公爵逮捕案件

「―――爺ちゃん。いや、アレクサンダー・キングストン元帥。その情報を俺に伝えるって事は詳細を聞かせてもらえると思っていいんだろうな?」


立ち上がりかけた腰をどかりと椅子に落とし、横柄に脚を組む。


部屋に渦巻く圧力が跳ね上がる。

さっきまでの物騒でもどこか和やかなムードは皆無だ。


今俺の目の前にいるのは身内の爺ちゃんや伯父さん伯母さんじゃあない。

百戦錬磨のエルネスト王国軍首脳部だ。



「―――ほぅ?部外者のお前にか?アルフォンス。」


爺ちゃんからの圧力が増す。

まるで全身をプレスされてるみたいだ。



臆するなよ俺。単なるガキだと思われたら負けだ。そうなれば情報は何も貰えないまま拘束されて結果すら知らされないだろう。


下手すりゃ次に公爵に会うのは変死したあの人の葬式だとしても不思議じゃあない。


なんせ現役公爵の逮捕案件。

内容を問わず間違いなく国家を揺るがす大事件だ。爺ちゃんの気紛れなのか何なのかは知らないが、これはチャンスなんだ。


チラリとユーリを見る。


大きな翡翠の眼を広げ小さく震えている。

ロウエル公爵への心配や不安。そして爺ちゃん達からの圧力。―――怖くないはずがない。


気合いを入れろ。ここが正念場だ!



『Exactly!そのご認識で間違いありません。

そして彼等は見極めようとしています。Masterが次代のアーネスト当主たる器なのかを。』


えぇ……マジかよ。そーいうのホントにやめて欲しいんだけど?


俺は単なるモブ―――おっと。いかんいかん。

この考えは駄目なんだ。


左に座るリリーの視線を感じる。


ユーリとは反対に彼女は落ち着いている。

目線から俺ならこの程度は何とでもするのだと確信しているのを感じる。


アルならこのくらい簡単だろ?


うん。無茶振りはやめてね?


アイコンタクトで会話をすると冗談だと思ったのかリリーはニッと笑う。


リリーの決して裏切れない信頼を感じて胃が痛くなった気がする。


な、ナビィえもーん!?



『―――It can't be helped……。助け舟を出しましょう。』



ありがとうございます!ナビィ姐さんっ!

一生ついて行きます!


『私にとっても今回の事件は大変興味深い事件です。実はドキドキめもりあるにも公爵が逮捕されると言うイベントが存在します。』


マジか!これってゲームのイベントなのか!?


『面白いのはここからです。このイベントはゲームでも中盤以降に発生するイベントなのです。

王宮内のパワーバランスがフラグになっており、主人公達の動きでそれが崩れる事で王位継承争いに決着がつく契機となるイベントが進行します。』


つまり、ゲームのストーリーが前倒しになってるって事か?


王位継承問題ってあれだ。第1王子派閥と第2王子派閥が戦ってるやつだろ?


あれ?第3王子もだっけ?



『正確に言うならば、第1王子の母親である正妻と、第2王子と第3王子の母親である側室の派閥争いですね。』


要は大奥的なマウントの取り合いって事?

ドロドロしてそうだなぁ……。


『Off course。そのドロドロを中心に多数の貴族が入り乱れた宮廷のパワーゲームを展開している感じですね。ちなみに、ロウエル公爵は正妻派閥の最右翼です。』



ふーん。……しかし、普通に考えたら正妻が産んだ第1王子が世継ぎ決定じゃないのか?


側室が産んだ第2王子と第3王子がしゃしゃり出てくる隙間が第1王子にはあるって事?


『YES、Master。第1王子であるガブリエル・エルネストは生来の持病持ちで病弱と言う設定です。それに対して第2王子のミカエルと第3王子のウリエルの双子は健康で優秀です』


ほーん?正統性はあっても病弱な第1王子に、側室派閥が何かを期待する程度には優秀な双子の第2、第3王子って設定ね。


ゲームのあるあるネタ的には第1王子の持病を治してやるのがクエストになってるって感じ?


『Exactly!それが王宮イベントの最終解決方法になります。ちなみに、そのクエストを解放するには隠し攻略キャラである第1王子ガブリエル・エルネストと第2王子ミカエル・エルネストの好感度管理が重要になります。』


うわ。面倒くさそう……。

だから俺ギャルゲーとかって苦手なんだよな。


しかし、王宮内のパワーバランスがフラグになってるって言っても何でイベントが前倒しになったんだ?



……あ、俺か!


ドキめもの主人公ってのはユーリの事だ。

つまり、ユーリと俺が婚約した事で王宮内のパワーバランスが崩れたんだ!


そうだよ。ユーリは公爵令嬢。

公爵とは王家の親類だ。そんな歴史も権力も財力もある正妻派の最右翼の家と暴力の化身の様なアーネスト家が結び付いてしまったのだ。


パワーバランス何かもうどうしようもないくらい崩れているに決まっているだろう。


『YES!これはつまり、マスターの行動でゲームのストーリーが変えられるという証左に他なりません。マスターの行動により追い詰められた側室派が起死回生の一手として第1王子誘拐をでっち上げ、その罪を公爵に擦り付けようとしているのです。』



第1王子誘拐されたの!?

大事件じゃねぇか!



しかもその犯人に現役の公爵を仕立てあげるって結構無理筋だろ。


王家パワーでそこは押し通そうとしてるのか?


これはむしろ王家が2つの家を潰しに掛かってるんじゃないか……?


『I agree。恐らくアーネスト家、と言うより軍部としてはそれを危惧しているのだと思います。むしろ怒っていると言って良いでしょう。』


あー、よく考えればそうだな。


爺ちゃん達からすると、王家からの命令で俺と婚約したはずのユーリの父親を逮捕させられる訳だからな。


逮捕される理由によっては致し方ない時もあるだろうが、ロウエル公爵の人となりを知ってる俺からするとそんな事は有り得ない。


つぅかゲームのシナリオ的に側室が主導の濡れ衣案件。つまりこれは政治だ。


政治屋達のマウントの取り合いに俺達は巻き込まれたって訳だ。



存外、さっきの王家を潰すとか言っていた物騒な茶番劇も言外にこの事を伝えたかったのかもしれないな。


爺ちゃんや伯父さん叔母さん達が王家に怒ってて、パパンがそれを抑えている感じ?

ママンはよく分からんけど、消極的な感じがしたな。


ああ言う分かりにくい説明をパパンやママンもよくやるので、軍人あるあるなのかもしれないな。



『Exactly。後はイベントの詳細をお伝えしますので、後は何とか頑張って下さい。』


いきなり冷たくない!?

もうちょい手伝ってくれても……。


『Oh……。運命を切り拓くのはいつだって人の意思ですよ?マスター。さぁ、がんばれがんばれ。』


……ナビィさん、毎度そのオタク知識の造形の深さはどこから出てくるんです?



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