そして死神達は動き出す

アレクサンダー・キングストンは孫の顔を見て内心ほくそ笑む。



王家からロウエル公爵への逮捕要請―――。



この一言でアルフォンスは全て察した様だと。

王家の意図を。我々の気持ちを。

恐らく自分は試されているという事も気付いただろう。


この察しの良さ。それを支える確かな知識。

まるで歴戦の将校のように漆黒の軍服を着こなし、王座に座す覇王の様な不遜な態度。

全身から沸き立つ強者のオーラ。

王都について瞬く間に隠形暗師と不可視の短剣インビジブルダガーを抱き込み、今やどうだ?長年仕えた副官の様に扱う人心掌握能力。


その全てが10歳の幼子が持つにしては異常な能力であり、そして何よりそれら全てはアルフォンスへの次期当主としての期待となっている。



「部外者?これは王家からアーネスト家とロウエル家の婚約に対する横槍だろう。まさに俺は関係者だ。違うか?」



好戦的な性格のエイブラム・イングラム中将とオードリー・カーライル中将がアルフォンスの怒気を感じとり口元を釣り上げる。


彼等としても婚約した家の当主を捕らえよと言う王家の無神経な、いっそ敵対的な態度に腹を立てていた。



「そうさのぅ……。ならばどうする?アルフォンス―――いや、次期ご当主よ。当事者としてお主はこの件の落とし所はどうするつもりだ?」


先程の茶番劇でそれぞれの考えや立ち位置は示した。ならば後はアーネスト家家臣団の長として次期当主の意向を確認する必要があった。



「……その前に、いくつか確認したい。今回の件は王家、正確に言えば側室である第2妃からの命令という事で合っているか?そして命令内容は昨晩から行方不明になっている第1王子誘拐の嫌疑についてだな?」



会議室内に緊張が走る。

まだ歳若いアーロンの息子、アデルなどは分かりやすく狼狽えている。



「そ、そんなの有り得る訳ないじゃない!お父様は第1王子派だし、お兄様だって第1王子とは仲が良いんだよ!?」


堪らず抗議の声を上げるユーリ。


「そう有り得ない。だが、その有り得ない事を押し通そうとしているのが第2妃だ。だろ?」


アルフォンスが誰ともなしに同意を求めると、観念したようにアンナ・アーネストがため息をつく。


「隠形暗師。アルフォンス達にも情報を開示してやれ。」


まるで事前に分かっていた様にスムーズに書類の束をアルフォンスに渡すクーガー。

口こそ悪いが、その態度はアルフォンスに長年仕えた腹心の部下の様な態度だ。



「―――事の起こりは昨夜。ロウエル公爵達が王都入りしてすぐ。ほぉ?何故か深夜に王子の寝室に立ち入ったメイドが事件に気付く?そしてご丁寧にロウエル公爵騎士団のエンブレムが部屋に落ちていた?武装したロウエル公爵騎士団の騎士を見たという証言が多数?それも王城内でねぇ?これが本当なら警備隊と近衛はまとめてクビだな。」


アルフォンスは呆れかえりながら報告書を読み上げ、くだらないと報告書を投げ捨てる。


「この筋書きを考えた奴の頭の中では、騎士は常に全身鎧を着て生活してるのか?普通忍び込むなら目立たない格好くらいするだろ……。

こんな雑な計画を始める前に止めるヤツはいなかったのか?」


そう。誰がどう考えてもロウエル公爵の逮捕要請は不当逮捕だし、濡れ衣もいい所であった。


しかし、そんな馬鹿な企みを押し通す必要があるほど側室派閥は追い詰められていた。



「―――確かにくだらない内容ではあるが、正式な依頼書なのは確かだ。無視をするにしても最終的には軍部が責められる材料になる。」


アーロン・アラバスター大将が厳格な声でアルフォンスに投げかける。命令を遂行しても無視しても軍部とアーネスト家には損害しかない。くだらない策なのは確かだが、それ故に嫌らしい謀だった。



「ね?鬱陶しいでしょ?だから婿様かアルちゃんが王様をやれば良いと思うのよぉ。」


「そうそう。別に本気で国を割って内戦吹っ掛けるつもりはねぇけどよ。糞くだらねぇ雑事に俺達を巻き込んで来た王家にはお灸を据えてぇんだよ。ケジメ案件ってヤツだな。」


オードリー・カーライル中将とエイブラム・イングラム中将がボヤく。

実際に口に出しているのは2人だけだが、内心は全員が感じている事には違いないとアルフォンスは改めて理解する。



「―――はぁ、分かったよ……。なるべく穏便に王家に一泡吹かせつつ事態を解決しよう。まぁ何にせよ第1王子の救出だけど……。」


アルフォンスがアンナ・アーネスト中将に目線で尋ねるとやれやれと嘆息して口を開く。


「王城の中にはいないと言い切れる。あの女はある意味潔癖症だ。自分の庭に不愉快なモノや都合の悪いモノはおかんだろうよ。」


アンナの言葉を聞いてフムとアレックス・アーネスト特務大佐が相槌を打ち、どこからともなく王城の見取り図をテーブルに広げる。


「そうなると王室居住地区ミドルヤードから誰にも見咎められずに抜け出せるポイントはかなり限定されます。まずは秘匿されている王家用の抜け道が5箇所。ただし、これは誰かがこの抜け道を使用すれば軍司令部ここ警報アラートが鳴る仕組みになっているので除外して良いでしょう。」


そう言いながらアレックス・アーネストは見取り図の5箇所に×印をつける。


地図を見ながらアンナ・アーネストは形の良い顎に手をやり考え込む。


彼女の持つスキルは『天衣無縫』。


その効果はあらゆる感覚が研ぎ澄まされる。

五感はもちろん、第六感などの直感力にも補正が入る。ありとあらゆる違和感や無意識下での認識を明確に捉えることが出来るスキルだ。



「そうなると……、ん?メンテナンス通路の管理責任者は誰だ?確かここは普段は施錠して使われていない通路だったはずだ。」


アンナ・アーネストが示したのは第1王子の部屋近くから伸びる古い通路だ。


「……ミッシェル・ランドマーク侯爵。近衛の将軍の1人で側室派閥の重鎮です。」


数秒の間を空けてアレックス・アーネストが正解を導き出す。


彼の持つスキル、『深慮遠謀』が冴え渡る。

そのスキルの力は彼の権限で知る事が可能な知識の閲覧。頭の中に図書館やインターネットが入っている様な知識系スキルだ。



「メンテナンス通路の先は王城の北側……。貴族街だな。」


まるでそこに見えない相手がいる様に地図を睨みつけるアンナ・アーネスト。



「クーガー。不可視の短剣インビジブルダガー総員で現地調査だ。非正規戦闘の可能性も考慮しろ。」


「了解。調査対象はミッシェル・ランドマーク侯爵の息のかかった物件で良いのか?」


「ああ。貴族街の西側に没落した男爵屋敷があるだろ?あそこを中心に頼む。」


クーガーはアルフォンスの打てば響くやり取りに思わず口元を歪める。


王都に来たばかりのアルフォンスが貴族街に無数にある屋敷を何故ピンポイントで指定出来るのかなど些細な問題だ。



「室内戦闘が予想されるから近距離戦闘の得意な奴等を集め―――。」


アルフォンスがそう言いかけると、皆まで言うなと言わんばかりにアンナ・アーネストが立ち上がり、アレックス・アーネスト拳をつくる。


「―――る必要はないな。パパとママが出るから場を整えておいてくれ。」


苦笑しながらクーガーが了解とやる気のない敬礼を送る。



「後は、ロウエル公爵だな。……アーロン伯父さんは確かロウエル公爵と仲良かったよね?」


「……ああ。学生時代からの旧友だな。」


「ならユーリとリリーを連れて公爵を保護しに行ってくれないかな?軍服その格好でも良いけど、馬車は軍用じゃない方が良い。もちろん護衛や兵士は連れていかないで。」



アーロン・アラバスター大将はその鉄面皮の下で舌を巻く。


逮捕ではなく保護。


なりふり構わない動きをしている側室派が公爵に危害を加えない為の配慮だ。


さらには昔からの友達である自分を向かわせたり、実子のユーリとユーリと仲の良いリリーを一緒に向かわせるのは公爵自身への配慮。


そして軍服で向かう事で最悪の場合、王家の顔を立てたと言い訳にする事も考慮されている。


それらはある意味当たり前の配慮ではあるが、自分がアルフォンスの年齢の時に同じ事が出来たとは思えない。



「己がダミアンと旧友なのを何故知っているかはともかく、悪くない配置だな。ついでにルシフエルの奴に何か言ってきてやろうか?」


そう。アーロン・アラバスター大将とダミアン・ロウエル公爵、そしてルシフエル・エルネスト王は学生時代の友人同士。今も俺お前の仲である。


「それは重畳。ちょうどお願いしたい事があるんだ。後で時間貰える?」


やはり知っていたかと鼻を吹くアーロン。

その口ぶりとは裏腹に満足そうに笑っていた。



「なぁアル。俺も!俺も何か噛ませろよ!」


「あ、はい!はい!私も!アルちゃんの指揮下って何だか面白そうだわ。何かこう悪巧みしてるって感じがする!」


将軍としての威厳を捨てたエイブラムとオードリー両中将が挙手をしてアピールをしてくる。



「うーん……。あ、それなら王都の近くで魔物が出るエリアを抑えてくれない?なるべく王都から近いけど人がいない所が良いんだけど。」


「魔物が出るエリア?あー、それなら第5演習場の辺りか?王都近くの森にあるやつ。」


「そうねぇ?でも弱い魔物しかいないわよ?」


そこが良いから人払いよろしく!とアルフォンスが笑う。



「―――さぁそろそろ征こうか。穏便に王家に一泡吹かせて、平和的に貴族達のくだらない政治ごっこをぶっ潰そう。」



「「「おぅ!」」」


次代の軍神アルフォンス・アーネストの静かな掛け声と共に戦場の死神達が動き出す。




「……あれ?儂は?」


そして誰もいなくなった部屋にアレクサンダー・キングストン元帥の声が響いた……。

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