謀反扱いで処罰だぞ!?」


はぁはぁと一通り文句を言いながら肩で息をするルシフエル王。


さらりと告げられた情報のどれもが特級の厄介事だ。頭が痛くなる所の騒ぎじゃあない。



しかし同時に頭の中で王は勘案する。


王太子であるガブリエルの体調が治せる方法があるのなら、全てはなかった事にしても構わない。実際に王太子の病弱問題は棚上げし続けても良い問題ではない。


そもそも論、最初にエルランド公爵家とアーネスト子爵家、そして軍部を巻き込んだのは王家だ。


結果をしっかりと出し、体面さえ整えられれば王家は文句は言えない。


これで気に入らないからと王の強権で彼等を処罰すれば他の貴族達からは白い目で見られ、求心力を失うだろう。


王と言っても所詮はその程度。

数ある諸侯の中で最も力を持つ家と言うだけだ。


他の貴族を無視して何でも我を通せる訳ではない。



「―――はぁ。この身も蓋もない感じ、まだガキな癖にしっかりアーネスト家だな……。

まぁいい。この度のゴタゴタは完全に王家に非がある。俺の管理能力不足だ。結果さえ出せば俺からは何も言えん。」


「それ、他で言うなよ?全てはお前の想定通り。ちょっとおいたが過ぎた第2妃をウチとアーネスト家を使って折檻した。ついでに王太子の体調も治すと言うオマケつきでな。それが落とし所だ。」


ダミアン公爵の言葉に、ルシフエル王はドカリと椅子に深く腰を据え目頭を揉む。


「……それが出来るのなら文句はない。何なら褒美としてアーネストの秘蔵っ子にはウチの末娘のラファエラを婚約者に付けてやっても良い。」


「ほぉ?我らが王は内乱を希望していると見えるな。」


ニヤリと王と公爵が笑う。


本格的に仕事をする気がなくなったルシフエル王は机から琥珀色の液体が入ったボトルとショットグラスを3つ取り出し、なみなみとグラスに酒精を注ぎ込む。


「お前達と呑むのも久しぶりだな。ダミアン、アーロン。何に乾杯する?」


「ならば若き軍神に。」



チンっと澄み切った音が部屋に響いた。

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